引きこもり新妻は、添い寝スタート 2
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「はっ!」
と再び目を覚ませば、わたしはやっぱりベッドの上にいた。
どうやら今回は気絶してからそれほど経っていないようだ。窓の外がまだ明るい。
そんなことを考えていると、ベッドの横から声がした。
「驚かせてすまなかった。目が覚めたかい?」
「ぴゃっ!」
反射的に叫んで、わたしはシーツの中に頭をひっこめた。
知らない声がした! 知らない声がした!
怖い怖い怖い怖い……。
……ああでも、知らない声ではなかったような?
わたしはそろそろとシーツから顔を出して横を伺った。
すると、とっても困った顔でベッドの横の椅子に座っている綺麗な男の人がいた。
……あ。
青銀色の髪に紫色の瞳。スティーヴン・ルサージュ伯爵。
今日結婚式を挙げた、わたしの夫である。
……し、しまった。
夫相手に悲鳴を上げて気絶したのはさすがにまずい。いくらポンコツのわたしだってわかる。
初日で思いっきりやらかしてしまって、わたしはこれからどうしたらいいだろう。
即刻「返品!」とか言われたらどうしよう。
お父様たちからは出戻りを禁止されているし、一人で生きて行かなくてはならないのだろうか。
ああでも、人と関わるのが大の苦手なわたしが、一人でどうやって生きて行けば。
そもそも、結婚式で盛大にやらかしているのだから、ちょっと悲鳴を上げるくらい、寛大な心で許してくれるかも?
いや、結婚式の時から怒りが尾を引いていたら、許してくれるはずもなく……。
わたしは怯えた亀のようにシーツからちょこんと小さく頭を出した状態で、うんうんと悩んだ。
うぐぐぐ、と声も出ていたようだ。
突然、スティーヴン様がくすくすと笑いだした。
「あははは! 面白いね、アナイスは」
……面白い⁉
そんなこと、生まれて初めて言われた。
ポンコツ、役立たず、不気味、変人、無能……その手の形容詞ならたくさん聞き覚えはあるけれど、わたしを表現する言葉で「面白い」というものは今まで一度だって使われたことがない。
なんとなく、ちょっぴり興味が惹かれて、わたしの頭がもう少しだけシーツから出る。
じっとスティーヴン様を見れば、彼は本当に楽しそうに目じりを指先で押さえて笑っている。笑いすぎて涙が滲んだようだった。
そのとき、わたしのおなかがぐぅううう~と主張した。
朝から緊張のあまり水を一杯飲んだだけだ。
たぶんもう昼も過ぎている。さすがに空腹だ。
「ああ、ごめん。そうだった。昼食に誘いに来たんだった。だけどその前に着替えだな。メイドを入れるけれどいいかな? さすがに私が着替えを手伝うのはまずいだろうからね。いや、まあ、夫婦なんだが、それでもね?」
わたしは高速で首を縦に振った。そんなことをされたらまた白目を剥いて気絶する。いや、呼吸が止まる。だけどメイドというのも考えものだ。初対面のメイドに手伝ってもらって……わたしは、意識を保っていられるだろうか。
つくづく、わたしの心臓はノミのような心臓だと思う。
否、ノミのほうが図太い心臓をしているだろう。
わたしはノミ以下だ。
情けない……。
