まがい物と呼ばれまして
身だしなみを整えられたアンパトとエオス姫が並んで歩く姿は、まるで姉妹のようだった。
丁寧に梳かされたアンパトの御髪は、つややかな炎銀に輝いている。燃えるような赤を含んだその銀色は、この世界ではよく知られた勇者の徴。
二人は今、王族のみが立ち入る館の深部、ホールの中で最も目立つ場所に掲げられた巨大な絵画の前に立っていた。
そこに描かれていたのは、妙齢の、気品あふれる鎧に身を包んだ女性だ。アンパトと同じ炎銀の髪を後ろに結い、その手には精霊の笛を固く握りしめている。
「⋯⋯これは?」
「五代目勇者、イシディス様の肖像画にございます」
エオスが尊敬を含んだ声で恭しく説明した。
「初回ではないなとは思ってたが――。俺で六人目か」
アンパトはまじまじと肖像画を見つめた。
自分と似ているかどうかは、そもそも鏡もあまり見たことがないのでわからないが、だが、隣に立つエオス姫には実によく似ていた。
「姫の髪には、青い房も混じっているんだな」
「勇者の力をより色濃く継ぐ者に『赤』が出ると言われています。私の炎銀は、勇者様のそれよりも薄いですね。兄弟の中では兄上が一番、濃い赤を宿しています」
「その⋯⋯なんて表現していいか分からんが、五人目の勇者も『俺』なのか?」
アンパトの問いに、エオスはにこりと微笑んで答えた。
「歴代の勇者様は、皆『写し身』となっておられるはずです。つまり私は、イシディス様のひ孫にして、アンパト様の血も引いているのです」
その時、広いホールに甲高い子供の声が響き渡った。
「ひいおばあ様と、お前のような者が同じわけがないだろう! 強く、気品があり、その『たおやかさ』を謳う物語の数々を知らんのか!」
数人の側付きを引き連れ、こちらへ詰め寄ってくるのは十歳ほどの少年だった。
「タルシス! ――申し訳ありません、勇者様。第二王子のタルシスです」
エオスの紹介を遮るように、タルシスが叫ぶ。
「昨日、兄上との立ち会いを見させてもらった! ひいおばあ様の強さは、あの騎士団長ですらまるで敵わぬほどであったと聞く。なのに、なんだ! お前のその弱さは!」
タルシスの大きく見開かれた瞳には、怒りと共に少し涙ぐんでいた。
「慎みなさい、タルシス」
「我々王家は! 勇者の血を色濃く残すその正当性から、王家たらしめているのです!」
タルシスは身を乗り出す。
「それがこのような粗忽者では―― 皆、騙されているのだ! 化けの皮を剥いでくれる、私とも手合わせいたせ!」
タルシスが小さな拳を固める。憧れが他ならぬ本人により穢された。その悔しさをどこにぶつける先を探しているのだ。
だが、メイドにすら手も足も出なかったアンパトの心は、すでに折れていた。自分より小さい子供に勝とうという気概すら、今の彼には残っていない。
「⋯⋯いや、止めておくよ」
アンパトは力なく首を振った。
「申し訳ございません、勇者様。この子は、物語の中の勇者様や、ひいおばあ様にひどく憧れておりまして。タルシス⋯⋯、あなたもう一度、騎士団長から『王族の洗礼』を受けなおす必要がありそうね」
「洗礼」という言葉が出た瞬間、タルシスの体がビクリと震え、途端に口を閉ざした。
「王家には勇者の血を強く引くがゆえ、その身体能力に慢心する者が少なくありません。そこで、九歳の時に『力に溺れるな』と洗礼をうけるのです」
その説明を聞き、今度はアンパトの体がビクリと震え、途端に口を閉ざす。
エオスは微笑む。
「武芸を嗜む者には、歩様で、その者の実力の程が分かります。兄上が立ち会いを申し込んだのは、勇者様が、洗礼前の王族のように見えたからかしれませんね」
王族は、ボッコボコのギッタンギタンにされることで世界の広さを知る。
アンパトの脳裏には、なぜか昨夜のメイド長の、慈愛すら感じる完璧な微笑みが浮かんでいた。
アンパトはただ、洗礼という言葉に怯えるしかなかった。




