勇者、相棒の性別を今さら知る
「羊⋯⋯?」
顔の黒い、羊のようなヤギのようないきものがのんびりと草を食んでいた。白や茶色の毛を持つそれは、記憶の中の羊とどことなく違っていた。牛ほどもある大きな体格。それでも人馴れしているのか、近づいても逃げる素振りはない。
ごわごわだな、と手触りを残念がるアンパト。
「この子たちが帰る先についていこう。きっと帰る家があるはずだ。一晩くらい泊めてもらえるかもしれないし」
「良い判断です、アンパト様。じきに日も暮れますし、何より砂嵐も近づいています」
空が薄い茶色に染まり始めていた。夕焼けというには、いささかそれは毒々しい赤だった。
羊の群れはのんびりとした足取りで丘を下り、やがて獣道へと。その先に見えたのは、背の低い防風林に囲まれた石造りの民家。
「すっかり日が暮れちゃったな。これで泊めてもらえなかったら大変だぞ?」
羊たちにお別れを告げ、民家に近づくと、毛の長い牧羊犬がかけ寄ってきた。わしゃわしゃと撫でると、ごろりと仰向けになる。腹の毛は一段と柔らかい。
お前は分かってるな! よしよし、もふもふ。
「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんかー?」
羊で得られなかった癒やしを犬で補給しながら声をかけると、家の扉が開いた。
「おんや、ま、こんなところまで冒険者とはめずらしい」
出てきたのは、日焼けした顔に深い皺を刻んだおじいさん。
「遅くに失礼します。旅の者なのですが、一晩だけで構いません。羊小屋の隅でもいいので泊めていただけないでしょうか」
精一杯の猫をかぶり極限まで丁寧に振る舞うアンパト。
「あーあ、空き部屋なら沢山あるで、泊まってけー、おーい、ばーさんやーー」
あまりの無警戒さに逆に心配になるほどあっさりと招き入れられた。家の中は暖炉の薪が爆ぜる音と、温かなスープの香りに満ちていた。
「おや、エルフさんでねぇか、こりゃまた珍しい」
おじいさんが後ろに立つアルギレを見て目を丸くする。
「燃えるような赤い髪のかわいらしいお娘さんと、美しいエルフの旅人。まるでお伽話に出てくる勇者様ご一行のようだ」
アンパトの頭をわしゃわしゃとゴツい指で撫でてくる。ひつじで鍛えられた撫でスキルはかなり上級だ。
「おじいさん、お目が高い~! 俺ー、いや、わ、わたくし勇者なのですわ~」
手揉みをしながら、くねくねと身をよじる。
——自分で勇者と名乗ってしまった気恥ずかしさと、不慣れな敬語が混ざり、なんだかよくわからないものになっていた。
くねくね
するとそこへ、奥からおばあさんが現れ、長旅で疲れただろうと気にかけてくれた。
「お部屋に案内しましょう。そちらのエルフさんは、男の子かね? 女の子かね?」
人族にはなかなか見分けがむずかしくてな、とおばあさん
「私は男性です」
「そう。じゃあ、そちらのお嬢さんとは別の部屋にしようかね」
「⋯⋯えっ、アルギレ、お前―― 男だったの!?」
ショックをうけるアンパト。一ヶ月一緒にいても男性だとは思っていなかったようだ。
「? はい。何か不都合でもありましたか? エルフは男女の特徴があまりなく、性別を意識する文化があまりありませんので、お伝えしていませんでした」
男性と思われようが女性と思われようがどちらでも構わぬとばかりのアルギレ。
「そうだ。ご主人、伝え忘れるところでした。ここに来る途中、祈りの丘で巨大なサンドストームを見ました。明日にはこちらまで来るのではないかと」
おじいさんの顔色が変わった。
「それはいかん⋯⋯! 朝では遅いのぅ。今夜のうちに羊たちを全て岩屋に押し込まねば!」
駆け出るおじいさんと犬、おばあさんも、エプロンを外して、外套を羽織ると、おじいさんの分の外套をもって外にでた。
つられて外にでる勇者パーティ御一行。
見様見真似で羊の追い込みを手伝うために、夜の草原を駆け回った。
逃げ惑う羊たちをシェルターのような小屋へ追い込むのだ。
「メェー!」という抗議の声と、犬の吠え声、走る足音、そして群れをおいやる大声が夜空に響き渡る。
あたりもすっかり暗闇に包まれたころ、ようやく最後の羊が小屋に納まった。窓から見える空には、星ひとつない。
けれど、地平線の向こうから、かすかな風の唸りが聞こえ始めていた。




