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三国志帰りの武田勝頼は、信玄の知らない帝王学で天下を覆す ~軍師真田昌幸と始める、二度目の天下統一~  作者: チャプタさん


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第二十七話:金山粛正

第二十七話:金山粛正


 甲斐の国中を囲む険しき山々にも、わずかに雪解けの気配が漂い始めていた。だが、日差しを拒むような深い谷間に位置する黒川金山には、春の暖かさなど微塵も届いていない。

 切り立った崖に穿たれた無数の坑道からは、絶え間なく石を打つ鈍い槌の音と、岩を砕く鋭い響きが漏れ聞こえてくる。泥と汗にまみれた掘り子たちが、地の底から湧き出す黄金という名の欲望に憑かれたように、蟻のごとく群がり蠢いている。谷底に立ち込めるのは、松明の燻る煙と、人間の放つ濃密な業の匂いであった。


 感情を殺した凡夫たちによる軍制の基礎を練兵場に叩き込んだ武田勝頼が、次に向かったのがこの甲斐の富の源泉であった。

 急峻な山道を馬で乗り入れた勝頼は、谷底から吹き上げる冷ややかな風を静かに吸い込んだ。半歩遅れて付き従う真田源太左衛門尉昌幸は、主君の横顔を盗み見ながら、その昏い瞳の奥に宿る冷徹な思惑を読み取ろうと神経を尖らせている。常備の軍を養い、いずれ西の織田を銭の力で押し潰すためには、今ある武田の富の巡りを根底から再整備し、理の下に縛り直さねばならない。ここはその大工事の最初の舞台であった。


 一行の到着を知り、黒川金山を束ねる奉行が、取り巻きの役人たちを従えて慌ただしく平伏に出迎えた。

「これは若殿。事前の知らせもなき急なお成りに、肝を潰しましたぞ。黒川の産出は、御館様が定められた古き掟に従い、毎月一分の滞りもなくお納めしておりますゆえ、どうかご安心くださりませ」

 泥にまみれた掘り子たちとは対照的に、上等な絹の小袖を着込んだ奉行の口元には、頭を下げながらも隠しきれぬ驕りがあった。戦場で槍を振り回すことしか知らぬ若造に、金山の入り組んだ帳簿の仕組みなど分かるはずがなかろうという、算盤を握る者特有の侮りが透けて見えたのだ。


 奉行は、背後の者に持たせていた分厚い和紙の帳簿の束を、恭しく両手で差し出した。

「こちらが今月の産出と、人足たちへの扶持の控えにございます。なんなりと御検分を」

 だが、勝頼はその帳簿を一瞥しただけで、受け取ろうとすら形跡を見せなかった。

「そのような紙切れに記された墨の文字など、いくらでも誤魔化しが利く。見る価値もないわ」

 勝頼の冷え切った声が、奉行の薄笑いを凍りつかせた。


(……古今東西、国が内側から腐り落ちる端緒は、常にこの富の『曖昧さ』から始まるのだ)

 勝頼の脳裏に、中原の大陸で学んだ亡国の記憶が甦る。かつて後漢の霊帝という暗愚な皇帝は、官位を金で売り払い、国庫を己の欲のために私物化した。そして取り巻きの宦官たちが粗悪な銭を乱発した結果、貨幣の信用は地に落ち、物の巡りは破綻し、天下は未曾有の大乱へと突き進んだ。

 その後、数多の血の海を経て天下を平定し、天子として即位した勝頼が、軍師の陳宮と共に真っ先に行ったのは、武力による弾圧ではなく「数字の厳格な統制」であった。一粒の塩、一反の布、一文の銭の流れに至るまでを精緻な算術の網に収めることで、誰も逃れられぬ強固な統治の土台を築き上げたのである。


「奉行よ。そなたは、この一月の間に地の底から運び出された『ただの石』の総量を、正確に把握しておるか」

 勝頼の問いかけは、坑道の奥から吹き抜ける風のように鋭く冷たかった。

「は……? い、いえ。産出された砂金の重さならば、しかとここに記しておりますが、金の混じらぬ無用の石ころの量など、量って何になりましょうや」

「その言葉こそが、そなたが無能であるか、あるいは腹に一物抱えている証よ」


 勝頼は、坑道の入り口から谷底へと捨てられ、山のように積み上がっている残土を扇子で指し示した。

「大陸の古き兵法家は、険しい山奥で民を統治する際、産出される鉱石の総量から逆算し、掘り子の食糧一粒の消費に至るまでを狂いなく割り出したという。なぜか。数字の不整合こそが、人の心に隙を生み、慢心を育て、組織を内側から食い破る猛毒となるからだ」


