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【連載版】今世こそ姫になりたい元男役スター令嬢、兄の身代わりで男装したら王太子に溺愛されました  作者: 他力本願寺


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第38話 お姫様は、ただ守られるだけの存在ではありません

「遺物の魔力が限界を迎え、王宮そのものが崩壊いたします!!」


伝令兵の悲痛な叫びが大広間に響き渡った瞬間、凍りついていた空気が一気に弾けた。


「ひぃぃぃっ! 逃げろ!」

「早く外へ! 出口を開けなさい!」


先ほどの暗殺者襲撃すら凌駕する、完全なパニック。

着飾った貴族たちは令嬢の悲鳴などお構いなしに、我先にと大広間の扉へ向かって殺到し始めた。

このままでは、崩壊を待たずして将棋倒しによる圧死者が出てしまう。


「第一騎士団! 抜刀して群衆を制圧しろ! 冷静に誘導すれば全員逃げ切れる時間はある!」


アレクシス殿下の、大広間を揺るがすような怒声が飛んだ。

クラウス副団長率いる騎士たちが即座に動き、剣の腹で壁を作りながら、パニックに陥った貴族たちを力ずくで整列させ、安全な避難経路へと誘導し始める。


「リリアーナ」


殿下が、群衆の混乱から私を庇うように抱き寄せ、その青灰色の瞳を真っ直ぐに私に向けた。


「君は、君の父上や国王陛下と共に、王宮の外へ避難しろ。なるべく遠くへ行くんだ」

「殿下は、どうされるのですか?」

「私が地下へ向かう」


殿下は、手にした細身の短剣をギュッと握り直した。


「暴走した古代遺物の動力機構は、物理的な破壊で止められる可能性がある。……次期国王として、この王宮と民の命を見捨てるわけにはいかない」


それは、死地に赴く者の顔だった。

王宮が吹き飛ぶほどの魔力の暴走。その中心へ向かい、破壊を試みるなど、自殺行為に等しい。

もし失敗すれば、殿下は間違いなく命を落とす。


「……ダメです」


私は、殿下の純白の夜会服の胸元を、両手でギュッと握りしめた。


「私を置いていくなんて、絶対に許しません。私も一緒に行きます」


「何を馬鹿なことを言っている! これは舞踏会の余興ではないんだぞ! 地下は魔力の暴風が吹き荒れる死地だ、君のような……っ」


「ただのか弱い令嬢には耐えられない、と?」


私は、顔を上げ、殿下を強い視線で射抜いた。


「私の幻灯魔法(げんとうまほう)を侮らないでください。光の屈折と影を操る魔法は、魔力の奔流のベクトルを歪め、逸らすことにも応用できます。……殿下が動力機構を破壊するまでの時間を、私が稼ぎます」


「しかし……!」


「私は、ただ守られて、安全な場所で震えているだけのお姫様になりたいわけではありません」


私の声は、大広間の喧騒の中でも、はっきりと殿下の耳に届いていたはずだ。


前世で、私はずっと王子様だった。誰かを守り、矢面に立つのが私の役割だった。

今世で「守られる姫」に憧れたのは事実だ。

でも、愛する人が命を懸けて死地へ向かおうとしているのに、その後ろ姿を見送って、安全な場所で祈っているだけのヒロインになんて、死んでもなりたくない。


「私のお姫様としての舞台デビューに泥を塗った奴らを、この手で叩き潰さなければ気が済まないのです。……殿下と共に戦うこと、どうかお許しください」


それは、側近リオンとしての進言でもなく、か弱い令嬢の哀願でもない。

一人のパートナーとしての、絶対に退かないという強固な意思表示だった。


殿下は、私の瞳に宿る『前世のトップスター』としての覚悟を真っ向から受け止め、やがて苦しげに顔を歪めながらも、深く息を吐き出した。


「……君という女性は、本当に、どうしようもなく強くて美しいな」


殿下は、私の握りしめていた手を、ご自身の大きな手で包み込んだ。


「分かった。共犯者の頼みだ、無下にはできない。……だが、絶対に私の傍から離れるな。何があっても、君の命だけは私が守り抜く」


「ええ。殿下の背中は、私が守りますわ」


私たちは、強く頷き合った。

避難する貴族たちの波に逆らい、私たちは真珠色のドレスと純白の夜会服を翻しながら、大広間の裏手にある隠し通路から、一気に王宮の地下へと駆け出していった。


◇◇◇


カツン、カツンと、ヒールの音が暗い螺旋階段に響く。

地下へ潜るにつれて、空気は異様な熱と圧を帯び始め、肌がピリピリと痺れるような不快感が全身を襲う。


(これが、暴走する古代遺物の魔力……!)


