おひかえなすって、勇者でございやす
「俺――、いや、僕、ワレ、吾輩――――」
んー。
「吾輩は勇者である。ないな、わたし、わたくし、あてくし、あっし――――」
んーー。
エルフのアルギレは静かに座っていた。一方、アンパトはうろうろしながら、何やらぶつぶつ呟いている。
侍従長がノックののち静かに入室してくると、謁見の間へ導いた。
天井は高く、窓から光が差し込み、玉座の傍には数十人の廷臣が列をなしている。
「ここでおまちください」と、玉座の前、部屋の中程で立ち止まるように指示される。執事長は壁際に立ち並ぶ重役の末席に静かに加わった。
厳かに王は立ち上がる。
日に焼けた肌に、わずかに目尻に皺を寄せ、アンパトをじっと見つめる。
「なるほど、ここまでの写し身か。確かに、これは間違いないであろう。
⋯⋯勇者どの、念のため、精霊の笛を確認させていただけるかな?」
アンパトは笛を取り出して、黙って差し出した。
侍従がそれを受け取り、王へ受け渡す。
「おおう、何やらベタベタしているがーー、
確かにこれは我らがジェゼロ王国の国宝、精霊の笛に違いあるまい」
侍従長から、わたされた布で、手を拭ぐう、侍従長も手を拭っている。
そんなにベタベタか? そういえばゴブリン殴ってそのままだったな。
あらためて、勇者に向き直る王。
両手を大きく広げ、芝居じみた身振りと発声で、名乗りをあげた。
「我はジェゼロ王国、第18代国王ヘラクリデスである!!」
玉座の間に声が響く。
「勇者殿!」
王は一度、深く息を吸った。
「再誕の儀を越え―― 大森林を越え―― 祈りの丘を越え――!」
「長い!長い旅路をこの地に生きるもの達のため!」
「再び、再びこの地を訪ねてくださったことーー」
王の拳が胸に掲げられる。
「人族を代表して――」
声が高まる。
「感謝もうしあげる!!」
廷臣たちは、王の言葉に頷いた。
アンパトはぼんやりと王の芝居を眺めていた。
「伴なるエルフのご一団よ!」
王がエルフを見る。
アルギレはひざまずいて礼をした。
咳払いをする王様、ごほん、一人だったか⋯⋯⋯⋯。
「伴をした、我が国の者らも――」
王の視線が廷臣たちを見やる。
「おまえらはずっと城におったな⋯⋯??」
沈黙。
王は笑ったようにも見えたし、笑わなかったようにも見えた。
少しセリフを飛ばさねばなと、呟く王、
「これからも続く長き旅路。
つかの間の休息を、このジェゼロで養い。
共に魔王の脅威を退けようぞ!」
「おおおー!」
と、一斉に立ち並ぶ、廷臣たちが気勢をはった。
一人だけ演劇の終幕だけみたかのように拍手をする勇者。
きっと毎年、その再訪の儀なるお祭りで演じられてきたハイライトなんだろうな。
居並ぶ全員の視線が、今度はアンパトに向いた。
本当は、ここで何事か勇者が口上をのべるのだろう。
みなの期待が重い。
空気を読まぬアンパトにもそれはわかる。
そうか、自分も舞台の登場人物だった。
この沈黙。この期待感。
名乗られたのだから、名乗り返さなければなるまい。
こんなこともあろうかと、名乗りの口上をさきほど控えの間で考えたのだ。
勇者アンパトに抜かりはない。
ずずいっと片手を下手にさしだす。
差し出された手のひらにみなの視線が集まる。
まるで、みなの期待をその手のひらで受け止めているようだ。
「おひけぇなすって――、どちらさまも、お控えなすって!!」
アンパトの精一杯張り上げた甲高い声が響く。
「控えなすって!
手前、再誕を経て、この地に舞い降りた渡世の身でございやす。
生まれは八百年の彼方、育ちは大森林~。
エルフの産湯を浸かり、この笛一本を頼りに――
森を抜け、荒野を駆け、王都にたどり着きやした
名をば、アンパトと申しやす!
そちらさま方には、以後、あっ、お見知りおきを~~~!!」
ずずずいーーっと、四方に見栄を切るアンパト。
誰も声を出さなかった。
集まった期待が指の間からこぼれ落ちていくのを感じる。
静まり返った面々の表情がやがて困惑に変わるのをみて、
あれ? もっと西洋オペラ風のほうがよかったかな?? などと、見当違いなことで首をかしげるのだった。




