謎のB級PTと笛槍
翌朝の冒険者ギルドは、昨日のオーク騒ぎの噂で持ちきりだった。入ってきたハーメルンの二人にもちらほら視線が集まる。オークが浅い森にでたからか、ギルドの空気はどこかそわそわしている。
「西の森はどうなるの? 討伐隊はもう出たんですか?」
ニリが受付のおねーさんに、その後の処理を尋ねている。
「討伐隊は今朝がた出発。西の森はしばらく立入制限さ。あんたらは運がよかったよ」
「あのね、それで⋯⋯助けてくれた明けの青星の方々に、お礼を伝えたいの。伝言ってお願いできる?」
「⋯⋯ああ、それなら話が早いよ。ちょうど来てる」
受付のおねーさんが顎で示した奥のテーブルに、フードを目深にかぶった女剣士と、弓を背負ったエルフが座っていた。王都で今いちばん噂のB級パーティ、明けの青星。
昨日の恩人だ。アンパトは駆け寄って、顔をのぞき込み――素っ頓狂な声を上げた。
「アルギレ!? それに、エオ――むぐっ」
名前の後半は、しなやかな手のひらに吸い込まれた。
「お忍びです」
完璧な微笑みがそこにあった。片手で軽々と制圧された、あの日の記憶が全身を駆け抜ける。アンパトは直立不動でこくこくと頷いた。
「お久しぶりです、アンパト様」
アルギレはいつもどおりのおすまし顔だ。ただ、心なしか声が半音低い気がする。城に置き去りにしたことを、根に持っているのだろうか?
(⋯⋯まさか、メイド長は来てないだろうな?)
トラウマがフラッシュバックして、アンパトは慌てて周囲を見渡した。ギルドの中に、あのメイド達の姿は。よし!ない。
ギルドにいる連中が視線を逸らしたような気がするが、エルフが珍しいのかな?
一方、ニリは硬直していた。
フードからこぼれる淡くも炎のように銀の髪。そして、その顔。王都の名物ともいわれる再訪の儀のお祭りで、街を練り歩くその姿をニリも見たことがあった。
(どこからどう見ても⋯⋯王女殿下⋯⋯! 本物の⋯⋯!)
反射的に足が交差し、スカートの裾をつまみかけ――慌てて庶民のお辞儀に直した。詮索しないのも貴族のたしなみ。私は何も気づいていない。何も見ていない!
⋯⋯それにしても、王女殿下が直々にお忍びで付いてくださるなんて。
(アンちゃんと王女殿下は、ご兄弟だものね⋯⋯)
勘違いは今日も、静かに深度を増していく。
ギルドの中は、不思議なほど静かだった。あれだけ噂のB級パーティがいるのに、誰も騒がない。視線だけがちらりと集まっては、すっと散っていく。
実のところ、毎年おこなわれる祭りの主役と同じ顔がギルドに出入りしていて、気づかない人間などいない。髪を隠せば忍べると本人は思っているが、王都の民は全員、お祭りで練り歩く姿を見て育っているのだ。建前の上で「知っている」のはギルド長と受付だけ。あとの全員は、知らないふりという大人の社交をたしなんでいる。
完璧に変装できていると思っているのは、姫本人だけである。
とはいえ、誰かが姫に話しかけるだけで、ギルドが建物ごとそわそわしだす。
そんな空気を察したのか、受付嬢が声をかけたのか、いつのまにかギルド長がフロアまで降りてきた。
「明けの青星、昨日は世話になったね。よかったら俺の部屋へどうぞ」
普通だったらお忍びがバレないように腐心するところだが、みんなにバレているということをバレないようにコントロールできている。王都のギルド長はできる男なのだ。
一同は促されるままギルド長の部屋へ移った。
昨日のオーク群の後始末が語られる。討伐隊の派遣、西の森の立入制限。それから、討伐したオークの肉が今夜あたりから市場と食堂に並ぶことも。
「オーク肉は脂が乗ってて美味いよ。ハーメルンにも討伐報酬として持ち帰る権利があるから解体場からもらっていきな」
アンパトの顔が、露骨に固まった。昨日ニリから聞いた伝承が蘇る。人の臓器工場からのオーク化。それは豚か人かでいったら⋯⋯。
「⋯⋯いや、その、昨日の今日なのでオーク肉はちょっと」
遠慮がちに濁すと、ニリがきょとんとした顔を向けてきた。
「何言ってるの、オークはオークよ。昨日の夕飯でも食べたじゃない」
「⋯⋯⋯⋯え?」
衝撃の新事実である。言われてみれば、宿の煮込みの、あの脂の乗った肉。この世界の食生活に、アンパトはまたひとつ詳しくなってしまった。
「俺はこっちで書類仕事しなきゃいけないからさ、雑談するなら、この会議テーブル自由につかっていいよ。俺のことは気にしないで」
ギルド長が自分の作業机に戻ると、エオスが楽しげに近況を語る。
兄上は父の名代として、一連の説明のためにドルフュス神聖皇国に使節団として発ったこと。あの騎士団長も引退して、冒険者の格好でこっそり随行してしまったこと。
「そうなんです、タルシスも、アントニアディ公国へ発つことが決まりました」
「あいつも行くのか。⋯⋯大丈夫なのか、あれで」
「あれで、はひどいですよ。ふふ。――というわけで、今、王国は私の担当なのです」
胸を張る王女様である。
(⋯⋯この姫、半分くらいは城を出たかっただけでは?)
