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メイドからは逃げられない

評議堂から意気揚々とそのまま城を後にしようとしたアンパトだったが、背後からかけられた声に足を止めた。


「アンパト様、そのお召し物のまま旅に出られるおつもりですか?」


エオス姫のどこか楽しげな声。

言われて自分の姿を見下ろせば、そこには昨夜の宴から着せ替え人形のように着せられた、立派なドレス姿であった。


「それもそうだな。ちょっと着替えてくるわ」


軽く手を振って自室へ戻り、昨日届けてもらった自前の服と装備を取りに行こうとした。だが、それは最大の判断ミスだった。



「直に日も暮れます。この時間から街にお出かけですか? では、こちらでお着替えをいたしましょう」


にこやかに応答するベテラメイド達の笑顔から、本当の意図を読むことはアンパトにはまだできない芸当だったのだ。

そのまま流れるような手際に抗う暇もなく、気がついたときには再び大浴場の脱衣室に立たされていた。


「いや、服! 服を取りに来ただけなんだけど!」


「まあまあ、旅立ちの前に身を清めるのも通例でございますわ」


メイド達の微笑みは変わらない。


出口に向かって走り出そうとすれば、いつの間にか逆を向かされている。

抵抗しようと手を伸ばせば、なぜかバンザイの格好になり、気づけばあっという間に裸に剥かれていた。


(何が起きてる!! なぜ逃げられない!?)


有無を言わさず浴室の椅子に座らされ、腕を張って抵抗すれば、その隙に脇の下をくすぐるように洗われる。

立ち上がろうと足に力を入れたはずなのに、なぜか足が伸びていて、念入りに足の裏まで磨き上げられる。


二度目の洗礼(文字通り、洗われただけ)を受けた勇者は、ただただ、しゅんとしていた。

大きなお風呂のたっぷりとしたお湯の中に、涙とともに自意識をお湯に溶かすのだった。


結局、その後もなすすべなく、再びイブニング・ドレスを着せられ、王族たちと晩餐を共にした記憶はあるが、一切しゃべらず、その後もされるがままにナイトドレスに着替えさせられ、流れ落ちる涙で枕を濡らすのだった。


(このメイドたちがいる限り、一生この城から出られないんじゃないか⋯⋯?)



だが、翌朝。

絶望に沈んでいたアンパトの枕元には、手入れの行き届いた旅装が用意されていた。


エオス姫が城を抜け出して街へ行く際によく使うという、町娘の服だ。

質素だが丈夫な布地。これなら目立たない。


拍子抜けしながら着替えをしていると、メイド長が部屋に入ってきた。手に薄い布を持っている。


「ヘッドスカーフです。最後にこれでしっかり髪を隠してください」


疑問に思いながらも、髪の毛を隠すようにスカーフを巻くと、メイドははみ出た毛足まで綺麗に押し込むようにと指示をしてくる。


「アンパト様の炎銀の髪は、王都ではとても目立ちます。人前では絶対に見せてはいけません」


真剣な、少し怖いほどの顔で念を押され、アンパトは震えながらうなずく。布の巻き方を教わって、鏡を見たら、どこかの町娘みたいで思ったよりも悪くなかった。


装備は少ない。綺麗に磨かれた精霊の笛と、素朴な皮の鞘に収められたエルフの短剣。茶巾の中には昨日もらった金貨がいくばくか。そして王様からもらった木の棒。背には大きな羊毛の束をくくりつけた。


大きな羊毛の束を背負い、杖をついた姿は、どこからどう見ても行商人の娘か、あるいは迷い込んだ羊飼いだ。


「またいつでもお城においでください。こちらの勝手口からでしたら、いつでも今回のように『スムーズ』にご案内できます」


見送りに出てきたメイドたちが、そろってにっこりした。

アンパトは引きつった顔で「⋯⋯ありがとう」と絞り出すと、逃げるように城の勝手口から飛び出した。


坂道を走るように下り、角を曲がって、人々の雑踏に飛び込んだとき、ようやく肺に自由な空気が入った気がした。


ふとアルギレのことを思い出す。

(あいつ、まだあの評議堂で揉まれてるのかな⋯⋯)

一瞬、心配がよぎったが、すぐに首を振った。


(いや、助けに行ったらまたあのメイドたちに捕まる。悪いなアルギレ、城下にいればそのうち会えるだろ。魔王にさらわれた姫を待つ勇者でも、きっとこんな苦渋の決断をしたはずだ)


勝手な理屈で自分を納得させ、アンパトは城下町の景色に意識を向けた。


人々の雑踏。あちこちから聞こえる呼び売りや馬車の音。

初めて来た外国のような光景に、沈んでいた気持ちが嘘のように浮き立ってくる。

城の調度品は見事だったが、見たことのない街の見たことのないものの方が、ずっと興味深い。

屋台からは焼いた肉の煙が漂い、石畳の奥では職人がなにかを叩く音がしている。


広場まで歩いてきたところで、串肉の屋台を見つけた。一本頼みながら道を教えてもらう。

スジ肉で硬めだが、炙ったジャーキーのようで噛めば噛むほど味が出てくる。城の行儀の良い料理よりも、野性的で好みだ。


まずは、背負った羊毛を届けるべき手芸品屋を探さなくては。


「街の西側は道具屋スジだ。羊毛を扱う用品店は珍しいから、すぐに見つかるぜ」



教えてもらった通り西へ歩くと、すぐに目指す店が見つかった。

「羊飼いの息子の店」

近所の道具屋に聞けば、誰もが「ああ、あいつの店か」と親切に教えてくれた。


(いい街だな。みんな親切だ)


アンパトは知らない。

自分が街の人から見て、一生懸命お使いをしている健気な子供に見えているからこそ、皆が微笑ましく親切に接してくれているのだということを。



「すいませーん! 羊毛のお荷物、お届けにあがりましたー!」


扉を開けると、棚には色糸の束、ぶら下がった帽子、革帯で補強された手芸品が並んでいる。


「いらっしゃい! ⋯⋯おっとうも、こんな小さな子にこんな重い荷物を運ばせるなんて!」


店主は驚いた顔で迎え入れてくれた。

そこからしばらく、おじいさんとおばあさんが元気だったこと、あそこで飲ませてもらったスープの味が忘れられないことなど、賑やかに談笑した。店主は礼金を渡そうとしたが、老夫婦宅でお世話になった分を考えたら不要だと断った。


「そうか。じゃあ、せめてこれを受け取ってくれ。お金の入った茶巾をそのまま腰にぶら下げるのは不用心だからね」


棚から、肩掛けのポシェットがいくつか入ったカゴを取り出した。革がしっかりしていて、布が丁寧に縫い込まれている。どれもセンスがいい。アンパトは店主の好意に甘え、迷いながら小ぶりで使い勝手の良そうなものを選ばせてもらった。


(⋯⋯あっちの、ふわふわニット帽も髪を隠すのにもよさそうだな⋯⋯お金が溜まったら来よう)


目移りする品物ばかりだ。


「店長、おすすめの宿と、冒険者ギルドの場所を教えてもらえる?」


「ギルドなら南の大通りを真っ直ぐだ。宿はその近くにいいところがあるよ」


「ありがとう! またお金が貯まったら買い物に来るよ!」


城下町の雑踏の中、ポシェットを肩にかけ直して、アンパトはどちらに向かうか少しだけ迷ってから、にっかと笑って南に足を向けた。



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