第十八話:三月崩落
第十八話:三月崩落
遠江の冬を包む大気は、本拠地である甲斐のそれとは明らかに異なる重い質を有していた。盆地特有の、底から突き上げるような乾いた寒さではない。太平洋から吹き寄せる湿り気を帯びた海風が、険しい山の稜線を撫で、鎧の隙間を縫って容赦なく肌の奥まで刺し込んでくる。
二俣城を眼下に収める、起伏の激しい山稜の一角。真田源太左衛門尉昌幸は、陣中に置かれたかがり火が爆ぜる乾いた音を背に受けながら、深い闇に沈む徳川の要害を凝視していた。若き後継者・勝頼から別働隊の指揮と実地での検証という密命を預かり、この最前線に潜り込んでから二月余り。昌幸がこの地で行ってきたのは、力攻めのための土木作業でもなければ、城を完全に封鎖し息の根を止める兵糧攻めの陣立てでもなかった。
彼はただ、勝頼の命を受けた出浦盛清の配下が城内へと密かに流し込んだ見えざる劇薬が、いかにして人の心を蝕み、強固な軍事の仕組みを内側から食い破っていくかを、特等席で観察し続けていたのである。
「……鈴木庄三郎、先ほど城の裏門付近にて、こちらの忍びに接触いたしました。すでに完全に使い物になる狂気を宿しております」
夜闇の中から、霧が凝縮したかのように音もなく現れた盛清が、低く押し殺した声で報告を上げる。昌幸は無言のまま頷き、手元の絵図面に小さな朱の印をつけた。そこには、勝頼がかつて「人の脆さを示す図」と呼んだ、城兵一人ひとりの金銭の貸し借り、不満、怨恨、そして欲望が、おぞましい血管のごとき網の目となって記されている。
偉大なる御館様・信玄であれば、この二俣城を落とすために、幾万の将兵を動かし、彼らに死を覚悟させ、その勇猛さを以て天下に武田の恐ろしさを轟かせたであろう。しかし、あのお方が求めているのは、そのような熱を帯びた、情緒的で血生臭い勝利ではなかった。
昌幸は、懐から一枚の和紙を取り出した。それは勝頼から直々に授けられた、ある種の冷酷な処方箋であった。そこには、標的を精神的に追い詰め、自壊へ導くための、この日ノ本の武士には到底思いもよらぬ論理の羅列があった。誉れではなく生存への執着を、忠義の督促ではなく現状の不遇への絶望を説き、自らの手で運命を切り開くという錯覚を与えよと。
(勝頼様は、城を強固な石と木の集合体としてではなく、些細なきっかけ一つで勝手に崩壊へと向かう、脆い必然の連鎖として落とそうとなされているのだ……)
昌幸は、その手法のあまりの冷徹さに改めて深い身震いを覚えた。城内では今、自分だけは助かる、人生をやり直せるという一滴の雫に過ぎなかった個人的な欲望が、同僚たちへの鋭い疑心暗鬼となって恐るべき速さで伝播しているのだ。誰が武田と繋がっているのか、誰が隣人を売って己だけ助かろうとしているのか。その不可視の霧が、鉄壁を誇った徳川の結束を、目に見えぬところでボロボロに引き裂いている。
それは、武功に酔いしれ、名誉を重んじてきた古い武家社会の終わりの始まりとしか思えなかった。昌幸は、自分がその歴史の決定的な転換点において、勝頼という絶対的な意志を執行するための、最も重要な装置の一部となったことに、背筋が粟立つような底知れぬ歓喜を覚えていた。
「盛清。……明日が、約束の九十日目だな」
「はっ。城内の精神は既に、自らの重みに耐え切れぬ限界点に達しております。明日の夜明け、最後の一打となる噂を城内に流せば、自壊の連鎖は止まらずに、門は彼ら自身の手によって内側から開け放たれることで間違いないでしょう」
