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【連載版】今世こそ姫になりたい元男役スター令嬢、兄の身代わりで男装したら王太子に溺愛されました  作者: 他力本願寺


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第8話 私のドレスを馬鹿にした代償は高くつきますよ

翌朝。

王宮に出仕した私は、昨日までの「壁のシミになって気配を消す」という崇高な計画を、自らの手で完全に破棄した。


背筋は一ミリの狂いもなく真っ直ぐに。

足音は立てず、しかし風を纏うように優雅に。

伏せ目がちな瞳の奥には、すべてを見透かすような自信と余裕を湛えて。


それは、前世で何千人もの観客を熱狂させた、星都歌劇団(せいとかげきだん)のトップスターが纏う『無敵のオーラ』だった。


「おはようございます、殿下」


執務室に入り、極上の微笑みとともに一礼する。

朝陽を背に受けた私の姿に、書類から顔を上げたアレクシス殿下が、ほんの一瞬だけ目を瞬かせた。


「……おはよう、ローゼンフェルト。今日はまた、一段と気合が入っているな。空気が違う気がするが」


「お気になさらず。本日は少々、気合を入れねばならない『害虫駆除』の予定がございますので」


「害虫駆除?」


殿下が眉をひそめたその時、執務室の扉がノックされた。

文官の一人が顔を出し、申し訳なさそうに口を開く。


「殿下、恐れ入ります。ローゼンフェルト分家当主、ベルナール殿が、至急殿下の耳に入れたい儀があるとのことで、面会を求めております」


「……通せ」


来たわね、叔父上。

私は静かに息を吐き出し、唇の端をわずかに釣り上げた。さあ、舞台の幕開けだ。


「朝早くから失礼いたします、殿下」


仰々しい足取りで執務室に入ってきたベルナール叔父様は、殿下に深く頭を下げた後、私の姿を認めてニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。


「おや、リオン。今日も真面目に側近見習いを務めているようだな。結構なことだ」


「おはようございます、叔父上。朝早くからわざわざ王宮へお越しとは、分家の当主はよほどお暇……いえ、お忙しいのですね」


私が涼やかな声で皮肉を返すと、叔父様のこめかみがピクリと引きつった。


「口の減らない若造だ……。殿下、本日は我がローゼンフェルト家の領地経営に関する、ある重大な懸念をお伝えに参りました」


叔父様はそう言うと、持参した分厚い書類の束を机の上にドンと置いた。


「現在、我が領地は隣接するマクダウェル伯爵領との間で、関税と境界の河川利用権を巡って揉めております。当主である兄は病に伏せがちで対応が遅れ、このままでは王室からの不興を買いかねません。本来なら跡取りであるリオンが対応すべきですが、見ての通り出仕したばかりの未熟者。そこで、分家当主である私が代わって……」


「なるほど。つまり、ローゼンフェルト家の管理能力の欠如を王太子殿下の前で喧伝し、ご自身の有能さをアピールして実権を握りたい、と」


私が横から口を挟むと、叔父様は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「無礼な! 私は純粋に、家と王国の不利益を防ごうと……!」


「でしたら、無駄足でしたね」


私は歩み寄り、叔父様が持ち込んだ分厚い書類をパラパラと素早くめくった。

関税の数字、河川の水量制限、過去の条約の変遷。

一見すると複雑怪奇に見えるが、こんなものは、前世で劇団の予算委員として、強欲なスポンサーや演出家たちと連日繰り広げていた『泥沼の経費交渉』に比べれば、幼稚園児の算数も同然である。


「マクダウェル領との関税摩擦の根本原因は、河川の上流にある水車小屋の稼働時間による水不足です。……書類の七十三ページをご覧ください」


私は滑らかな動作で書類を抜き出し、殿下と叔父様の前に提示した。


「マクダウェル側は『歴史的経緯』を主張していますが、百年前の王室勅令によれば、渇水期における水利権の優先度は我がローゼンフェルトにあります。これを盾に交渉すれば、関税の引き下げなど容易いこと。さらに……」


