第九話:覇道布石
第九話:覇道布石
昨夜、深く淀んだ静寂の底で脳裏に組み上げた新たなる国の骨格――千年先まで揺るがぬ法治の大網は、夜が白み、再び夕陽が西の稜線へ沈みゆく今となっても、微塵の翳りを見せることなく勝頼の肚の底に確固として根を張っていた。
行灯の火入れを待つまでもなく、二十六という若く瑞々しい肉体が備える鋭敏な五感は、宵闇が忍び寄りつつある座敷の隅々に至るまでを正確に捉え尽くしている。勝頼はゆっくりと畳から腰を浮かせ、奥の重たい障子を静かに押し開いた。
湿り気を帯びた甲斐特有の夜風が、火照りすら感じさせぬ冷やかな肌を撫でていく。眼下に広がるのは、藍色の帳に飲み込まれようとしている躑躅ヶ崎館の城下。そして、そのさらに背後に黒々と横たわっているのは、かつて一度目の最期において己の逃げ道を塞ぎ、情け容赦なく死地へと追いやった、あの険しき山嶺の連なりであった。
(……この峰々の向こう側で、わしは一度命を散らした。守るべきものをすべて失い、血と泥にまみれながら、名門の哀れな終焉をただ見届けるしかなかったのだ)
勝頼の双眸が、暗がりの中で自嘲の色を帯びて細められた。
なぜ、一度目の生であのような無惨な滅びを迎えたのか。はるか大陸で百戦錬磨の将たちを御し、広大な帝国を治めてきた今の目で過去を振り返れば、当時の己の浅はかさが痛いほどによくわかる。
そもそも自分は、武田の嫡男として生を受けたわけではなかった。母は滅ぼされた諏訪家の姫。本来ならば「諏訪四郎」として、武田の家督とは無縁の他家を継ぐはずの身であった。だが、嫡男であった兄・義信が謀反の疑いで自刃に追い込まれたことで、後継の器として急遽引き上げられることとなったのだ。
それゆえに、焦っていた。山県昌景や馬場信春といった、祖父・信虎や父・信玄の代から甲斐の礎を築き上げてきた歴戦の譜代家臣たちは、諏訪の血を引くぽっと出の若造を、常に値踏みするような底冷えのする目で見ていた。彼らを黙らせ、己が真の「武田の後継者」であると認めさせるためには、誰よりも激しく槍を振るい、血の海に飛び込んで飛び抜けた武勲を立てるしかなかったのである。
(あの頃のわしは、武田の『虎』の皮を被ろうと必死な、ただの哀れな獣であったな)
遠江や三河への侵攻。かつての自分は、先ほどの軍議でも経験不足ながらに勢いだけで山県らと同調し、先陣を争って城へ突撃していただろう。味方の血を大量に流してでも、力ずくで敵将の首級を挙げ、「どうだ、わしこそが武田を継ぐにふさわしかろう」と誇示しなければ、この荒くれ者の家中を束ねられぬと信じ込んでいたのだ。
だが、そのような功名あさりの力押しは、国を内側から食いつぶす猛毒でしかなかった。
父・信玄の真の強さは、戦場での猛々しさだけではない。北条や今川、上杉を手玉に取るしたたかな外交策、黒川金山などを基盤とした豊かな財の力、そして『甲州法度之次第』に見られる道理を重んじた領国経営。それら目に見えぬ膨大な下準備があってこその「風林火山」であった。
しかし、かつての未熟なる勝頼は、その大木を支える「根」の深さを理解できず、ただ目立つ「枝葉」の猛威だけを振り回した。結果として、すでに枯渇しつつあった甲州の金山や、領民への重い軍役を顧みずに戦線を広げすぎ、長篠・設楽原の泥濘で取り返しのつかぬ大敗を喫した。そして、武田を底辺で支えていた国衆たちの離反を招き、天目山の露と消えたのである。
だが――と、勝頼は暗がりの中で冷ややかに思考を巡らせる。
いかに父が稀代の英傑であったとしても、武田という国衆の寄り合い所帯をそのまま保ち続けていれば、いずれは尾張の織田信長に敗れ去っていただろう。信玄という個人の強烈な威光で辛うじて束ねられていた危うき体制では、信長が推し進める兵と農の分かちや、圧倒的な銭と鉄砲の力による新しき戦の理の前に、早晩すり潰される運命にあった。個の威光や武士の情に依存する国は、強固な仕組みの前に必ず屈する。それが歴史の必然なのだ。
勝頼は、縁側の欄干を握る指にぐっと力を込めた。木肌に食い込む指先が、若く張り詰めた肉の強靭さを嫌でも伝えてくる。
(父上の遺した旧き体制にしがみつき、家臣たちに媚びて『武士の誉れ』に己を合わせようとしたこと自体が、二重の過ちであったのだ)
はるか大陸の玉座から彼が見下ろしてきたのは、一人の傑物が斃れようとも決して歩みを止めることのない、大いなる仕掛けとしての「国家」の姿であった。何万という兵草が、荒ぶる感情ではなく冷徹なる掟の元に整然と動き、蔵に収まる粟の一粒、市場を巡る銭の一文に至るまでが、厳密な法と秤によって残らず縛り付けられている世界。
信長が目論む天下布武の野望すら、中原の天下を統べた勝頼の視座から見下ろせば、とうの昔に大陸の歴史の奔流に呑み込まれた、古びた覇道の焼き直しに過ぎない。今の己がこの地に打ち立てられる完全なる法と理の国を以てすれば、信長の推し進める新しき仕組みなど、取るに足らぬ児戯に等しい。
夕闇の底へと沈みゆく甲府の町並みに、ぽつりぽつりと心細げな灯りがともり始める。
もう、誰にも認められる必要はない。譜代の老臣たちに「流石は御館様のご子息」などと称賛されるためになど、二度と槍は振るわぬ。彼らが頑なに信じ込んでいる古臭い忠義を、もっと強固で、もっと血の通わぬ「法」という名の分厚い鎧で覆い隠してやる。
それこそが、天子としての真の責務を知り、一度はこの日ノ本のすべてを見捨てて死を迎えた男が為すべき、唯一の贖いであった。
(……わしは、武田勝頼として前と同じ生を繰り返すつもりはない)
低く呟かれた独白は、冷たく湿った甲斐の夜風に吸い込まれて跡形もなく消え去った。
彼は身を翻し、再び座敷の奥、文机の元へと歩み寄った。そこには、家臣たちの名が記された黒々とした木簡の束が積まれている。
それは、偉大なる父・信玄がこれまで「主君への忠誠」と「戦場での武勲」のみを物差しとして序列をつけてきた、猛将たちの名が連なる帳である。
一度目の生では、この名簿の顔ぶれを恐れ、彼らの機嫌を伺うことしかできなかった。だが今は違う。
(さて、まずは戦の盤面をまっさらに整えねばなるまい。父上の時代の古き残像から、わしの大網へと繋ぎ直すための、若い有能なる駒が多く必要だ)
勝頼は、積まれた木簡の一番上を、冷たい指先で静かになぞった。
もし曹操であったならば、誰を真っ先に先鋒へ据えるか。劉備であったならば、誰に国の法を委ねるか。
大陸の英傑たちが幾千の血みどろの戦を経て極め尽くした「人を御する道理」が、勝頼の思考の奥底で、音もなく、されど恐るべき速さで回り始めた。
これより始まるのは、神仏の浅はかな呪いすらも理で噛み砕く、非情なる切り崩しである。勝頼は木簡を一束鷲掴みにすると、黒漆の天板の上に、碁石を打ち据えるかのような鋭い音を立てて置いた。




