第8話 王都最高級商館
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第8話 王都最高級商館
翌朝。
グラナート公爵家では、静かな空気の中、一つの極秘会議が開かれていた。
「それでは、本日の作戦を確認します。」
赤紫の髪を揺らしたライナーは、濃紺の上着に白いシャツを合わせた王都向けの装いで、真剣な表情を浮かべていた。
向かいには、桜色のポニーテールを肩にかけたイーゴリが、眼鏡を光らせ、仕立てのよい黒の外出着で同じく真顔で座っている。
「本日の目的は一つ。」
「王都から無事に生還することです。」
イーゴリは中指で眼鏡をくいっと押し上げ、静かに頷いた。
「異議ありません。」
ライナーは机の上に広げた『王都生還計画』とかかれた計画書へ視線を落とす。
その計画書には、本日の予定と役割分担がずらりと書き込まれていた。
「今日はアルベルト様とロストフ王子が鉢合わせるたび、決闘騒ぎになることが予想されます。」
「商館で始まれば、他のお客様にもお店にも多大なご迷惑をお掛けしてしまいます。」
「よって、本日は互いの主人の暴走を未然に防ぐための作戦会議となります。
つまり、恋路の妨害こそ、王都生還の鍵です!」
イーゴリは迷いなく手帳へ書き込んだ。
『王都生還計画』
『担当』
『ライナー……アルベルト様』
『イーゴリ……ロストフ王子』
書き終えたイーゴリが顔を上げる。
「ええ、承知いたしました。」
「ご武運を。」
二人は強くうなずきあい、固く握手を交わした。
◇
「閣下。」
馬車へ向かう途中、ライナーは一冊の本を差し出した。
「移動中のお時間に、こちらを。」
「ああ。」
アルベルトは黒を基調とした上品な正装に身を包み、銀髪もいつも以上に整えられていた。
黄金色の瞳を本へ落とし、何気なく受け取る。
その様子を見届けると、ライナーは満足そうに頷いた。
◇
今日の私は制服ではなく、母が選んでくれた淡い色のワンピースに身を包んでいた。
いつものツインテールには、赤いリボンではなく白いリボンを結んでいる。
普段とは違う装いに、少しだけそわそわしていた。
「まぁ……。」
「これがグラナート公爵家の馬車ですの……。」
紺と金で彩られた豪華な馬車は、男爵家では一生お目にかかれない代物だ。
「どうぞ。」
アルベルト様が手を差し出してくださる。
私は少し緊張しながら、その手を取った。
ふかふかの座席。
揺れもほとんど感じない。
「すごいですわ……。」
「まるでお部屋が走っております。」
思わず感動の声が漏れる。
向かいでは、アルベルト様が一冊の本を開いた。
ページを静かにめくる音だけが響く。
ライナーはその様子を見て、小さく目を閉じる。
(閣下……。)
(今日はエヴァンス嬢と会話をしていただく絶好の機会でしたのに……。)
ライナーは心の中で頭を抱える。
(……ですが。)
(本日の最優先任務は、『王都生還計画』)
(閣下、どうかお許しください。)
一方の私は、窓の外に夢中だった。
「わぁ!」
「王都って、本当に賑やかなんですのね!」
「お店がこんなにたくさん!」
「皆さん、おしゃれですわ!」
次々と見える景色に目を輝かせる。
アルベルト様は本を閉じ、そんな私を静かに見つめた。
「楽しそうだな。」
「はい!」
「夢みたいです!」
私が笑うと、アルベルト様はほんの少しだけ目を細めた。
「……そうか。」
その横顔は、いつもの冷たいものとは少し違って見えた。
◇
やがて馬車は王都最高級商館の前で止まった。
扉が開いた瞬間――
「グラナート公爵家、アルベルト様がお見えです!」
店内の空気が一変する。
店長、支配人、店員たちが一斉に並び、深々と頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました!」
私は思わず小さく後ずさる。
「わ、私まで頭を下げられておりますわ……。」
ライナーさんが静かに答える。
「セレナ嬢は本日、アルベルト様の大切なお客様ですので。」
「そ、そうなのですか……。」
落ち着かない。
貧乏男爵家の娘が、こんな待遇を受ける日が来るなんて思いもしなかった。
その時だった。
「ロストフ王子、ご到着です!」
店内が一気に慌ただしくなる。
青髪をなびかせながら、キリル王子は堂々と店内へ入ってきた。
今日は制服ではなく、白いシャツに青を基調とした上着を合わせている。
後ろにはイーゴリさんが控えていた。
「待たせたな!」
私は目を丸くする。
「キリル王子!?」
「やっぱり来られたんですの?」
「未来の妃を。」
キリル王子は胸を張った。
「オレが守る!」
「…………え?」
私は固まる。
「そもそも、妃ではありま――」
「気にするな!」
「大人数の方が楽しい!」
(マイペースすぎますわ!?)