昌幸は、暗雲に覆われた遠江の夜空を仰ぎ見た。その遥か向こう、甲府の空の下では、一歩も動かずにこの戦場を完全に支配しているあのお方が、今この瞬間も結果を確信して静かに座しているはずだ。
甲斐の家中では、勝頼は戦を忘れて算盤を弾くことに逃げているのだという侮りや嘲笑が渦巻いていると聞く。だが、昌幸にははっきりと見えていた。宿老たちのその嘲笑すらも、勝頼が描いている強大な国の構想図の上で無意味に踊らされている、些細な揺らぎに過ぎないことを。
翌朝。
躑躅ヶ崎館の広き評定の間には、家中全土から集結した重臣たちが、冷ややかで底意地の悪い視線を一様に勝頼へ注いでいた。
約束の三月の朝である。
勝頼は、上座に座す父・信玄の傍らで、静かに目を閉じたまま微動だにしていなかった。
彼の脳裏には、中原の天子として歩んだ長き数十年の治世の記憶が浮かんでいる。
(かつて中原で堅城を包囲した際には、わしは数万の弩兵を隙間なく配置し、圧倒的な物量と冷徹な数理によって城壁を物理的に削り取ったものだ。だが、この日ノ本の城はあまりに小さく、そして脆い。石垣や木材といった物質の強度ではなく、守り手の確信という極めて不確かな情の念に支えられているに過ぎぬからだ。曹孟徳が幾度も示したように、人の心の拠り所を法と理で完全に奪い去ってしまえば、いかな堅城とて一夜にして自壊するのだ)
勝頼にとって、目の前に並ぶ家臣たちの不遜な態度や疑念の眼差しは、憤りを感じさせる対象ではなかった。
「若殿、二俣の城門は未だ固く閉ざされたままのようですな。……神仏の加護とやらも、此度は少々、的を大きく外されたようですな」
山県昌景のあからさまな皮肉の一言が、広間に嘲笑のさざ波を引き起こした。勝頼はそれらの声を、高い山の頂から吹き下ろす風のように聞き流し、微塵も動じない。
勝頼のすぐ隣には、跡部右衛門尉勝資が、息を潜めるようにして静かに控えていた。
代々武田家に仕え、現在は御直献として行政と軍務の調整を担うこの若き側近は、武勇一辺倒の宿老たちとは全く異なる立ち位置にいた。
跡部は勝頼より二つ年下の二十四歳。真田昌幸と同い年である彼は、山県や馬場といった歴戦の将から見れば、戦場の泥も血の匂いも知らぬ青二才に過ぎない。しかし、代々武田家の公事や行政を担ってきた跡部家の跡取りであるこの男を、勝頼は歴戦の将よりもその実務能力において遥かに高く評価していた。
勝頼が彼を意図的に傍らに置いたのは、旧来の情で動く武断派の家臣団を、いずれ冷徹な組織として再編するための、若き文官としての資質を買い、自らの手足として教育するためであった。勝頼がもたらそうとする新しき理を正確に理解し、文書として淀みなく領内へ行き渡らせる。その国の神経系としての役割を、跡部はすでに水面下で担い始めていたのである。
勝頼は、目を閉じたまま、隣に座す跡部にだけ聞こえる極めて低い声で囁いた。
「……聞こえるか、跡部。古い武家の仕組みが、自らの脆さと不備に耐えかねて、醜い産声を上げて内側から崩れ落ちる音が」
跡部がその言葉の真意を測りかね、返答しようとしたその時であった。
廊下の奥から、地鳴りのような慌ただしい足音が急激に近づいてくる。
評定の間の障子が荒々しく開け放たれ、転がり込むように入ってきたのは、昌幸が二俣の現場から早馬で派遣した、全身泥まみれの伝令であった。
広間の空気が、使者が発する衝撃の一言を待って、一瞬の空白状態へと陥った。
しかし、勝頼の瞳には、すでに数日も前から、この三月後の完全な勝利の光景が、一点の曇りもない決定事項として冷ややかに映し出されていたのであった。




