大賢者(予定)に拾われる
王都の外門をくぐり抜け、外壁の南側へと出る。
城壁の外側は広い平原が開けていて、南へ数百メートルも行けば、なだらかな丘の際に木々が連なり、やがて街道沿いに鬱蒼とした森がまとまっている。雲一つない朝だった。平原のあちこちに人影が散らばっていて、みんな思い思いの場所でなにやらごそごそしている。冒険者ギルドのお姉さんが言っていたルーキーたちだろう。
よし、さっそく薬草探しだ。
自分も一丁前に探してみようと思い立ってから、根本的な疑問に直面した。
(薬草って、一体どれだ?)
道中、エルフのアルギレも何やら草を摘んでいた記憶はある。だが、あれは食用だったか?
悲しいかな、単なる草と薬草の区別などつくはずもない。
しょうがない、先輩に聞こう。
森の際をウロウロしている男の子二人組を見つけ、気さくに声をかける。
「おーい、薬草ってどれだか教えてくれないか?」
「これからウサギ狩りなんだ! 近くに来るなよ!」
まるで野良犬でも追い払うかのように、しっしと手で払われた。
なんだあいつら。
少しムッとしつつ、別の人を探す。
森から少し離れた場所で、一人しゃがみ込んで何かを摘んでいる女の子がいた。
「へい、お嬢さん。薬草とってるのかい?」
女の子は顔を上げ、怪訝そうな視線をこちらに向ける。
「そうよ。賢者への道も草摘みからなの」
変な奴に声をかけちゃったかもしれない。
変な奴に声をかけられたな。
互いの視線が交差し、おそらく同じような感情を抱いた。
「見ない顔ね。私はニリ。私の方が少しお姉さんかしら」
少女がすっと立ち上がると、ほんの少しだけ背が高かった。
いや、誤差の範囲だと思いたい。
「アンパトだ。今日がデビューの日でね。薬草を取ってこいって言われたんだけど、どれが薬草かわからないんだ」
「ここらに生えている薬草は、この二種類よ。根っこは残すように葉だけ摘んでね」
ニリは手元の草を指し示してくれる。
なにやら縁がギザギザした葉っぱと、やけに肉厚でツヤツヤした葉っぱ。
なるほど、これくらいの目印があれば俺でも見分けがつきそうだ。
「新人の面倒は、この初心者広場のみんなで見る決まりになってるの。何でも聞いて」
「助かるよ。あっちの二人のガキには、すげなく追い払われたからな。どうなることかと思ったぜ」
「ああ、ウサギ狩りね。魔物狩りは二人以上いると魔素が逃げちゃうのよ」
「魔素が逃げる?」
「一人で魔物を狩って得られる魔素を1とすると、二人だとそれが半分になるの」
「まあ、単に2で割るだけだろ。それがどうかしたのか?」
「でもね、三人で狩ると四等分になるのよ」
「見えない一人分があるってことか? 天使の取り分かよ」
「四人だと八等分、五人だと十六等分。人数が増えるほど魔素の吸収効率がどんどん悪くなるのよ」
「天使のわけまえどころじゃない、悪魔のようにえげつない取り立てだな」
話しながら視線を落とし、ギザギザの葉を見つける。
これか。ぷちっと千切る。
「だからルーキーは1~2人でやるのが基本なの。ベテランになれば3~4人パーティになることもあるけどね」
「消えた魔素はどこにいくんだ?」
「もともと周囲に漏れ出す魔素は少ないのよ。ほとんどは魔石の状態で残るから。漏れた分は近くに生き物がいると吸収されるんだけど、人が多いと『誰に吸収されようか』って魔素が迷っている間に消えちゃうらしいわ」
「なんだその謎システム。じゃあ、倒した魔物にべったりくっつけば、たくさん吸収できるのか?」
「近寄っても吸収率は関係ないみたい。でも、吸収対象かは距離に関係するわ。角ウサギ程度なら十メートルも離れれば大丈夫だけど、魔石の大きな魔物になるほど、離れなきゃいけない距離が広がるのよ」
「ああ、だから獲物を横取りされると思って、追い払われたのか」
納得しながら、着々と薬草を採取していく。
結構あちこちに生えているものだ。根っこを残せばまた生えてくるなら、小さい葉は残しておくべきだな。
「でもね、万が一ゴブリンが森の奥から出てきたり、困った事態になった時のために。ルーキーはこうやって、お互いがギリギリ見える範囲で活動してるのよ」
言われて周囲を見渡すと、確かに各自が微妙な距離を保ちながらポツンポツンと散らばっている。みんなちゃんと考えて動いていたのか。
「なるほどね。相互監視ってわけだ」
「そういうこと。困ったことになったら、すぐに呼べる距離も兼ねてね」
そこまで説明して、ニリはまた摘み始めた。その姿を見ながら、アンパトも続いた。
午前の日差しの下で、二人は粙々と薬草を集めていった。新しい世界は、思ったより緻密なルールに支配されていたが、それもまた、面白くもあった。
「どう、薬草は集まった?」
気がついたら、ニリが近くまで来てのぞき込んでいた。手元にはそこそこの量が集まっている。
「二リ! そっちにウサギが逃げた!! 仕留めてくれ!!」
突然、耳障りな叫び声が響いた。
森の方角から、先ほどの男子二人組が慌てた様子で飛び出してくる。
ガサッ。
すぐ足元の草むらから、丸っこい角ウサギが弾かれたように飛び出してきた。
そして、一直線に突っ込んでくる。
精霊の笛に手が伸びかけて、ふと思い直した。腰の木の棒を引き抜いてフルスイングした。
鈍い音と共に、角ウサギが五メートルほど凄まじい勢いで吹き飛んでいった。
地面を二転三転して、ピクピクと痙攣している。
手にジンジンと強烈な反動が残った。
精霊の笛ほどの破壊力はないが、ただの木の棒でも十分に戦えるな。
「⋯⋯ものすごいパワーね。先祖還りかしら」
ニリが呆れたような、唖然としたような声で呟く。
遅れて駆けつけてきた男の子たちが、息を切らしながら頭を下げた。自分たちの獲物をすり抜けさせ、こちらに向かわせてしまったことを謝っているようだ。
「あら、アンパトも精霊の笛を持っているのね。腰に挿すのは、私とは解釈違いだけど」
ふとニリを見る。ニリの背負いカバンの横に精霊の笛が装着されていた。こいつも持ってたのか。
「明日、一緒にウサギ狩りでもしてみる?」
ニリが、少しだけ面白そうなものを見る瞳で俺に微笑みかけた。




