ニリの静かな決意
冒険者ギルドの掲示板から、ニリは一枚の依賴書を剥ぎ取った。
<王都近郊・スライム討伐(初心者向け)>
「これ、一緒にやりましょうよ」
文字がよめないアンパトに指で文字をなぞりながら内容を言って聞かせる。
「スライム討伐。場所は王都の東、近郊の岩場ね。これなら二人で十分やれるはず」
まだ、角ウサギで苦戦をしてはいるが、同レベルの難易度だ。
コンビでの角うさぎ狩りもようやく慣れてきて、すこし飽きがでてきたところなので、気分転換にちょうどよい。
受付のおねーさんのところにスライム討伐の札を渡すと、依頼票を持っていく。
「おまえら、いいかげんパーティ登録しろよ」
ときどきこの受付嬢は、冒険者時代の地が出ることがある。このモードになりつつあるおねーさんをないがしろにすると、こわいおねーさんに変わってしまいそのときギルドにいた多方面に面で被害がでるので、おねーさんがやさしいうちに言う事を聞けというのは、ルーキーが先輩冒険者から裏で言い含められることだ。
カウンターを前に2人は顔を見合わせる。
ニリとアンパトはなしくずし的に一緒に活動してきたが、パーティとして活動登録すると安否確認などしやすくなるので、ギルドのシステム上良いらしい。
「ほら、パーティ名を書け」
受付のおねーさんが羽ペンを構えて待っている。
持ち帰って検討しますなどとは許されないピリっとした空気が受付にながれる。
「パーティ名⋯⋯? ニリ、何かある?」
「私、そういうの苦手です。アンパトさんに任せます」
アンパトはふむと、腕を組むと腰に挿した笛に指があたった。笛、引き連れる⋯⋯。
「『ハーメルン』なんてどうだ?」
「ハーメルン。なんだか不思議な響きね。はじめて聞く言葉だけど、どんな意味が?」
「笛吹きが笛を吹いたら、みんな一緒についてくるんだよ」
ニリはそれはいいわねと嬉しそうに頷いた。こうしてギルドの台帳に『ハーメルン』という文字が書き込まれ、パーティが結成された。
固定パーティーを組ませると新人の事故率も下がる。おねーさんも満足げに微笑んだ。
☆☆☆
王都の東口から外に出る。
南は森ばかりだったが、東側は様相が違っていた。
むき出しの岩肌が目立ち、土は白っぽく乾燥している。鉱物質の多い地盤だ。
30分ほどてくてくと歩くだけで現場につく。
アンパトはニリが腰の笛をじっと見つめていることに気がづいた。
「どうした?」
「ちょっとだけ、その笛を触らせてもらってもいい?」
「どうぞ」
ニリの手にのせた。
「⋯⋯軽い」
「そうか?」
「いくらなんでも軽すぎるわ⋯⋯。それに⋯⋯。」
ニリは笛を裏返し、指穴を覗き込み、自分の家伝の笛と見比べるように両手に持った。外見上の違いはそれほどない。強いて言えばニリの持つ笛のほうが、穴が数個少ない程度である。これは制作年代の問題で、首都の土産物の精霊の笛にも見られる特徴だ。アンパトの笛は穴の数からすると勇者イシディスのモデルであるようだ。
それよりも、握ってこそてわかるもうひとつの明確な特徴。
「手の温度が、まったく伝わらない。質感は金属のようなのに金属に触ったときのような冷たさがまるでない⋯⋯」
ニリの持つ笛は模倣品とはいえ、特殊な合金でつくられた古参貴族家伝の由緒ある品だ。だからこそ、その違いが分かってしまったらしい。
(きゃー⋯⋯本物じゃない!! 始祖の大賢者様がお創りになった、あの伝説の精霊の笛!! 王家に伝わっているはずの、国宝の!!!)
心の中では、感情が大爆発しているが、そこは徹底した淑女教育をうけたニリ。多少の顔のひきつりだけで、なんとか声を抑え込んだ。
ニリは顔を赤くしたまま、やがておおきく息を吸い直し、アンパトに両手で恭しく返す。添える手が少し震えているのも御愛嬌だ。
アンパトは無造作にそれを腰に指し直す。
(あぁ!! いくら本物の精霊の笛が不壊の特性をもっているからといって、国宝をそんな無造作に!!!)
ニリの頭脳は過去最高速度で高速回転をしていた。
(国宝を持ち出せるのは王家の者ぐらい⋯⋯私と近い年齢だと、王家周辺にはまだ王家の洗礼が理由で社交デビューされていない第二王子殿下ぐらいしかいないはず。アンパトさんのまるで男の子のような振る舞いもこれで納得がいく。王子が女装をされているのだ! 女装をされてまで身分を隠して修行なさってるんだから、気づいてるなんておくびにも出してはいけない!!)
「アンパトさん⋯⋯、いえ、アンちゃん! 私の前では俺とか言っててもいいけど、みんなの前では気をつけてね!」
「お、おう?」
ニリの頭脳は明晰だ。ただ、結んではいけない点と点を結べば、結論が間違うことはある。優秀な頭脳で、ニリは勘違いを加速させたまま、第二王子を守ると静かに心に誓うのだった。