私は、ドレスの裾を邪魔にならないように巻き上げ、殿下の少し後ろを懸命についていった。

先日、令嬢姿で潜入した時に見た『光の部屋』への道。

その最奥へと続く巨大な扉は、既に第一騎士団の突入によって無惨に破壊され、開け放たれていた。


「行くぞ、リリアーナ」

「はいっ!」


私たちが扉を抜け、巨大な地下空間――かつての旧劇場跡へと足を踏み入れた瞬間。


「うっ……!」


目を開けていられないほどの、強烈な閃光と熱風が私たちを襲った。


広大な空間の中央。

そこには、天井に届くほどの巨大なクリスタルのような『古代遺物』が鎮座していた。

しかし、その透明だったはずの輝きは、今は赤黒く濁り、耳障りな不協和音を響かせながら、周囲に無差別に魔力の雷を撒き散らしている。


部屋の隅には、宰相派の私兵たちや、突入した騎士団の兵士たちが、魔力の暴風に巻き込まれて気を失い、倒れていた。

宰相本人の姿は、どこにもない。遺物を暴走させ、自分だけとっとと逃げ出したのだ。


「あれが動力機構の中心か……! あそこまで近づかなければ、破壊できない!」


殿下が、片手で顔を庇いながら、クリスタルの根元にある黒い台座を指差した。

しかし、クリスタルからは間断なく赤黒い魔力の刃が放たれ、容易には近づけない。


「私にお任せを!」


私は、殿下の前にスッと躍り出た。

大きく息を吸い込み、全身の魔力を限界まで練り上げる。


「――光よ、我が意思のままに歪め!」


両手を前に突き出し、幻灯魔法を最大出力で展開した。

私たちの周囲の空間が、陽炎のようにゆらゆらと歪む。

光の屈折率を極限まで変化させ、見えない『魔法の鏡』の盾を幾重にも張り巡らせるのだ。


バチィィィンッ!!


クリスタルから放たれた強烈な魔力の雷が、私の張った幻灯の盾に直撃した。

すさまじい衝撃が両腕を襲い、足が後退りしそうになるのを、ヒールを床に食い込ませて必死に堪える。

魔力の雷は盾の表面で屈折し、天井や壁へと逸れていき、激しい爆発音を立てた。


「いけます! 殿下、私の後ろを!」

「すまない、頼む!」


私は幻灯魔法の盾を展開したまま、クリスタルへ向かって一歩ずつ前進を開始した。

殿下は私のすぐ背後に張り付き、私の盾が防ぎきれなかった細かな破片を、短剣で正確に弾き落としていく。


熱い。苦しい。

魔力を放出し続ける反動で、頭が割れるように痛い。

ドレスは煤で汚れ、結い上げていた金糸の髪も解けて乱れ始めている。

完璧な令嬢の姿からは程遠い、泥臭い行軍だ。


(でも、負けない! ここで私が倒れたら、殿下が……!)


クリスタルの台座まで、あと十歩。

あと五歩。


「よし、射程に入った! リリアーナ、そのまま耐えてくれ!」


殿下が私の背後から飛び出し、台座の動力機構に向かって細身の短剣を振り上げた。

王族に伝わる、魔力を断ち切る特製の刃が、赤黒い光に向かって閃く。


――その時だった。


古代遺物が、自身の破壊を察知したかのように、これまでとは桁違いの、巨大な赤黒い魔力の奔流を放出したのだ。

それは、私の張った幻灯の盾を紙くずのように粉砕し、一直線に私と殿下を飲み込もうと襲いかかってきた。


「しまった……っ!」


私が魔法を再展開しようとしたが、間に合わない。

迫り来る死の光。


「リリアーナッ!!」


殿下が、動力機構への攻撃を瞬時に諦め、自らの身体を投げ出すようにして、私の前に立ち塞がった。


ドゴォォォォンッ!!


耳を劈くような爆音と共に、赤黒い魔力の嵐が、私たちを完全に飲み込んだ。

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