アルベルト様のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……ロストフ。」
「これは私が勝ち取った『お願い』だ。」
「だから何だ。」
「オレも行く。」
「断る。」
「お前に断る権利はない。」
二人の間に火花が散る。
ライナーとイーゴリは同時に前へ出た。
「閣下。」
「王子。」
二人は顔を見合わせ、小さく頷く。
(始まりましたね。)
(ええ。)
(王都生還計画、開始です。)
◇
店長は深々と頭を下げた。
「特別室をご用意しております。」
「どうぞこちらへ。」
案内された部屋は、一般客とは完全に隔離された豪華な個室だった。
ふかふかのソファ。
大きな窓。
磨き上げられた調度品。
「席はここだな!」
キリルは当然のように私の隣へ座ろうとした。
しかし、その前にイーゴリさんが一歩前へ出る。
「王子。」
「こちらのお席でございます。」
「なぜだ。」
「こちらの方が景色がよろしいかと。」
「そうか。」
素直に移動した。
ライナーは小さく息を吐く。
(第一段階、成功です。)
◇
「本日は特別に、当店おすすめの品をご用意いたしました。」
次々と運ばれてくる高級スイーツ。
紅茶。
ケーキ。
焼き菓子。
チョコレート。
私は目を丸くした。
「全部……試食ですの?」
「はい。」
「ご自由にお召し上がりください。」
「まぁ!」
「夢みたいですわ!」
一口食べた瞬間。
「お、おいしい……。」
思わず頬が緩む。
「こんなに幸せなことってあるんですの……。」
満面の笑み。
その笑顔に。
アルベルトとキリル王子が同時に
ぽーっと見惚れた、その瞬間。
完璧なシンクロを見せた両陣営の従者により、左右から目にも留まらぬ速さで特大のメニューが割り込んだ。
スッ。
「閣下、本日のおすすめでございます」
「王子、新作でございます」
寸分の狂いもなく差し出されたメニューによって、
二人の視界からセレナが完全に消えた。
「…………」
「…………」
二人は無言。
ライナーとイーゴリは目も合わせず、小さく頷く。
(作戦成功。)
その頃。
「こちらも試食ですの!?」
「まぁ!」
「これもおいしいですわ!」
私は幸せいっぱいだった。
◇
しばらくして。
アルベルト様が立ち上がる。
「エヴァンス嬢。」
「母上への贈り物を、一緒に選んでほしい。」
「はい!」
「私でよろしければ!」
私は嬉しそうに頷いた。
キリル王子は後ろの方でお店の商品を眺めていた。
(キリル王子があんな遠くにいますわ…)
(とことん邪魔されるのではと思ってましたけど……。)
(わりと分別はありますのね。)
その様子を見て、ライナーとイーゴリがちらりと視線を交わした。
そして、何も言わずに小さく頷き合う。
(……よし。)
(このままお願いします。)
そんな二人のやり取りを、私は知る由もなかった。
店長が案内した先には、美しいティーカップや紅茶セットがずらりと並んでいた。
「公爵夫人は、紅茶がお好きなんですか?」
「ああ。毎朝、欠かさず飲んでいる。」
「他には、ご趣味などありますの?」
「庭に花を植えるのが好きだ。母上の庭には、季節ごとの花がたくさん咲いている。」
「まぁ……素敵ですわ。」
私がそう言うと、アルベルト様は「母上」と口にしたときだけ、ほんの少し表情を和らげた。
その変化が、なんだか意外だった。
「でしたら……。」
私は並べられた品々を、一つひとつ真剣に見て回った。
「こちらは少し華やかすぎますわね……。」
「こちらも素敵ですけれど……お花がお好きなら、もう少し可愛らしいもののほうが喜ばれるかもしれません。」
「そうか。」
「これはどうだ?」
「うーん……素敵ですけれど、少し重そうですわ。」
「なるほど。」
二人であれこれ意見を出しながら、品物を手に取っては戻していく。
アルベルト様は急かすこともなく、私が悩む姿を静かに見守ってくださっていた。
(……冷徹な方だと思っていましたけれど。)
(本当は、とてもお優しい方なのかもしれませんわね。)
そう思うと、自然と胸が温かくなる。
やがて私は、一客のティーカップを手に取る。
「これです。」
「軽くて使いやすそうですし、この花の模様も素敵ですわ。」
「公爵夫人がお庭に植えていらっしゃるお花と同じですもの。」
「きっとお気に召すと思いますわ。」
アルベルト様はそのティーカップを見つめ、小さく頷いた。
「ああ。」
「これにしよう。」
私はほっと笑顔になる。
「きっと、公爵夫人もお喜びになりますわ。」
アルベルト様も自然と笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
「君のおかげで、良いものが手に入った。」
「お役に立てて嬉しいです!」
私は思わず満面の笑みを浮かべた。
アルベルト様も思わず微笑む。
(私のために、一生懸命に悩んでくれた。)
(そのことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。)
(エヴァンス嬢を誘えたことは、私にとって大きな一歩だったのかもしれない。)
――その瞬間。
「店長!」
キリル王子が勢いよく手を挙げた。
「この商館で一番高い物を持ってこい!」
「か、かしこまりました!」
店長が慌てて頭を下げる。
「セレナ。」
キリル王子は、当然のように私を見る。
「今日は付き合ってくれた礼だ。」
「好きな物を選べ!」
「ええぇぇぇ!?」
思わず声が裏返った。
その隣で、アルベルト様の眉間に深い皺が刻まれる。
「…………」
ライナーが、その横顔をちらりと見た。
(……閣下。)
(閣下、どうか今だけはお怒りをお鎮めください……。)
(王都生還計画のためにも。)
反対側では、イーゴリが小さく息を吐いた。
「……始まりましたね。」
【オレ様王子襲来(後編)・2】




