第9話 最高級商館は戦場と化す
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
第9話 最高級商館は戦場と化す
アルベルト様のお母様への誕生日プレゼントが決まり、
店員が丁寧に包装を始める。
アルベルト様は小さく息をついた。
「ありがとう。」
「母上もきっと喜ばれる。」
「お役に立てて良かったですわ。」
その様子を見ていたキリル王子が、不意に口を開いた。
「そういえば。」
「セレナ。今日は付き合ってくれた礼がまだだったな。」
「礼……ですか?」
「そうだ。」
キリル王子は店長へ振り返った。
「店長!」
「この商館で一番高い物を持ってこい!」
店内が静まり返る。
「え?」
私は慌てて手を振った。
「お、お待ちください!」
「そんな高価な物、いただけません!」
キリル王子は本気で不思議そうに首をかしげた。
「なぜだ?」
「礼だぞ。」
「アルベルト、お前もそう思うだろ?」
アルベルト様は静かに頷いた。
「ああ。」
「何か欲しい物があるなら遠慮なく言ってほしい。」
「今日の礼くらいはさせてくれ。」
二人とも、ごく自然な顔で言っている。
(このお二人にとっては、それが普通なのですわね……。)
私は小さく笑った。
「お気持ちだけで十分です。」
「私は受け取れません。」
「なぜだ?」
キリル王子が本気で分からないという顔をする。
私は少しだけ考えてから口を開いた。
「エヴァンス家には家訓がありますの。」
「家訓?」
「はい。」
私は微笑んだ。
「借りたものは返す。」
「壊したものは弁償する。」
「間違えたら素直に謝る。」
「そして……損をしても正しいことを選ぶ。」
四人は黙って私の話に耳を傾けた。
「父はいつも言っておりました。」
『人としての誇りだけは失うな。』
「だから私は、お礼のために高価な物をいただくことはできません。」
「今日ご一緒できただけで十分幸せでした。」
アルベルト様は、ほんの少し目を細めた。
「……そうか。」
その声には、どこか嬉しそうな響きがあった。
一方、キリル王子は腕を組んで唸る。
「なるほど。」
「貴族にも、いろいろいるんだな。」
「初めて知った。」
イーゴリが眼鏡をくいっと押し上げる。
「王子にとっては、新しい価値観ですね。」
「手帳に書き留めておきます。」
「うむ。」
キリル王子は楽しそうに笑った。
「セレナは面白いな。」
「面白い……ですの?」
「そうだ!」
「ますます気に入った!」
アルベルト様の眉が、わずかに動いた。
その時だった。
――ガシャァァン!!
一階からガラスの割れる大きな音が響いた。
店内の空気が一変する。
「動くなぁぁぁっ!!」
男たちの怒号。
店員たちの悲鳴。
一瞬で、店内が騒然となった。
ライナーとイーゴリの表情が、いつもの穏やかなものから、一瞬にして、主を守る護衛としての鋭い表情へと変わる。
「閣下。」
「王子。」
二人は同時に主人の前へ出た。
しかし、アルベルト様は焦る様子もなく、
むしろ黄金色の瞳を極寒の氷のように冷たく細め、
静かに前へと踏み出す。
「ライナー。」
「はい。」
「一般客の避難を。」
「承知しました。」
対するキリル王子は、
青い髪を乱暴に振りながら、
エメラルドグリーンの瞳を獰猛に輝かせてニヤリと不敵に笑った。
「退屈しない一日になったな。」
「全員、オレが仕留める!」
イーゴリが深いため息をつく。
「王子。」
「商館です。」
「派手な魔法は禁止です。」
「分かっておる!」
そう言いながらも、すでに両手には雷が弾けていた。
◇
黒い覆面をかぶった男たちが、武器を手に店内へなだれ込んできた。
「きゃあっ!」
「助けて!」
私は咄嗟に周囲を見回した。
「皆さん、こちらです!」
「お子さんと女性の方は奥へ!」
近くにいた幼い子どもの手を握る。
「早く、避難してください!」
「は、はい!」
店員たちも慌てて動き始める。
アルベルト様は、そんな私の姿を一瞬だけ見た。
(やはり、じっとしているように言っても聞かないな。)
(ならば――)
(私が守る。)
その視線が、私から離れる。
「来い。」
「くらえ!」
一人の強盗がアルベルト様へ斬りかかる。
「――《氷結鎖》」
シュッ――。
青白い氷の鎖が一瞬で伸び、強盗の腕と身体に絡みつく。
「なっ……!」
動きを封じられた男を、アルベルト様がそのまま取り押さえる。
一方。
「オレの番だ!」
キリルが両手を大きく左右へ開く。
バチバチバチッ!!
