魔王には軍隊を派遣すればいいじゃない
「こちらの評議堂で、王や王太子がエルフの使節団の皆様と今後について緊急会議を開催されていますが、顔をだしていかれますか?」
エオスがそう言ったのは、昼食を終えてしばらく経った頃だった。
(どうせ俺の処遇を話し合ってるんだろうな)
評議会でさらし者になるのはごめんだが、アルギレのことが気になった。エルフの里から何日もかけてついてきて、今ごろ人間たちの討論に巻き込まれている、あいつの顔が見たくなった。
「んー、行ってみるかー」
廊下を歩きながら、アンパトは城に来てからずっと気になっていたことを改めて確かめた。人が少ない。城に来た最初の日から感じていたが、廊下に控える侍女や、すれ違う兵士の数が、あの広大な建物にしてはあまりにも少ないし緊張感を含んでいる。そのことを姫に尋ねたのだ。なんのことはない、アンパトの登場で、緊急事態モードになっていたのだ。
評議堂の扉の前では、軽武装の儀仗兵が二人、帯剣して立っていた。エオスが何事かを告げると、兵士たちは一礼して重い扉を開く。
中から喧騒が溢れ出た。
大きな部屋だった。馬蹄形に並んだ席に居並ぶ重臣、その後ろに控える宮廷貴族、そして壁際に山のような書類を抱えて立つ包衣事務方。その半数が立ち上がりながら何かを主張している。アンパトとエオスが入ってきたことになど、誰も気が付きない。議論に熱くなっているのは人間側だけで、対照的に反対側に座るエルフの使節団は、凍りついたような静寂を保ってその醜態を眺めていた。
入口に一番近い末席に、見知った横顔があった。
「よ、アルギレ」
肩を叩くと、アルギレは、誰に話しかけられたのか、一瞬わからず、それから、なにか信じられないものを見たかのように見開かれている。エルフの貴重な動揺シーンだ。
「アンパト様⋯⋯! エオス姫かとおもいました」
「話し合いもりあがってるな。このエルフの人たちは里の人? それとも街のエルフ?」
「こちらは街エルフと、後から合流してきた後続の里の者たちです」
ああ、なるほど。王の近くに座っているエルフには見覚えがある。長老の間にいたような気もするが、正直エルフの顔の区別はまだ自信がない。
アンパトが部屋を見渡していると、エオスが勇者のもとをするりと離れて、最奥の王のそばに近寄った。何事かを耳打ちすると、王はこちらへ視線を向けてゆっくりと深く頷く。
王が力強く手を打ち鳴らす。
乾いた音が一つ。それだけで堂内の喧騒がしんと静まった。
「みなのもの。安易な結論にすがらず議論に熱をいれるのはよいことじゃ。だが、勇者は伝説の存在ではない。いまここに御本人をエオスが連れてきてくれた。ひとつご本人からの見識を聞こうではないか」
王の指先が、入口を指し示した。
その瞬間、広間にいた全員の視線が、アンパトに向いた。
身だしなみを整えられた勇者の姿に、重臣たちの反応は分かりやすかった。息を呑む音が方々から聞こえる。驚きではなく、何か別のもの――懐かしさのような、あるいは畏れのような、そういう複雑な顔をしている者が何人もいた。
先代を知るもの達はそこに面影を覚え、本人も直接知らなくとも、城で働くものなら、先代勇者の絵画を知らぬものなどいないのだ。
伝説ともなりつつある先代勇者の絵姿、まさに描かれたその姿で出てきたのだから。
もし、勇者が最初からこの姿で城にあらわれていたらこの会議もここまで激論にはならなかっただろう。だが、彼らはすでに知ってしまっている。「今代」勇者が伝説のように強くもなく、そして、たたおやかさで聞き及んでいた先代勇者像を打ち壊すような人物像であることを。
「あー。注目してくれているところわるいけど」
軽く手を挙げて挨拶した。あまりの緊張感のなさに、誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
「皆さん会議お疲れちゃん。まず、そもそも俺はほとんど、なにも知らない。自分自身がなんなのかも、魔王がなんなのかも、さっぱりだ」
大きく息を吸い込む音があちこちから聞こえた気がした。
「だけど、座学で知識をみにつけて、お稽古つんで強くなりましょうなんてまっぴらごめんなんで、旅でもして、気が向いたら魔王を倒しにいこうかなっていう気分です」
「なーー! 人類の存亡がかかっているのですぞ!? そんな悠長な!!」
一人の重臣が椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。それに同調するように、周囲から非難の怒号が上がる。
アンパトはそれをぼんやり聞きながら、ずっと気になっていたことを口にした。
「というかさ。そこの王子様とか、お姫様の方が俺よりよっぽど強いんだし。勇者個人の力に頼らず、軍隊でも派遣したらいいじゃない」
一瞬、堂内がしんと静まり返った。あまりにも素朴で、それゆえに誰もが口に出せなかった本質的な問い。
王が、深く、深く頷いた。
「うむ、やはりそこからか⋯⋯」
王は背もたれに体を預けた。部屋全体が、その動作一つに従うように落ち着いた。
「魔王は不死不滅なのじゃ。勇者にしか退けられぬ。どれほど血筋が近くとも、これは勇者にしか成せぬ業。勇者が毎度写し身で現れるのと深く関係しておる。
そして、魔物相手に軍勢でぶつかるのは悪手なのじゃ。必ず少人数でなければならぬ。これらを、この場で説明することもできるが――」
王はアンパトを見た。目が笑っている。
「わしが思うに、そのような長話は望まぬであろう?」
「お? 王様、わかってるね~」
王はかすかに笑った。
「お祖母様のような方から、なぜ我が父のような人が生まれたのか不可思議に思っておったが、今ならよく理解できる。まさに親子だったのだな。お祖母様ではなく、父だとおもって接すればこれほど読みやすいことはない。なあ、そうは思わぬか、騎士団長?」
老騎士は、何も言わずにただ一度だけ、ゆっくりと頷いた。
「とすれば、これまでの再誕の儀や再訪の儀の形式だけを真似してもしょうがなかろう。それよりも初代勇者の――」
「初代勇者様の正確な記録をエルフはあかすことは叶いませぬ」
沈黙を守っていたエルフ側から声が上がった。
「だが、人族の間でも逸話は残っておる。 ならば、勇者殿でその反応を見れば良い」
王の合図で、側付きの者が一つの包みと、木の棒を持って進み出た。差し出されたのは、数枚の金貨が入った茶巾袋と、杖とも棍棒ともつかない質素なただの木の棒だ。
「ゆけ勇者よ。魔王を倒して参れ!」
王の声には、明らかな愉悦の響きがあった。
アンパトは棒と茶巾袋を受け取りながら、笑いを堪える王の顔を見た。
(いいな、このじいさん)
「わかりました。行ってまいります」
重臣たちが「なんと!」「まことに行かせるおつもりで!」とぎゃーぎゃー言い始めたが、アンパトはすでに踵を返していた。手の中の棒は思ったより軽く、金貨の感触は思ったより心地よかった。




