祈りの丘、世界の果てを見る
垂直に近い断崖を、なかば這うようにして登り続ける。数百キロメートルにわたって続く大地溝帯。その底部に位置するシルティス大森林から、ようやくここまで這い上がってきた。あれほど高かった樹冠も、今でははるか下方に緑の絨毯となって沈んでいる。
夜明け前に出発したのに、尾根に到達した頃には昼を優に過ぎていた。
「ここは『祈りの丘』とも呼ばれています」
アルギレはそう言うと、積み上げられた石の上に新たに一つ乗せた。信仰と安全のしるしだろうか。こんな道とも言えぬ道を何人が通ったのか、アンパトには知る由もなかった。
ここまで登ってくると木もほぼ消える。ぶくぶくつくしことフサロフェロンが、礫場に点在しているだけだ。アンパトは立ち止まり、地平の彼方へと視線を投げた。
背後の深緑の森とは対照的な風景がそこに広がっていた。荒涼とした大地。焼けた砂地のようにも見えるそれは、どこにも生命の痕跡を持たない。残酷なまでのコントラストをなしていた。
「あそこに人間が行くとどうなるんだ?」
「我々程度の魔石持ちでは、立ち入ればその場で枯れてしまいましょう。この荒地は、あらゆる生命の根源を吸い尽くす魔の領域です」
枯れるか⋯⋯。その一言が、アンパトの脳裏に過去の記憶を呼び起こした。
かつて自分がいた時代、人類の終焉のように語られていた世界の終末そのものだ。
「『第四次世界大戦があるとすれば、人類は棍棒と石で戦うことになる』――か、誰が言ったんだっけかな⋯⋯」
アンパトは呟いた。
「人類とは、本当に愚かなものだね」
エルフを見やるアンパト。
「こんな世界になれば、そりゃあエルフのような種族も生まれるか」
「アンパト様?」
アンパトがかつていた時代、すでにいくつかの戦争はおきていた。あの後、文明がその後どうなったのかは知らない。ただ、この荒廃たる大地がその結果だとするならば――
「アルギレ、『相互確証破壊』って言葉、今も残ってるか?」
「相互かくしょう破壊? 申し訳ございません、存じておりませぬ」
アンパトはため息をつくと、弓を引き絞るようなしぐさをアルギレに向ける。
「互いに弓を引き絞った状態で向かい合えば、相手に矢を放った時点で自分にも矢がとんでくる。だから、どちらも手をだせない」
黙ってうなずくエルフ。
「ある国がとてもとても強い兵器を持っている。大地をばっかり割るほどだ」
右手を高く掲げ、地面を叩くような素振りを見せた。
「他の国も同じ兵器を持っている。もしその兵器をつかえば――」
「つかえば?」
「両方死ぬ。そして、目の前のこの光景は、その答えのようにも見える――」
二人は黙って荒れる地平に目を向けた。
「ハイエルフの枯れ枝は、エルフにも何でもは教えてくれないんだろ?」
「真理とは自ら探るものであり、授かるものではない。それが我がエルフの方針です。ハイエルフ様は、あくまで『観察者』であることを重んじられます。我らエルフも、百歳を超えた者は森を出てはならない。そうした掟がございます」
「なんとなくわかったわ。あの枯れ枝もそれなりに大変だったんだな」
アンパトは荒野を睨みつけ、そして静かに目を閉じて黙祷した。
しばらく沈黙が続く。二人は動かず、ただ地平線の向こうを見つめていた。やがてアンパトが目を開き、呼吸を整える。疲労はまだ深い。
地平線の彼方に、妙な「ゆらぎ」が見えた。
「アルギレ、あそこ雨でも降っているのか?」
エルフが目を細め表情が曇る。
「サンドストームですね。非常にまずい状況です。急いで大森林まで戻るか、王国側で避難先を探さねばなりません」
アンパトは迷わず答えた。
「戻るはないな!駆け下りるぞ!!」
二人は崩れる礫を滑るようにして下っていった。




