スライムと炭酸水
岩場をしばらく進むと、開けたくぼみに水がなみなみと湧き出す泉が現れた。
水面のあちこちで、細かい気泡が絶えずしゅわしゅわと立ちのぼっている。
「なんだこれ」
岩に膝をついて、指を水に突っ込んだ。指先に小さな泡がまとわりついて弾ける。
「⋯⋯炭酸水?」
「飲めるのか、これ」
「もちろん。この泉の水はね、水路で王都まで引かれてるのよ。私たちが毎日飲んでるお水。だから定期的にスライム掃除の依頼が出るの」
アンパトは掌に水をすくって飲んでみた。舌の上で泡が弾ける。ソーダみたいに甘いのを期待したが、むしろ苦い。ミネラルが多いのか、硬さがある。昔飲んだ、硬度が高いヨーロッパの天然のガス入りウォーターに似ていた。
炭酸による弱酸性で雑菌の繁殖は抑えられるから飲料には安全、藻や寄生虫のようなものも、スライムに捕食される。でも、かわりにスライム退治が必用。どこまでファンタジーなんだか⋯⋯。
周囲をみわたす。
でも、なぜここんな湧き水のように炭酸水が出るのだろうか?温泉の源泉にしては、火山活動や地熱の気配もない。それとも別の反応か?石灰質の地盤を通って、地下水に炭酸カルシウムが溶け込んで⋯⋯いや、それはないか。そもそも死火山だとしても、山もないのに、火山もなにもないだろう。だとしたら、何故、こんな平原で湧き水みたいに??
「なあ、ニリ。ここらへんで火をつかうと燃えたり、吹き飛んだりしないよな??」
「するわけないじゃない。むしろその泡に火を近づけると火が消えるわ。水の精霊の領域ですもの。」
メタンガスなど可燃性の他のガスを想像したけど、違うか。
いや、エルフの森からここにくる時、崖から祈りの丘に昇ったな、あそこが辺縁だとすると、ここ自体がとんでもなく超巨大な古い火山口みたいな可能性もあるか?
だとしたらでかすぎるな。
阿蘇山カルデラとか噴火湾クラスの大きさで海が干上がった状態か。
⋯⋯800年前、ここはどこらへんの国だったのだろうか??
「アンちゃん! ぼーっとしないで、くるわよ!」
水面が気泡とは違う揺れかたをした。
泉の底から、ゆっくりと青みがかった半透明の塊が浮かび上がってくる。
スライムだ。ぷるんとした外膜。中心部に、薄く光る石のようなものが透けて見える。
「来た」
「ちっさいわね!」
泉から陸に飛び出てくるちいさなスライム。
アンパトは王からもらった『ただの木の棒』を引き抜いた。
まずは正面から一撃。
ぐにょ。
衝撃がそのまま跳ね返ってくる。もう一度たたく。ぐにょ。
「スライムは細かい打撃が効かないのよ! 膜が弾力で全部吸収しちゃうんだって」
「早く言えよ! じゃあどうする」
アンパトはゆっくり、スライムから距離をとった。
スライムはのんびりと詰め寄ってくる。焦りはないようだ。むしろこちらが焦っている。
「棍棒みたいなので押しつぶすか、魔法があれば一撃なんですけど!」
「そういうのは出かける前にいって!!」
ニリも突突用の杖で応戦するが、決定打にはならない。
スライムはゆっくりと不気味に、じわじわと詰め寄ってくる。
一歩引いて観察する。体の中心の石。スライムが向きを変えるたび、あの石が先に動いて、体が後からついてくる――ように見える。
(中心の石。あれが本体だ。あれが体を動かしてる。つまり――)
「ニリ、あの石だ。核を撃ち抜く」
「え?」
「ビリヤードみたいに。棒の先で、真ん中の石だけ正確に突く」
「ビリ⋯⋯?」
ニリが首を傾げる。木の棒を持ち直し、スライムが移動のため、核を先にうごかした刹那、棒の先端を石の中心へ鋭く突き込んだ。
こつん、と硬い感触。
スライムが止まった。
そのまま外膜がぐずぐずと崩れ、水に溶け込むように消えていく。あとには濁った水たまりと、小さく光る石だけが残った。
「やった!」
ニリが跳び上がった。
アンパトの一撃はスライムの中心からわずかに石を動かしただけだったが、スライムはそれだけで体の制御をうしなったようだ。
残された石を拾い上げると、親指の先ほどの小さな球が、弱々しい光をはなっていた。
「これが魔石か」
「そう。魔物にはだいたい入ってるわ。体から抜けると、ああやって動けなくなるの」
「⋯⋯つまり急所ってことだよな。心臓というより、もっと根っこの」
「魔石が小さい子は、体も小さくて膜も薄くて、動きも鈍いのよ。今の子、すごく小さかったでしょ」
「石の大きさが、そのまま強さってことか」
パターンがわかれば、あっけなかった。どちらかが、攻撃で注意を引き、片方が狙って魔石を突き抜く。ハーメルン結成初日にして連携らしきものが形になった。
「ここのは炭酸の泉の子だから、酸も弱くて安全なのよ。火山とか硫黄の流れ込む土地のスライムは、膜の中身が強酸性で、剣ごと溶かしてくるらしいわ」
「それはこわいなー」
依頼完了。
討伐の成果のごく小さな魔石をじゃらじゃら振る。
炭酸のように、弾ける感覚を楽しみながら、夕日のなか還る二人であった。




