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三国志帰りの武田勝頼は、信玄の知らない帝王学で天下を覆す ~軍師真田昌幸と始める、二度目の天下統一~  作者: チャプタさん


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第六十七話:火筒変革

第六十七話:火筒変革


 甲斐の国、躑躅ヶ崎館の北側に位置する、壁の厚い石造りの巨大な蔵。かつては非常時の塩や硝石、あるいは使われなくなった古い武具などを蓄えていた薄暗いその場所は、「火工廠」という新たな名を与えられ、勝頼の厳命によって武田の技術開発を担う最重要の中枢へと変貌を遂げた。


 重厚な鉄張りの扉が軋みながら開くと、内部にはむせ返るような鉄と油、そして硫黄の匂いが立ち込めている。

 部屋の中央に据えられた頑丈な作業台の上には、上方や堺の商人を通じて、純度の高い武田金を惜しみなく積んで買い入れさせた「種子島」と呼ばれる火縄銃が、数挺、無機質に並べられていた。

 陣代たる武田四郎勝頼は、無言のままそのうちの一挺を手に取った。美しい漆塗りが施された銃床に、南蛮渡来の緻密な意匠が象眼された重たい銃身。武田のお抱え鍛冶を束ねる者たちは、この轟音と死をもたらす新しい武器をまるで神仏の依代であるかのように畏れ、不用意に触れることすら躊躇っていた。

 だが、勝頼には、この高価な筒が、未熟な技術と職人の思い込みが産み落とした、極めて不完全な習作の寄せ集めにしか映っていなかった。


「勝頼様。それらは堺でも指折りの名工が、魂を込めて鍛え上げた逸品にございます。下手に筒を開けたり手を加えたりなされば、宿った魂が怒り、暴発の災いを招くやもしれませぬ……」

 火工廠の長に任ぜられた老鍛冶が、顔を青ざめさせながら声を震わせた。長年、刀や槍を鍛えてきた彼らにとって、武具には作り手の情念が宿るものであり、それを分解するなどという行為は冒涜に等しかったのだ。

 しかし、勝頼は老鍛冶の言葉に答える代わりに、自らが図面を引いて工匠に削り出させた、見慣れぬ鉄の工具を作業台の上に置いた。


「そなたらの目にこの筒がどう映っているかは知らぬが、わしの目には、ただの鉄の塊と、不揃いな部品の集積にしか見えんな」

 勝頼は一切の迷いもない手つきで、銃身の最後部にはめ込まれた「尾栓」と呼ばれる蓋へと、自ら作らせた鉄の工具を噛み合わせた。


(……火薬が弾け、その力で鉛の玉を押し出すという現象そのものは、練丹術師たちが古くから弄んできた火遊びの延長に過ぎぬ。そして、この筒が成そうとしている直進の考え方は、わしが和帝として天下を治めた折、陳宮と共に幾万の弩を生産し、その複雑な仕掛けを一厘単位で競わせたあの算術と、何ら変わりはないのだ)


 勝頼の脳裏には、中原の宮廷で過ごした日々の記憶が鮮明に流れ始めた。

 当時、広大な平原を制するための弩を大量に造る際、勝頼が最も重んじたのは職人の勘ではない。どの部品を別の物と入れ替えても、全く同じように組み上がり、全く同じ飛距離が出るという「規格の統一」であった。職人の勘という極めて不確かなものを完全に排除し、定められた寸法のみで生産を縛る。それこそが、陳宮と共に築き上げ、辿り着いた、強大な軍を維持するための神髄であった。


 対して、目の前にある日ノ本の鉄砲はどうだ。

 勝頼は工具にぐっと一定の力を加えた。きりきり、と金属が擦れ合う高く鋭い音が、石造りの蔵の内に響く。


「よく見よ。この筒の底を塞ぐ尾栓の螺旋を」

 勝頼の手によって外された尾栓のねじ込み部分を、老鍛冶と、傍らで息を潜めていた真田源太左衛門尉昌幸に突きつけた。

「日ノ本の鍛冶は手先が器用ゆえに、この複雑な螺旋を一つ一つ手作業で削り出している。見事な腕前だ。だが、手作業であるがゆえに、一挺ごとに螺旋の深さや間隔が微妙に違う。同じ堺で作られた筒であっても、この筒の尾栓は、隣の筒にははまらぬのだ」


 老鍛冶は目を丸くした。職人が一挺ごとに全霊を込めて誂えるのだから、部品が他の筒に合わないのは当たり前ではないか。それが日ノ本の物作りの常識であった。

「その職人の矜持とやらが、この武器の最大の欠陥なのだ。螺旋の隙間が均一でなければ、火薬が弾ける際の膨大な圧力が筒の底でわずかに逃げ、あるいは偏る。ゆえに、同じ火薬の量を詰めても、放たれる鉛玉の勢いに一挺ごとにばらつきが生じ、弾道が迷いを起こす」


 勝頼は筒の奥に溜まった火薬の煤を、細い棒で一厘の狂いもない力加減で削り落としながら、冷徹に言い放った。

「尾張の織田信長は、この筒の数を買い集めることばかりに血道を上げているようだ。だが、それであれば奴が誇る鉄砲隊の実態は、射程も弾道も幾千通りの癖を持つ、不完全で不揃いな鉄屑をただ並べているに過ぎぬのだ」


