ただの木の棒と、とんだ勘違い
王都近郊の草原から森へと続く道を、アンパトは溜め息をつきながら歩いていた。隣を歩く少女ニリは、ご機嫌な様子で笛を見せびらかしてくる。
「始祖の大賢者様がね、この笛を――」
また始まった。ニリは何度目だろう、同じ話を繰り返している。
「聞いてる? 大賢者様がね、精霊の笛を初めてお使いになった時――」
「ああ、聞いてる聞いてる。それで森が燃えたんだろ?」
「燃えてない! 精霊の加護で豊かな森ができたの!」
出発してからずっとだ。ニリは始祖たるハイエルフの賢者にまつわるエピソードを繰り返している。始祖たるハイエルフって、もしかしてあの枯れ枝のことか? だいたいなんで人族がハイエルフを崇めてるんだ?
なんとなくだが彼女がなんで一人で活動していたのか、分かった気がした。
(重病な痛ファンかいな⋯⋯)
「大賢者になる予定の私が持つにふさわしい逸品よね」
「はいはい。じゃあ俺も伝説の勇者になる予定だからよろしくな」
半分呆れながら軽口を返す。
ニリが持っている笛はただの土産物ではなく、模倣品の中でもなにやら家伝の由緒ある品のようだ。
一方、こちらには本物の精霊の笛があるが、今、手にもっているのは『ただの木の棒』だ。
精霊の笛の破壊力が高すぎるために、地力を鍛えるにはまず木の棒からだと、笛に頼らないことにしたのだ。
あの日、王太子に木刀で打ち据えられた記憶。
その太刀筋を見様見真似で習得しようとしているのだが、所詮は猿真似に過ぎない。本物の剣戟とは程遠い代物だった。
目的地に到着し、ほどなくして角うさぎの足跡を発見する。
「よし、来るぞ」
草むらが揺れ、素早い影が飛び出してきた。
王太子の太刃筋を意識して木の棒を真正面から振り降ろす。
「シッ!」
だが、木の棒は虚しく地面を叩く。
打ち下ろしたところで、変則的で素早いウサギの動きに全くついていけない。
「任せて!」
ニリが精霊の笛を吹き矢にして息を吹き込む。精霊の笛が吹き矢にされていた逸話をニリも知っていたらしい。
しかし、込められたダーツは重い鉄製で、ニリの肺活量ではうまく飛ばすことができない。
鈍い音を立てて角うさぎが走り抜けた後にゆるりと飛ぶだけで、掠りもしない。
結局、二人の連携は見事に崩れ、角うさぎは森の奥へと逃げ去ってしまった。
小休止の場は、どんよりとした反省会になった。
「精霊の加護を引き出せなかったみたい⋯⋯」
「やりたいを押し通してもダメだろ」
アンパトは自分にも言い聞かせるように、つぶやく。
「でも、大賢者は常に正面から――」
「不意打ちは美学じゃないかもしれない。実力の中で工夫しないと」
長いため息の後、ニリは小さく頷いた。
足元の小石、野草の茎。軽いものを探す。軽いダーツ。角うさぎの動きに対応できる、新しい連携の形を相談し実践する。
それから幾度も角うさぎを見つけては挑戦を繰り返す。
気配を殺し、不意打ちを仕掛けた。
ニリが投石で注意を逸らす。アンパトが前に出て木の棒で横薙ぎして仕留める。
不意打ち。卑怯かもしれない。観察とちょっとした工夫。でも、それで勝った。
決して美しくはなかったが、数度の試行錯誤の末たどりついた、それが今の精一杯の戦い方だった。
ようやく一匹の角うさぎを仕留めたころには夕方になっており、2人はヘトヘトに疲れ果てていた。
だが、本当の最悪は、常に悪いタイミングでやってくる。
あるいは、疲労から二人とも注意散漫になっていたのかもしれない。
「ギギッ!」
ゴブリンに行く手を塞がれるまで、その存在に気が付きもしなかった。
「ゴブリンが⋯⋯五体もいるわ」
ニリが絶望した様子で、周りを見回す。
平原に多くいたはずのルーキー仲間から離れすぎて、いつの間にかずいぶんと森の奥にまで来てしまっていたのだ。
「逃げよう!」
ニリが吹き矢で足止めを狙うが、かろうじて一匹が近寄るのを防いだだけで、他の数匹が囲もうとしてくる。
ニリをつれて、平原まで無傷で逃げ切れるだろうか?
もし広場までゴブリンを連れていってしまったら、ルーキー達がそれを倒せるかは怪しいところだ。
アンパトの木の棒はゴブリンの粗末な剣を受けただけで削れる。正面から受けるとそのまま切り落されかねない。
逆にアンパトが木の棒で叩いても痛がって少し離れるだけで、倒せもしない。
どうにもできないほどの近さで5匹から囲まれるのも時間の問題だった。
「このっ!」
アンパトは役に立たない木の棒を左手に持ち替え、右手に腰の奥深くに帯びていた『本物の精霊の笛』を握りしめる。
それを振り回し、ゴブリン2体を沈めた。
「今だ、走れ!」
勝利ではない。だが、生き残るには撤退も時には必要だ。
森を駆け抜け息も絶え絶え、ようやく平原に出た。
ピンチから脱したと安堵した瞬間、ふたりは膝から崩れ落ち無様に地面に座り込んだ。
二人は顔を見合わせ笑う。
だが、ニリはアンパトのヘッドスカーフからこぼれ落ちていた炎銀の髪をみて表情が固まる。
「えっ、アンパト、その髪の毛の赤さって、まさか、上位貴族??」
ニリが驚愕に目を見開く。
ヘッドスカーフを巻き直して、髪の毛をしまい込む。
「みたいなものかもしれないが、ナイショにしてくれよな」
「それはもちろんするけど⋯⋯」
「俺のことは気軽にアンちゃんと呼んでくれていいぞ」
考え込む、ニリ。
(私と近い年齢の上位貴族で、炎銀に近いまで先祖還りするのは王族の第二王子ぐらいしか⋯⋯
オレ、オレって男の子みたいだなとは思ってたけど、
まさか身分を隠すために女装までしなきゃいけなの王族も大変ね――)
なにやら第二王子への変な誤解が生まれたが、ニリはニリで真剣なのである。
伝説の勇者も賢者も最初は弱い。弱さを自覚し、現状是認するところから改善ははじまるのだ。