 勝頼は背後の昌幸に視線で合図を送った。

 昌幸は無言で前に出ると、懐から一枚の折紙を広げた。そこには、数日前から出浦盛清の透波たちを金山に潜り込ませて集めさせた、武田の公式な帳簿とは全く異なる裏の数字が並んでいた。

「坑道へ入った掘り子の延べ人数、夜通し燃やされた松明の消費量、そして谷底へ捨てられた残土の体積……若殿はそれらの数字を元に、本来この黒川の地で産出されるべき黄金の総量を、算術によって正確に弾き出しておられる」


 昌幸の冷徹な声が響く中、勝頼が容赦なく宣告を下した。

「わしの導き出した理によれば、運び出された土の量から換算して、武田の蔵に納められるべき金は、そなたが手にしているその帳簿よりも三割は多いはずだ。残りの三割の黄金は、一体どこへ消え失せた」


 奉行の顔から、一気に血の気が引き、土気色へと変わった。

「そ、そのような馬鹿な……。残土の山を一目見ただけで、金の量が分かるはずがございませぬ。これは言いがかりにござる」

「奉行。勝頼様の眼力は、そなたの屋敷の床下に隠された壺の中身や、甲府の商人たちと結んだ裏帳簿の墨の跡まで、すでに見透かしておられるのだぞ。往生際が悪いわ」

 昌幸が刃を突きつけるように付け加えた。すでに、奉行が一族の者と結託し、産出された金の一部を私腹として横流ししていた動かぬ証拠は、真田の諜報網によって完全に押さえられていたのである。


 膝から崩れ落ち、震えが止まらなくなった奉行を見下ろしながら、勝頼は泥のついた偽りの帳簿を無残に踏みにじった。

「金は、ただの光る石ではない。国全体を動かす必要不可欠なものだ。それを己の欲のために盗む者は、国そのものを殺す害毒に等しい。……昌幸、この男と一派を即座に連行せよ。これより、黒川をはじめとするすべての金山は、わしの直轄とする。中抜きを許す古き掟は、今日この刻を以てすべて廃する」


 勝頼の冷酷無比な決断に、周囲を取り囲んでいた役人たちは言葉を失い、石像のように硬直した。かつての武田であれば、多少の不正があっても、長年の功労や一族の縁という情に絆され、うやむやに許されることも多かった。だが、目の前の若き後継者は、情愛の欠片も恩義の念も見せず、法と数字という絶対の刃を以て、長年の腐敗を一刀両断に切り捨てたのである。


 縛り上げられ、泣き叫びながら引き立てられていく奉行の姿を一瞥することもなく、勝頼の視線は、目の前の黄金そのものには向いていなかった。

(陳宮よ。お主が生涯をかけて求めた、正しい数字と法によって万民が安んじられる国。この日ノ本という狭い島国で、まずはその礎を、わしの手で造ってみせよう)


 勝頼は坑道の入り口に立ち、黄金の輝きを孕んだ甲斐の険しい山々を仰ぎ見た。

「昌幸。これより、甲州金の姿を根底から刷新する。重さ、そして純度を微塵の狂いもなく完全に統一し、武田の印を刻むことで、金そのものではなく『信用』という名の理をこの世に鋳造せよ」


 昌幸は、その言葉の壮大さに息を呑んだ。

 この戦乱の世において、銭とはただの交換の道具であり、力ある大名が武力で奪い合うものに過ぎないはずだ。だが、勝頼は貨幣の価値を絶対的なものに統一することで、武田の経済圏を日ノ本中に張り巡らせようとしているのだ。

「商人は、戦の勝ち負けよりも、己の懐に入る銭の信用で動く。織田が天下を武力で平らげようとしても、商いの信用を我らが握り、質の良い貨幣で物の巡りを支配すれば、敵の兵糧も鉄砲も、すべて我らの下にひれ伏すことになる。略奪で食いつなぐような野蛮な戦をすることなく、信用で全てを飲み込んでやるのだ」


 長年の不正を一掃した勝頼の眼差しは、富の循環という、織田信長すらもまだ到達していない、新しき支配の地平を冷徹に捉えていた。

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