表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/72

第67話 届かぬ刃

 東門の門楼へ続く歩廊は、血と怒号に満ちていた。


 歩廊の中央にエルネストが立ち、その背後をオーランジュの突入兵たちが門楼へ向けて走っていく。

 彼らの役目はただひとつ。大門を開けること。

 そのためだけに血で滑る石床を走り、仲間の死体を踏み越えて進んでいた。


 そこへ、リリィ率いる魔法騎士隊が駆けつけた。


 歩廊は狭い。横には広がれず、同時に前へ出られるのはせいぜい三人ほど。

 魔法騎士隊が得意とする包囲陣形も、側面からの連携も、ここではほとんど意味をなさなかった。


 それでも敵を止めなければならない。

 門楼を奪われれば東門が開く。門の外にはオーランジュ軍の主力が待っており、それがなだれ込めば王都が陥落するのは目に見えていた。


 一秒とて惜しい。感傷に浸っている暇などない。

 リリィは一言も発さぬまま踏み込んだ。


 剣が走る。

 エルネストが受ける。


 狭い歩廊に金属音が弾け、後方の魔法騎士が魔力弾を放った。さらに横へ回り込むように側面の騎士が突きを入れる。


 速い。


 騎士隊の動きに無駄はない。前衛が剣を合わせ、後衛が魔法で逃げ場を潰し、もう一人が隙を突く。

 普通の兵なら、反応する間もなく倒れていただろう。


 だが、エルネストは下がらなかった。


 リリィの刃を剣で受け、そのまま横へ滑らせる。直後に左手をわずかにかざし、無詠唱の防御術式で魔力弾を弾いた。

 踏み込んできた騎士の突きを体をずらして外へかわす。その勢いで顔面に剣の柄を叩き込んだ。


 騎士が崩れる。

 後衛がすぐに引きずり下げ、別の者が前へ出た。


 リリィが歯を食いしばる。

 エルネストは前へ出てこず、後ろへも下がらない。歩廊の真ん中に立ったまま、リリィたちの攻撃を受け止めていた。


 積極的に倒しに来るのではない。時間を稼いでいるだけ。

 その事実がリリィの腹の底を熱くした。


「なめるなぁ!」


 叫びとともに、彼女は再び斬り込んだ。


 上段から振り下ろす。受けられる。返す刃をかわし、さらに踏み込む。だがその瞬間、エルネストの剣が角度を変えた。


 リリィの体勢が崩れて刃が迫る。


「副隊長!」


 その瞬間、オスカーが飛び込んできた。


 差された剣がエルネストの一撃を受けたが、それは受けきれる重さではなかった。

 火花が散り、刃が流れ、オスカーは咄嗟に半身を引いたがかわしきれない。

 エルネストの剣が、彼の脇腹を深く裂いた。


「ぐっ……!」


「オスカー!」


 リリィが上ずった声を上げる。

 敵を前にして視線を逸らすなど、騎士としてあるまじき行為だった。


 その視界の端で、オスカーが耐えきれず膝をつく。

 鎧がなければ胴を割られていただろう。しかし、幸いにも急所は外れていた。後続の騎士がすぐに肩を掴んで後ろへ引きずっていく。


「下がれ!」


「まだ、やれる!」


「黙ってろ!」


 別の騎士が叫び、オスカーを押し込むように後方へ運んだ。


 それでも、戦いは止まらない。

 新たな騎士が前へ出て、魔力弾を二つ、三つと連続して放つ。

 狭い歩廊では逃げ場がない。リリィはその弾幕に合わせて、低い位置から剣を走らせた。


 だが届かない。


 エルネストは魔力弾を弾き、リリィの斬撃を剣で受け流し、ほんの半歩だけ体を入れ替えた。

 そのわずかな動きだけで、こちらの連携は途切れてしまう。


 リリィが奥歯を噛む。

 自分たちは魔法騎士だ。王国の精鋭なのだ。

 普通の兵なら束になっていても押し返すことができる。その自負に恥じぬ働きをこれまでもしてきた。


 しかし、それが目の前の男には通じない。


 歩廊が狭いから。

 連携が活かせないから。


 そう言い訳することはできる。しかし、それがすべての理由にはならなかった。


 勇者とは、これほどのものなのか。

 