と、アンパトは思ったが、口にはしない。命が惜しいので。
ニリもこれを聞いてこれは自分が聞いていい話しなのだろうかとオロオロしている。
だが、口にはしない。自分もお忍びなので。
王を父と言い換えたぐらいで、隠せている気になっている。
どこの世界に他国に派遣される一般人がいるか!
騎士団長の去就を世間話しでるするな!
あまりにも隠す気ゼロすぎて、こっそり聞き耳をたてているギルド長も苦笑だが、口にはしない。できる男なので。
「そ、それでさ、アルギレ! これを見てくれよ」
話題を変えるように、アンパトはテーブルの上に即席槍を置いた。
「精霊の笛は、削ることも穴を開けることもできません。加工は不可能です」
「だよな。だから紐で縛ったんだけど、ぐらぐらしちゃってさ」
「なので――」
アルギレはオリハルコンの短剣を手に取ると、ナイフのハンドルの末端、柄頭のラッチを外す。握り手が2つに割れた。片方を笛の先端へ差し込むと、ラッチをもどす。笛の指穴の位置とぴたりと揃い、カチリと噛み合う。まるでそのために設えたかのような固定ギミックだ。
「⋯⋯は? なんで?」
「この短剣は、最初からこの笛と組み合わせることを想定した作りになっております」
「なんで!?」
「過去の勇者様に、そのような使い方をなさった方がおられたそうです」
アンパトは、手の中の笛槍を見つめた。
追い詰められて、咄嗟に思いついたはずの「発想」。それは、同じ記憶と同じ知識を持つ、何代か前の自分が、とっくに通った道だった。
(⋯⋯便利、なんだけどさ)
便利さより先に、薄ら寒さが背中を撫でた。
一同が席を立ちかけたとき、アルギレがふと、アンパトに手をかざした。感知魔法の淡い光が、ゆらりと揺れる。
「⋯⋯おや」
エルフの目が、わずかに見開かれた。
「アンパト様、反応が出はじめていますね。胎内魔石。まだ豆粒にもなりませんが」
「え、まじで!?」
F級の木札を握りしめる。ようやくE級が見えた。
「E級を目指して魔石を早く育てたいなら、ダンジョンが効率的ですよ。魔物の数が段違いですから。⋯⋯ここから南に、ダンジョンのある街があります」
いつの間にか、みなを送り出そうとドアをあけて待っていた、ギルド長がアドバイスをくれた。
「ダンジョン⋯⋯!」
目を輝かせたのは、アンパトではなくニリだった。賢者への道も、草摘みからダンジョンだったのだ。乗り気になるニリである。
ギルド長は姫やエルフが派遣された経緯やアンパトが勇者であることも国から相談を受けて知っている。
アンパトには監視の目をつけ、村がオークの襲撃をうけたという情報から、いち早く明けの青星や騎士団を動かしたのもギルド長だ。
だが、予想以上にオークの侵攻が早かった。今回の戦闘の顛末を聞いて流石に冷や汗をかいた。未熟な勇者をオークごときで失ってしまうなど、万が一だとしてもあってはならない。
ダンジョンに送って、育成早めないとだめか。
できる男は静かに思索をめぐらしていた。できる男なので。




