欲張るとゴブリンになっちゃうわよ
「え、グロ防止対応で血が青いわけじゃないの!?」
夕食の後、アンパトは一つの疑問をぶつけたが、エルフには勇者が何と返事をしたのかさっぱり解らないといった様子で、小首をかしげている。
勇者は腕組みをして考える。
(仮想世界でもないとするとなんだろうな。いや、ゲームの中の線は捨てきれないが、もし昔の知識と連続しているのであれば、血が青いのは、エビとか甲殻類のようなシアン系⋯⋯?ん、いや、そうかーー)
「ゴブリンは、荒れ地にもいるんだっけ?」
「そうですね。ゴブリンの魔石は大きくありませんが、荒れ地でも生存できる魔物です」
「なるほどな。でも、いったい、どうやったら800年であんな生き物が生まれるんだよ?」
ぶつくさ言いながら考察する勇者。
アンパトの疑問に応えるように、おじいさんが口を開いた。
「それについては、子供向けのおとぎ話があるのお」
「昔は子どもたちに、『欲張るとゴブリンになっちゃうわよ』なんて、よく聞かせたものだわ」
おばあさんも懐かしそうに目を細める。
「我々エルフは、人間から初期の時代に別れた種族として、よくゴブリンと比較されます。エルフは美男美女など、整った顔立ちが多いと言われていますが、これは我々の顔が『平均顔』であるだけに過ぎません」
アルギレが、真剣な面持ちで解説を加える。
「ゴブリンは欲張った。すべてを欲した。エルフはこだわらなかった。すべてを均したと言われています」
どれ、昔話しを聞かせてやろう、
おじいさんが、芝居めいた口調で、朗々と古い昔話の一節を吟じるように語り始めた。
「人よりも美しくあろうとした。
人より大きな目、人より大きな高い鼻。
人より形のよい耳、白く綺麗な歯並び。
毛のないすべすべの肌。ながい指。磨かれた爪。
小さな顔。とがったアゴ。
すらりとした手足。
生肉も、熟成肉、あらゆる贅沢を食らいたいと願った。
苦痛から遠ざかることをもとめた。
本能だけで生きられることをもとめた。
早熟と永遠の若さを求めた。
我慢のない日々を求めた。
人よりも多く求め、人よりも多く手にいれていく。
その者は、まもなくゴブリンになった」
焚き火の音だけが響く室内で、アンパトの鳴らしたノドの音が聞こえるようだった。
「うげぇ、ゴブリン、元は人間かよ⋯⋯」
「伝え聞くところでは、ゴブリンは人から分岐して、わずか数世代で人とはかけ離れた異形へと成り果てたと言われています」
「獲得した特徴が進化の過程で加速して、今のゴブリンになったと⋯⋯」
アンパトは、昼間に見たゴブリンの姿を脳内で再構築してみた。
なぜ肌が緑なのか。光合成のためか? それとも。
緑色か、黄色と青を混ぜれば緑だが⋯⋯。美を追求しすぎるあまり、パーソナルカラーというか、イエベだブルベだっていう特徴が極端に強調されて、それが混ざり合ってあの色になった、とか?
ゴブリンの造形を思い出す。
確かに、顔は小さい。目はぱっちりしているし、鼻も高い。
もし、あの涎を拭いてやって、お口をしっかり締めさせて、ウィッグを被せて、つけまつげを盛って、眉を描いて、厚化粧で塗りたくったら――。
⋯⋯なるほど、絶世の美人に見えなくもない、かもしれない。
ぶるり、身震いする。
子供向けのゴブリン戒めは、現代知識を持つはずの勇者に対しても、有効であったようだ。
勇者は遠い目で窓から夜空をみやる
「お星さまが綺麗だなぁ⋯⋯」
砂嵐が去った後の夜空はどこまでも澄み渡り、800年前には見たこともないような満天の星々が、冷たく輝いていた。




