短剣一本で城が戒厳令になる
初めて訪れた街で、道もわからぬ者がたどり着ける場所など限られている。
街のどこからでも見上げることができる巨大な建造物ーー王城に勇者は向かっていたのだ。
城門の前には、街の活気とは隔離された静寂があった。
そこには一般の出入りを許さぬ威圧感があり、城門を帯剣携盾した衛兵たちが彫像のように微動だにせず守っている。
近づいてくる薄汚れた二人組に、衛兵たちの鋭い視線が突き刺さった。
「宿代わりに城へ行くなど、正気ですか!」
感情の平坦なエルフですら狼狽を隠せない。
アンパトは不機嫌そうに鼻を鳴らし、場違いな巨大な羊毛の山を背負ったまま、堂々と城門へと歩を進める。
「止まれ。ここから先は許可なき者の立ち入りは禁じられている。⋯⋯貴殿らは何者だ」
アンパトが再び懐から精霊の笛を取り出そうとしたその時、アルギレがそっと彼女の手を制した。
「アンパト様、短剣をお貸しください」
アンパトが持っていた短剣を受け取ると、エルフは一番年嵩そうな門兵に恭しく門番へと差し出した。
「エルフの使者が訪れたとお伝えください。身分を証明するものとして、この短剣を責任者の方へ」
門番は眉をひそめ、その短剣を受け取ると、無造作に短剣を鞘から抜いた。
「なんだ、この手入れのされていない短剣は、血のりがべっとりではないか。手入れがなっとらん。もっとこう、道具を大事に――」
説教を垂れようとした門番の言葉が、不自然に途切れた。
彼はまじまじと刃を見つめ、恐る恐る指の腹でその銀色の刃に触れる。その瞬間、彼の表情から余裕が消え去った。
「おい、どうした」
「この短剣を兵士長に見せてこい。エルフの使者から預かったものだと」
「短剣を??」
寄ってきた他の門兵たちの前で、年嵩の門番は盾を短剣で軽く擦ってみせた。
キィ、という短い音と共に、分厚い鍛鋼の盾に深々と、そして鮮やかな筋が引かれた。
「この短剣、鍛鋼なんかより数段硬い金属を鍛えたものだ⋯⋯。いそげ」
短剣をうけとり、あわてて城内に駆け出す門兵。
外門との落差に声も出ないアンパト。
それから間を置かず、静寂に包まれていた城内から、早鐘の音が聞こえてくる。
その音は連鎖するように鐘楼へと伝わり、街全体を震わせるほどの巨大な鐘の音へと変わる。
あちこちから響き渡る鐘の音に、動揺を隠せない。
城門の陰から、城壁の回廊から、そして張出櫓に、弓を番え、盾を構えた完全武装の兵士たちが次々と駆け出してきて並ぶ。
さらに一個分隊、十数人の重装歩兵が駆け出してくると、アンパトたちの前を塞ぐようにして整列し重厚な城門が閉じられた。
「⋯⋯歓迎にしてはみなさん完全武装ですね」
アンパトが顔をひきつらせながらぼやく中、通用門を開け、兵たちの間を割って雰囲気のある二人が堂々と現れた。
一人は、磨き抜かれた鎧に身を包んだ屈強な男。もう一人は、より洗練された装飾入りの甲冑を纏い、鋭い眼光を放つ老騎士。
「短剣を持ち込んだのは、そちらの方々か?」
「はい、兵士長! それに⋯⋯き、騎士団長!!」
門番たちが慌てて姿勢を正す。
騎士団長と呼ばれた老騎士は、アルギレを一瞥した後、となりに立つ薄汚れた少女を、貫くような視線で見つめた。
その視線に、アンパトは怯むことなく引きつりながらも不敵な笑みを返してみせる。
「⋯⋯間違いあるまい。私はお二人を、控えの間へご案内する。兵士長、後の処理は任せたぞ」
「はっ! 貴様ら、何を見ている! 武器を収めろ! 開門!!」
兵士長が大声で怒号を飛ばし、周囲の殺気立った空気を強引に鎮めていく。
「今回の早鐘は抜き打ちの非常召集訓練である! 登城した兵卒にはそう伝えよ! 全員中庭に集め点呼を取れ! 各所伝令走れ!!」
「へ、兵士長! 登城してくる重鎮の方々には、なんとご説明をしたら?」
「お役目の方々が登城されたら、謁見の間にすぐお通ししろ」
隊長クラスの部下の問いに、口をひきむすぶ兵士長。
「再訪の儀である! そう伝えよ――」