 常人には決してたどり着けない遥かな高み。

 どれほど努力を積み重ねようと、いくら訓練に明け暮れようと、その背中さえ捉えられない。


 これまでの想いはいったいなんだったのか。

 憧れ、追い、並ぼうとしてきた。

 しかし、いまさらながらに、そのすべてが烏滸(おこ)がましいのだと思い知らされる。


 そんな思いが胸の奥で冷たく沈んだ。



 その時だった。

 エルネストの背後、門楼の方角から声が上がった。


「東門確保!」


 オーランジュ兵の声だった。


(かんぬき)を外せ! 落とし格子を上げろ!」


 声に続いて、重い金具の軋む音が響き始めた。門楼の内側で鎖が巻き上げられていく。誰かが怒鳴り、別の誰かが歓声を上げた。


 リリィの顔から血の気が引いた。


「駄目だ……!」


 反射的に走ろうとする。

 だが、エルネストがまだ立ちふさがっていた。


 歩廊の下からさらに大きな声が聞こえてくる。外側で待機していたオーランジュ兵たちの声だった。

 門が動いたのだろう。重い扉が軋み、地面を震わせるような音が城内へ響き始めていた。


 東門が開く。


 それを理解したとき、ジルニッツ兵たちの表情が変わった。剣を握る手が緩み、誰かが一歩下がり、別の誰かが呆然と門楼の方角を見る。


 終わった。


 その空気が、血と煙の中にじわじわと広がっていく。瞬間、リリィも下の混乱へ意識を奪われた。


 その時、エルネストが動いた。

 リリィの剣を強く弾く。彼女が踏みとどまるより早く、エルネストはその場から身を翻した。


「待て!」


 リリィが叫ぶ。

 しかし、エルネストは振り返らない。

 歩廊の縁へ走り、ためらいもなく手すりを越え、そのまま城内へ飛び降りた。


「逃げるな!」


 リリィが歩廊の縁へ駆け寄る。見下ろせば、エルネストはすでに着地していた。

 この高さから飛び降りたというのに、膝をついたのは一瞬だけだった。すぐに立ち上がり、血と汚れにまみれたまま王宮奥へ向かって走り出す。


 こちらを一瞥すらしない。

 もはや魔法騎士隊など、彼の中では意味を失っていた。


 門が開いた。

 役目は終わった。


 だから次へ行く。


 それだけだった。


 リリィは歯を食いしばったまま、歩廊の上からその背を見下ろした。



 東門からオーランジュ軍の主力が押し寄せてくる。

 城内の守備兵が迎え撃つが、勢いが違いすぎた。押し返そうとした隊列は砕かれ、槍の列が割れ、怒号と悲鳴が入り混じりながら王都の内側へ広がっていく。


 ザッテルハイムは、内側から破られた。


 本来なら、ここで魔法騎士隊を率いて防衛に回るべきだろう。

 敵の突破を少しでも遅らせる。王宮へ向かう敵を食い止める。まだやるべきことはいくらでもあった。


 だがリリィには、エルネストの向かう先がわかってしまった。


 王妃コルネリア。


 あの男が向かう場所はそこしかない。


 リリィが振り返る。

 オスカーは歩廊の端に座り込み、布で脇腹を押さえられていた。顔は青いが意識はあり、命に別状はなさそうだった。


 その姿にリリィは一瞬だけ安堵した。しかし、すぐに表情を引き締める。


「私は奴を追う!」


 声を張った。


「ホルスト、お前が指揮を引き継げ!」


 後方にいた魔法騎士の一人が目を剥く。


「はい!?」


「東門を押さえろ! 無理なら王宮への通路を塞げ! 敵を奥へ通すな!」


「ふ、副隊長!?」


「聞こえたな!」


 リリィの一喝にホルストは息を呑み、すぐに頷いた。


「了解しました!」


 その時、止血されていたオスカーが顔を上げた。


「ちょ、ちょっと副隊長!」


 痛みに顔を歪めながらも必死に声を張る。


「どこ行くんですか!?」


 リリィは一瞬だけ振り向き、言う。


「あいつの行き先は決まっている!」


 それだけ言うと、リリィは歩廊の階段へ向かって走り出した。



 背後では東門の戦音がますます膨れ上がっている。

 オーランジュ兵の怒号、ジルニッツ兵の悲鳴、弾ける魔法の光、崩れていく隊列。それらすべてがひとつの奔流となって、王都の内側へ押し寄せていた。


 それでもリリィは振り返らなかった。


 もはや迷いはない。

 エルネストが向かう先など、ひとつしかないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