その腕に力が込められ、浮かび上がった筋が雷光に照らされる。
「《ロイヤル・サンダー》!」
バチィィッ!!
左右から迫っていた二人の強盗が、同時に吹き飛んだ。
「見たか!」
「オレの勝ち――」
「王子。」
「わかってる。手は抜いてる」
「まだ三人残っております。」
「むむっ。」
◇
その頃。
「泣かなくて大丈夫ですよ。」
私は子どもたちを店の奥へ誘導していた。
「アルベルト様たちが守ってくれますから、もう少し頑張りましょう!」
すると。
「女と子供だ!」
一人の強盗が、こちらへ向かって駆け出してきた。
「しまった!」
私は咄嗟に両手を前へ出した。
「《アースウォール》!」
ゴゴゴゴッ――!
床から大きな土の壁がせり上がる。
「ちっ!」
強盗が足を止めた、その瞬間。
「――《氷結鎖》」
「ぐっ!」
(アルベルト様……!)
私が振り返るより先に、アルベルト様は次の敵へ向かっていた。
「《クラウン・ボルト》!」
バチィィッ!!
キリル王子の雷が、別の強盗を吹き飛ばす。
「ふっ。」
「やはりオレの方が速いな!」
アルベルト様は振り返りもしない。
「まだ終わっていない。」
「おい、オレの話を聞けーーっ!」
ライナーとイーゴリは顔を見合わせた。
(今日も通常運転ですね。)
(ええ。)
◇
ほどなくして。
最後の強盗も捕らえられた。
店内には安堵の空気が広がる。
アルベルト様が真っ先に私のもとへ駆け寄った。
「エヴァンス嬢。」
「怪我は?」
「大丈夫ですわ!」
アルベルト様は私を見つめ、小さく息をついた。
「……そうか。」
店長が深々と頭を下げた。
「皆様、本当にありがとうございました!」
客たちからも拍手が起こる。
私はようやく息をついた。
「皆さん、ご無事で良かったですわ……。」
その笑顔を見て、アルベルト様は静かに微笑んだ。
その瞬間。
「セレナ!」
キリル王子が大きく手を振った。
「帰りはオレの馬車に乗れ!」
「え?」
その一瞬だった。
「セレナ嬢。」
ライナーさんが自然な笑顔で声を掛ける。
「アルベルト様の馬車の準備が整いました。」
「こちらへどうぞ。」
「あ、はい。」
私は何の疑いもなくライナーさんについて歩き出す。
その横では。
「王子。」
イーゴリが静かに一礼した。
「馬車はこちらです。」
「む?」
「…………そうか。」
キリル王子が振り返った時には。
すでにアルベルトたちの馬車は動き始めていた。
「…………」
「セレナは?」
イーゴリは静かに答える。
「先ほど、お帰りになりました。」
「なにぃぃぃーーーっ!!」
商館中にキリル王子の叫び声が響いた。
◇
帰り道。
キリル王子は腕を組み、不機嫌そうに窓の外を眺めていた。
「イーゴリ。」
「はい。」
「オレはアルベルトが気に入らん。」
「何かにつけて邪魔をする。」
「腹が立つ。」
イーゴリは少し考え、静かに尋ねた。
「……それで、どうなさりたいのですか?」
「決闘したい。」
「正式な魔導決闘でしたら問題ありません。」
「闘技場を予約いたしましょう。」
「よし!」
「決まりだ!」
「ですが……。」
キリル王子は首をかしげる。
「アルベルト様には、決闘を受ける理由がありません。」
「むっ。」
「ですので、まずは理由をお作りください。」
キリル王子はニヤリと笑う。
「面白い。」
「ならば、理由を作ってやる!」
イーゴリは小さくため息をついた。
(また忙しくなりそうですね。)
【オレ様王子襲来(後編)・3】




