勇者、木刀に沈む
玉座の間に漂う粘りつくような沈黙を破ったのは、貴公子然とした、一人の若者だった。
「勇者殿。私は第一王子のノアキスと申します」
若く、しかし芯の通った声だった。
「本日の不意の再訪の儀、鍛錬の最中であったゆえ、このような無調法な姿でのお目見え、平にご容赦を。本来であれば、我ら王族が大森林までお迎えにあがらねばならぬところ、不徳のいたすところでございます」
「あ、いいよ、いいよ、たまたま気が向いたから王城に寄ってみただけだし」
たまたま気が向いた?? 怪訝な顔で見返す王子。
「長旅でお疲れとは思いますが、旅の汚れを落とす前に、
ひとつ、私とお手合わせ頂くことは叶いますか?」
手合わせ?? 今度は勇者が、怪訝な顔で見返す。
「礼儀作法などは、我が后として国母の教えを受けてからでも遅くはありますまい。しかし、勇者たる者の本分は戦うことにあり。少しばかり、お付き合いを」
こいつ何を言っているんだという顔でアルギレを見る。エルフはただ、静かにかぶりを振る。
我が后ってなんだ??
もしかして、無作法者だけど結婚してやるから、腕前見せろ的なことを言っている?
一瞬で頭に血が上った。
かちーん
「おう、いっちょ揉んでやろうじゃないの!」
「中庭や訓練場は、今、兵たちが詰めております。王、この場をお借りしてもよろしいでしょうか」
騎士団長が、硬い声で進言した。
「そうだな、わしも少し気になっていたのだ。訓練用の木刀を二本用意せよ。魔法なしで剣技のみだ」
ほどなくして、訓練用の木刀を構え数歩の距離を置いて正対する二人。
ノアキス王子は静かに、剣を高く振り上げ、ピタリと静止した。
とん、と踏み込む勇者。
数メートルの距離を一瞬で縮める。
居並ぶ廷臣達から、おぉと漏れる感嘆の声。
素早く振り下ろしたアンパトの木刀は、王子の背中に担ごうかというまでに振り上げられた木刀に受け流される。
そのまま、ゆっくりまっすぐに振り下ろされる王子の剣。
「ははっ、遅い!」
アンパトは即座に後方へ飛び退いた。
すぐさま横へ旋回し、今度は横薙ぎの一撃。
これも、ただ、木刀を振り上げるだけの動作に逸らされ、再び、まっすぐに降り下ろされる。
王子は勇者より後に動いている。
のろく感じるのに、なぜか、アンパトの振る剣の先には王子の剣が「置いて」あった。
(おかしい。先に動いているのはこっちのはずだ! こっちのほうが早いのに!!)
ステップをふみ、フェイントを交え縦横無尽、縦横からの連撃。
しかし王子は、まるで一人で静かに素振りをしているかのように泰然としていた。
(力が足りないか!)
一撃に、全体重を乗せる。
しかし――。
渾身の一振りもするりと滑らされ、アンパトの体がおよいだ。
そして、ゆっくりと振り降ろされる木刀。
まっすぐ伸びた腕先にあった剣を打ち叩かれ、おもわず木刀を手放してしまった。
無手になったアンパトは素早く、大きく後方へ飛び退く。
飛び退いたはずだ。
なのに、王子はまだ目の前にいた。
それまで一歩も動いていなかったはずの王子が、同じ速度で追いすがったのだ。
そして、ただ素振りをするように、剣を振り下ろす。
やばいと思って、さらに下がろうとしたが、
いつのまにか足先を踏まれていて、尻もちをついてしまった。
不格好に転がったアンパトに、王子の木刀がゆっくりと降りてくる。
「ぐぎゃああ!」
思わず目をつぶり、両腕をクロスさせて頭を覆った。
――衝撃は、来なかった。
ノアキスは寸止めした木刀を引き、最初の位置へ戻ると、何事もなかったかのように一礼した。
「な、なかなかやるじゃないか」
アンパトは必死に声を絞り出し、尻の埃をパンパンと叩いて立ち上がった。
王子のくせに、足を踏むなんて卑怯な事しやがって、油断していただけだ、勝ちとは認めん、ノーカンだ。木刀を拾いなおすと、王子を睨みつけ再び構える。
だが、王子はアンパトではなく、壁際に控えていた王女へと視線を向けた。
「エオス、次はお前がお相手していただけ」
「私、ドレスなので着替えてきてもよろしいですか?」
「見ていただろう、礼服判官流でよい」
エオスと呼ばれた姫が溜息をつき、前に出る。
「⋯⋯では。私は無手術にて、お相手いたしましょう」
す、素手!?
王子ならずとも姫まで!!
かっちーんとする勇者。
「かっ、かかってこい!」
アンパトは再び木刀を握り、王子の構えを真似て高く掲げた。
次の瞬間。
視界が王女の手で覆われた。
(うわわぁ!?)
のけぞってそれを避ける。そのまま力任せに木刀を振り下ろした。
しかし、剣の先に彼女はおらず、アンパトの横に並び立っていた。
振り下ろした剣には3つの手が添えられている。
真ん中には姫の手。
姫は木刀ごと勇者の手首を軽く返した。
ただそれだけで、手首、肘、肩と次々に関節が決まり、最終的に体が軽々と宙を舞う。
「ぎゃふん!」
背中から叩きつけられたアンパトは、そのまま後ろ手に捻り上げられ、取り押さえられる。
王女の指が軽く添えられているだけなのに、握った木刀すら手放すことができない。
自分の握ったその木刀が自分の首筋に添えられている。
指一本動かせない。片膝を背中につかれ、呼吸も困難。完全な制圧。ぐぅとしか声が出せない。
姫はドレスを着崩すことなく、勇者を制圧したのだ。
「⋯⋯侍従長。勇者殿を賓客間にご案内し、長旅をねぎらってさしあげろ。
エルフ殿は、少し、こちらでお話しをよろしいかな?」
静かだが、毅然とした騎士団長の声が、広間に響いた。
姫様は身動きせずに静かにその様子を見守っていた。
⋯⋯あのぅ、姫様、ど、どいてはいただけないでしょうか。
ぐぅ。