「じゃあ、メイドを呼ぶね? 最初に断っておくけど、王都の邸にいるメイドは二人だけなんだ。二人とも家事全般に従事しているメイドで、レディスメイドではなくてね。少々不手際があるかもしれないんだが、許してやってくれないか。その……うちは貧乏だから、レディスメイドを雇うお金がなくてね。君が嫁ぐときにもらった持参金も、その、借金返済のたしにするつもりなんだ。ごめんよ……。あ、もちろん、君自身が個人的に運び込んだ荷物やお金には手を付けないからね?」
「ひぅ、だ、だ、だだだ、だぃじょ……ぶ、です」
視線をさまよわせて探したけれど紙がなくて、わたしは必死になって言葉を絞り出した。
普段人と会話をしないから、それを口に出すだけでとっても時間がかかったけれど、スティーヴン様は気長に待ってくれた。
一つ頷いて、とってもきれいに笑う。
「ああ、よかったよ。君のような寛大な人が妻で、神に感謝したいくらいだ」
スティーヴン様は、変わっているかもしれない。
わたしのようなポンコツ令嬢、いや夫人相手に「神に感謝」するほど感動してくれるなんて。
そもそもわたしは寛大なのではなく、世界中の人類の底辺と言っても過言でないくらいのポンコツなので、そんなわたしが他人様の仕事に対してとやかくいう資格はないというだけで……。
そんな言い訳も、もちろん口から出るはずもない。
さっきの一言を絞り出すだけで、わたしは一年分の労力を使った気分なのだ。
それにしても、持参金を全部当てても借金を返済するまでに至らないとは、どれだけの借金がこの家にあるのだろう。
スティーヴン様はメイドを呼びに行こうとして、ふと、扉のところで振り返った。
「ああそれから、この縁談だけど、本当に無理を言ってごめんね。母上が君のことをとても気に入っていて、結婚相手を探していると聞いて飛びついたんだ。あと……持参金についても口を出してごめんよ。さすがに結婚して数年で路頭に迷うのは君に対しても申し訳ないから、できるだけ吊り上げてしまった」
ごめんね、と両手を合わせて、スティーヴン様は部屋を出て行った。
残されたわたしは、のそのそとベッドの上に座って「はて?」と首をひねる。
……今の、聞き間違いかしら?
スティーヴン様のお母様が、わたしのことを気に入っているらしい。
だけどわたしは引きこもりのポンコツ令嬢なので、他人と関わることはほぼない。
……ほかの人と勘違いしているのでは?
おそらく、それが一番可能性が高いだろう。
その勘違いのおかげで、引きこもりオッケーというこんな好条件なおうちに嫁げたのだからありがたいのだが、ちょっと心苦しい。勘違いはそのうち正したほうがいいだろうが、スティーヴン様のお母様と会って意識を保って……はいられないので、今度お手紙を書こう。
とういか、まだそのスティーヴン様のお母様とは顔を合わせていない。
このお邸の中にいるのだろうか。
だったらご挨拶しなくてはいけないだろうが、ここでも気絶の危険が……。
わたしは大きく深呼吸をする。
とにかく、気絶だけは回避すべきだ。頑張ろう。できるかな。
何度も深呼吸をしていると、扉が外から叩かれた。
「ぴゃあっ」
ベッドの上で座ったまま小さく飛び上がり、どっどっどっと早くなった鼓動の上を押さえる。
……気絶しない気絶しない気絶しない。
荒い呼吸を繰り返し、覚悟を決めて「はい」ならぬ「ひゃいっ」と裏返った声で返事をすると、扉が開いて、二人のメイドらしき女性が入って来た。
……い、いいいいいいきなり初対面の人が二人もっ!
ひぃっと白目を剥きかけて、必死に意識をつなぎとめる。
頑張れ、頑張れわたし、やればできる……はず!
