ゴブリン掃除と青い血
大型の砂嵐は、三日三晩にわたって荒れ狂った。
おじいさんの家に避難できたことは幸運だった。窓から外を見ると、灰のような砂が積もっている。あのまま外にいたらと思うと、アンパトは背筋が寒くなった。同時におじいさんの家に招き入れられた幸運に、心から感謝した。
そして何より、おばあさんの作る料理だ。
塩味があることのすばらしさを痛感して涙したほどだ。
もちろん、只で食べさせてもらったわけではない。持ち合わせていた角うさぎと小鳥の肉を、宿代わりに差し出した。シルティス大森林の産物だと言うと、老夫婦にとても感謝された。貴重な森の幸は、ここでは、それほど悪くない取引なのだろう。
とはいえ、この老夫婦の無垢な善意に応えないというのも勇者の名にすたる、
「何か困りごとはない? この勇者が、どんな悩みも解決してしんぜよう!」
などと申し出てみる。
少し胸を張ってみせると、おばあさんは「勇者ちゃん、ありがとうね」と笑って、アンパトの頭をなでるのみ。あばあさんの撫でスキルも上級だ。
そばに控えていたアルギレが口を開いた。
「勇者様、砂嵐明けは僻地から、はぐれゴブリンが草原地まで出てくることがあります。我々でそれらを退治して回るのはいかがでしょうか」
「おお、それは助かるわい」とおじいさんが身を乗り出した。「ここは首都が近いとはいえ、冒険者ギルドに依頼してから派遣されるまで数日かかる。その間に家畜が襲われたら一大事じゃ」
「よし、そうと決まればいくぞ!」
「お待ちください、アンパト様。砂ぼこりがひどいですから、この布面を!」
☆☆☆
丘のむこうに3匹の醜悪なゴブリンがみえた。
ぎょろりと剥き出しになった目、尖った鼻と耳。細すぎる手足に対して、アンバランスにぽっこりと膨らんだお腹。緑色の肌をしたその生き物は、生物としてのデザインをどこかで間違えてしまったかのような嫌悪感を抱かせる。
やっぱりファンタジーじゃんと、訝しげに思いながらも戦闘準備。
だいぶ近くに寄っているのに、気が付きもせず、下草で何かを探している。
埃よけに巻いた布の隙間から吹き矢を構えると、狙いを定め吹き放つ。
一本目のダーツが、先頭のゴブリンの胸に深く突き刺さった。
ゴブリンは青い体液を垂らしながら、刺さった矢を引き抜き、さらに溢れ出る青い血に声をあげて、騒ぐゴブリン。
残りの二匹がようやく異変に気づき、こちらを見つけて駆け寄ってきた。
アンパトは落ち着いて二吹目の矢を放つ。今度は狙いが少し逸れ、ゴブリンのつきでた腹に的中した。ゴブリンは、さわぎながら、うずくまる。
三匹目が目前に迫る。胸に矢が飛んだが、骨に当たって刺さらなかった。細長い手が、アンパトに伸びる。するどい爪。だが、アンパトにはその一撃が、止まっているかのようにのんびりとした動きに見えた。
半身を逸らしてかわすと、手に持った「精霊の笛」を、すれ違いざまにゴブリンの額へと叩きつける。その威力は後ろにいるエルフで実証済みだ。
くずれおちるゴブリンの気配を後ろに、アンパトは腹を抱えてもがいている個体へと飛びかかり、一撃で沈めた。最後に残った一匹――胸を射抜かれた個体――に目を向けると、既に事切れていた。心臓までダーツが達していたらしい。
「お見事です。ですが、トドメまでしっかりと」
アルギレが冷静に、倒れたゴブリンの急所を刺して回る。
アンパトの吹き矢術はだいぶ上達したが、まだ、動いているものを正確に捉えるほどではなかった。しかし、ゴブリン複数匹に囲まれても余裕を持って倒せそうだという、アルギレの見立てはただしかった。
「ゴブリンの魔石は左耳の付け根にあります。耳を落とすと、ころりと出てきますよ」
教えられた通り、尖った耳をひっぱりながら、耳を切り落とす。このひと月の動物の解体で、慣れてしまっていた。
血が青いというのも、罪悪感を遠ざけてくれる。なんで血が青いかはわからないが。
「遺骸に獣がよってきてはいけません、砂を被せてから次を探しましょう」
それから日が暮れるまで、二人は草原を巡り、数十匹のはぐれゴブリンを掃除してまわった。
ほどよい疲労感の中、アンパトは夕焼けに染まるおじいさんの家を振り返る。
今夜も、やっぱりお家に泊めさせてもらおう。
おばあさんの温かいスープが待っている。それだけで、足取りは驚くほど軽いものになった。