 傍らで固唾を呑んで見守っていた昌幸は、勝頼のあまりにも理路整然とした分析に、深い感嘆の息を漏らした。

「勝頼様……。この南蛮渡来の恐るべき筒を、寸法を統一すべき定型物として完全に解体し、見直されるおつもりですな」

「左様だ、昌幸。信長が行っているのは、当たるかどうかも分からぬ鉛の玉をただ大量にばら撒き、確率の網で敵を殺そうとする、旧態依然とした弩兵の物量戦の焼き直しに過ぎぬ。だが、わしが求めるのは、敵将の眉間をはるか遠くから一発で穿つ、正確さを持った射撃である。そのためには、まずこの筒の作りに宿る、職人の情念という名の無駄を徹底的に排除させねばならぬ」


 勝頼は完全に解体された長く重い銃身を両手で高く掲げ、蔵の小さな窓から差し込む冬の冷たい光に向けて、その筒の内側を真っ直ぐに覗き込んだ。


(……求めるべきは、誰が撃っても同じ場所に当たる、絶対の再現性だ。だが、この日ノ本の筒の技術は、まだ弾を押し出すだけのただの空洞に過ぎない。火薬の力で弾を真っ直ぐ遠くに飛ばすための、肝心な部分が欠け落ちている。必ず、わしがこの未熟な筒に、大陸の知恵を接合してやる)


 勝頼は銃身を台に下ろすと、既に傍らに用意させていた一枚の図面に、追記を筆で流れるように描き始めた。

「よく聞け。これよりわしが授けるこの図面の寸法通りに、螺旋の深さと太さを完全に統一した新しい筒を百挺造れ。どの筒の尾栓を入れ替えても、寸分の狂いもなく噛み合うようにするのだ」


 そして勝頼は、図面の銃身の内部を示す箇所に、奇妙な螺旋状の線を何本も描き加えた。

「さらに、ここからが本題だ。筒の内側をただ平らに削るのではない。このように、筒の奥から銃口にかけて、浅く均等な螺旋の溝を六本、内側に削り込むのだ」

「筒の……内側に、溝でございますか」

 老鍛冶は、勝頼の突飛な指示に困惑の声を上げた。弾を滑らせる筒の内側に溝など彫れば、鉛玉が引っかかって暴発するのではないか。


 勝頼は、壁に立てかけられていた一本の弓矢を手に取り、その矢羽を老鍛冶の目の前で示した。

「矢がなぜ風の抵抗を受けても真っ直ぐに、遠くまで飛ぶか分かるか。この矢羽が風を受け、矢そのものを回転させながら飛んでいくからだ。回転する物体は、風の乱れを切り裂き、その軌道を決して崩さない」


 昌幸の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。

「まさか……勝頼様。その筒の内側に刻む螺旋の溝で、放たれる鉛玉そのものに、矢と同じ様な回転を与えようというのですか」

「その通りだ。火薬の膨張によって押し出された鉛玉は、この筒の内部の螺旋の溝に沿って激しく回転しながら飛び出す。回転を与えられた玉は、これまでの筒の倍の距離を、一寸の狂いもなく直進して飛んでいくはずだ。……これが、物理が導き出す直進の考え方である」


 それは、勝頼が二度目の人生の記憶の中で突き詰めた、物体の運行における絶対的な必然の帰結であった。

 日ノ本の鉄砲鍛冶ではまだ到達していない、兵器の概念。それを、勝頼は今、この薄暗い蔵の中で、図面を用いて完璧に説明してみせたのである。


「勝頼様……」

 昌幸は、己の主君から放たれる人智を超えた知の深淵に触れ、深く平伏した。

 織田信長が莫大な銭を投じて買い集めている既存の鉄砲など、勝頼が今ここで行おうとしている兵器の革新の前には、狙いも定まらぬただの火遊びの筒に過ぎなくなる。信長が量で天下を制そうとするならば、勝頼はそれを遥かに凌駕する質の暴力によって、魔王の自信ごと完全に粉砕しようとしているのだ。


「まだ二年の猶予がある。この間に、わしの図面通りに一寸の狂いもない全く同じ筒を、まずは百挺揃えて報告せよ。最終的には一千挺揃えるつもりだ。材料も銭も、武田の蔵にあるものすべてを惜しみなく使って良い」

 勝頼の眼光が、平伏する鍛冶衆を鋭く射抜いた。

「職人の意地も、古い技の自慢も捨てろ。そなたらは武田という国を支えるため、ただ正確な定数のみを量産し続けるのだ」


 火工廠の冷たい石壁に、勝頼が放った全く新しい時代の宣告が重く響き渡った。

 病死した偉大なる父の影を使い、天下の目を三年のあいだ欺き続ける。その静寂の中で、勝頼は自らの法で常備兵を育て、さらには敵の武器を過去の遺物へと変え去る圧倒的な兵器の創造に手を染め始めた。

 戦国の時代は、今、この蔵の中から産み落とされる科学の力によって、次代へと強引に押し進められようとしていたのである。

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