わたしはガタガタ震えながら、二人のメイドをちらちらと見た。
一人は黒髪に灰色の瞳。
もう一人が赤茶色の髪にヘーゼル色の瞳だ。
二人は震えるわたしを同情的な目で見て、それから揃って頭を下げて自己紹介をしてくれた。
「レナと申します。十八の時からルサージュ伯爵家でメイドをしておりまして、今年で十年になります」
「マルゴと申します。メイド頭……と言いましてもわたくしとレナしかおりませんが、そういった役職をいただいております。十六からこのお邸にお勤めして、今年で十五年になりました」
つまり、黒髪に灰色の瞳のレナが二十八歳で、赤茶色の髪にヘーゼル色の瞳のマルゴが三十一歳。
マルゴによると、ルサージュ伯爵家が借金を抱えて没落してから、使用人が次々とやめて、メイドはレナとマルゴの二人だけ。ほかは執事のジャンに、料理人と庭師がいるだけだという。
領地の方にはもう少し使用人が残っているが、それでも昔に比べると五分の一ほどの数に減ったそうだ。
「あ、ああああ、ア、ナイ、スと、もぅしま、ぅ。え、ええっと、わ、わわわわ、わたしの、に、もつ……」
ぶるぶる震えながら言うと、マルゴがにこりと微笑んだ。
「旦那様から人と話すのが苦手な方と聞いております。お荷物ですね? あちらの部屋にございますよ」
マルゴがそう言って、続き部屋へ続く扉を開けてくれた。
わたしはぱっと飛び上がるようにベッドから降りて、急いで隣の部屋に走っていった。
カンテ伯爵家から運び込まれた荷物が、確かにある。
わたしはその中から急いで紙の束とインクとペンを発掘すると、荷物が入っていた木箱の上で、さらさらさらっと文字を書いた。
不思議そうな顔をしているレナとマルゴに、書き終えた紙を差し出す。
「『これからよろしくお願いいたします。着替えを手伝ってくださるそうで、すみません。たまに気を失うでしょうが捨て置いてくれて構いませんので』……いいえ奥様。さすがに気絶した奥様を放置はできませんので、ご了承ください」
マルゴ、優しい。あきれた顔もしないで、にっこりと微笑んでくれるなんて。
これがお母様なら「いい加減になさい!」って金切り声で怒鳴られているところだもの。
「それで、着替えはどちらでしょう? 本来ならば当家でご用意しなければならないところを、奥様の持参されたお荷物に頼ってしまい……申し訳ない限りでございます」
わたしはぶんぶんと首を横に振って、ドレスなどの衣服が詰められている木箱の蓋を開けた。
「失礼いたしますね」
マルゴとレナがわたしを怯えさせないようにゆっくりと近づいてくる。
マルゴとレナが着替えを物色する間、わたしはさささっと部屋の隅に移動した。
紙とインクがあるのなら、ひとまず、意思疎通は測れる。気絶さえしなければだけど。
マルゴたちが木箱から着替えを取り出して、そのうちの一着を選んだ。
「こちらになさいましょう。朝からコルセットでウエストを締め付けておいでですで、ゆったりしたデザインのほうが落ち着かれるでしょう」
わたしがカンテ伯爵家で来ていた服はたいていが一人で脱ぎ着できるものだったが、それに加えて、結婚支度でお父様が一人では着替えられないような仰々しいドレスをいくつも作らせた。
余計なことをと思ったが、口に出せるはずもなく、悲しいかな、わたしの荷物のドレスの半分が一人で脱ぎ着できない代物になってしまった。
マルゴが選んだドレスも、コルセットは不要だが、ボタンが背中についているのでわたし一人では着られない。
「奥様、それではお着換えいたしましょう」
マルゴとレナは、急にわたしとの距離を縮めるようなことはしなかった。
わたしのペースで近づけるように、「こちらにいらっしゃってくださいませ」と促してくれる。
わたしはぷるぷると震えながら、そーっとそーっと二人に近づいた。
二人はわたしを怖がらせないように、丁寧に、優しく着替えをさせてくれた。
……二人とも、優しい。
これなら、気絶頻度もそれほど高くない気がしてきた。頑張れるかもしれない。
ゆっくりと時間をかけて着替えをすませると、マルゴが震えるわたしにそっと手を差し出した。
「さあ、ダイニングへ向かいましょう。昼食が用意してありますよ」
「ひぅっ」
「大丈夫です。ダイニングには旦那様しかいらっしゃいません。大奥様……旦那様のお母様は、奥様を怖がらせることを心配なさって、式が終わった後ですぐに領地へ戻られました。もしよろしければ、落ち着かれたころにお手紙でも書いて差し上げてくださいませ。大奥様が喜びます」
……まだ見ぬお義母様、なんて優しい、いい人。こんな嫁で本当に申し訳ない。
ちゃんとお礼とお詫びのお手紙を書こうと心に決めて、わたしはマルゴに手を引かれながら、そろりそろりと廊下に足を踏み出した。
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