私は言葉を切り、叔父様に向かって一歩、歩み寄った。

甘く、しかし決して逃げ場を与えない、絶対的な支配者の微笑み。


「叔父上。この書類に添付されている分家の経理報告、少々数字が合いませんね。第三倉庫の補修費として計上されている金貨三百枚、実際には業者に半額しか支払われておらず、残りはどこへ消えたのでしょうか?」


「なっ……!? き、貴様、何を根拠に……!」


「昨日、お父様に頼まれて我が家の帳簿をすべて確認いたしました。分家の動きも含めて、ね。……王太子殿下の御前で、これ以上ご自身の恥を晒したいと仰るなら、さらに詳細な数字を申し上げますが?」


私の低く響く声に、叔父様はカエルが潰れたような声を出し、ワナワナと震え始めた。


勝負あった。

これ以上追及すれば、不正の全貌が王太子に知れ渡る。叔父様にはもう、撤退する以外の道は残されていない。


「……っ! き、今日はこの辺にしておいてやろう! 失礼する!」


叔父様は顔を土気色に変え、書類をひったくるようにして執務室から逃げ出していった。

扉がバタンと音を立てて閉まり、部屋に静寂が戻る。


(ふふん、見たか。私の白薔薇舞踏会とドレスを馬鹿にした罪は重いのよ!)


内心で盛大にガッツポーズを決めながら、私はゆっくりと振り返った。


部屋の隅に控えていた数人の文官たちが、呆然と口を開けてこちらを見ている。

彼らはやがて、ハッと我に返ると、尊敬のまなざしを私に向けて小さく拍手をし始めた。


「お見事です、リオン殿……」

「あの難解な水利権のいざこざを、一瞬で論破されるとは」

「それに、あの立ち振る舞い。怒気を見せることなく、微笑みだけで相手を圧倒するとは、並の貴族にできることではありませんぞ」


(しまった。やりすぎた)


文官たちの熱を帯びた視線に、私はサッと血の気が引くのを感じた。

完全に前世のスイッチが入ってしまい、目立ちすぎた。これでは『優秀な跡取り』としての評価が爆上がりしてしまうではないか。


恐る恐る、アレクシス殿下の方を振り返る。


殿下は、椅子に深く腰掛けたまま、腕を組んで私をじっと見つめていた。

その青灰色の瞳は、昨日のような静かな観察の色ではない。

もっと熱く、深く、得体の知れない獲物を見つけたような、強烈な執着の光が宿っていた。


「……殿下?」


私が戸惑うように声をかけると、殿下はふっと唇を緩めた。


「恐れ入った。まさか、あの曲者で知られるベルナール卿を、涼しい顔で数分にして退けるとはな。それに、数字を読み解くあの速さ。ただの『箱入り息子』には到底不可能な芸当だ」


「い、いえ。たまたま昨晩、父と帳簿を見ていたものですから。運が良かっただけです」


「謙遜は不要だ、ローゼンフェルト」


殿下はゆっくりと立ち上がり、私の目の前まで歩み寄ってきた。

そして、私の顔を覗き込むようにして、低く甘い声で囁いた。


「お前は、本当に底知れないな。……有能で、美しく、そして隙がない。ますます手放せなくなった」


ヒュッ、と喉の奥で息が鳴った。


その言葉の響きに、私は背筋が粟立つような寒気と、心臓が爆発しそうなほどの焦りを感じた。


(嘘でしょ……。ただ叔父様を撃退して、平穏な三か月を取り戻したかっただけなのに!)


王太子殿下からの、危険すぎる高評価。

私の『壁のシミ計画』は、完全に消滅した。

それどころか、この完璧すぎる王子様スキルが、自らの首をどんどん絞めていく結果になっていることに、私はこの時になってようやく気がついたのだった。

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― 新着の感想 ―
……いや?(・◇・;) 3話ほど前から? …崩壊してるっしょ?【壁のシミ計画】
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