第4話 オレ様王子の襲来
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第4話 オレ様王子の襲来
新たな月が始まった。
「はい、確かにグランベルカードを確認しました。エヴァンス嬢、今月の学費は全額免除となります」
「ありがとうございますわ!」
学院の教務窓口。
きらびやかな金色のカードと引き換えに、受領印の押された書類を受け取った私は、スキップしそうな勢いで廊下へ飛び出した。
(やりましたわーーーっ!!)
胸の中で力いっぱいガッツポーズを決める。
貧乏男爵家の我が家にとって、学費が一か月分免除になるなんて奇跡以外の何物でもない。
「ふふふ……。」
「今月は学費ゼロですわ!」
「アルベルト様には感謝しなくてはいけませんわね!」
幸せな気分に浸っていた、その時だった。
「おい、聞いたか!?」
「例の隣国からの編入生が、もう到着したらしいぞ!」
周囲の生徒たちが、にわかにざわつき始める。
廊下を走っていく生徒たちの会話が耳に飛び込んできた。
「ただの留学生じゃないんだろ?」
「隣国の第一王子だそうだ!」
「しかも特別枠だから、編入した時点でグランベルカードを持ってるらしい!」
ドクン――。
その言葉を聞いた瞬間。
私の全身に衝撃が走った。
「グ……グランベルカード……!?」
アルベルト様と同じ。
歩くグランベルカードが、向こうから学院へやって来たというの?
「今から大講堂で歓迎式典が始まるんだって!」
「急ごうぜ!」
「どんな王子様か見てみたい!」
生徒たちが一斉に大講堂へ向かって走り出す。
私はその場に立ち尽くしたまま、不敵な笑みを浮かべた。
なんということでしょう……。
神様は、貧乏な我が家を見捨ててはいなかったのですわ。
アルベルト様相手では毎回苦戦しますが……。
新しい王子様なら、まだ私の『赤面決闘』を知りませんわ!)
じゅるり……。
思わず喉が鳴る。
「ということは……」
私は大講堂へ向かう生徒たちを見つめる。
「来月の学費も免除にできますわーーーっ!!」
私も新たなグランベルカードとの出会いに胸を躍らせながら、人波へ飛び込んだ。
◇
大講堂は、全校生徒の熱気で満ちあふれていた。
ステージ中央。
そこに、一人の少年が立っている。
鮮やかな青い髪。
エメラルドグリーンの瞳。
私とほとんど変わらない背丈なのに、
その立ち姿には妙な威圧感があった。
隣国ロストフ王国の第一王子――
キリル・ロストフ。
3年生、16歳。
特待生クラス
腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。
やがて、少年が口を開く。
「オレはキリル・ロストフ。」
「ロストフ王国第一王子だ!」
◇
大講堂がざわめく。
キリル王子は胸を張り、堂々と言い放った。
「このオレが、わざわざこの学院まで来てやったんだ!」
「まずは――」
キリル王子の視線が、客席を横切る。
「この学院で一番強い男を倒す!」
「そして、オレがこの学院の頂点に立つ!」
「アルベルト・フォン・グラナート!」
その名前が出た瞬間、会場が大きく沸いた。
私は最前列で、その姿をじっと見つめていた。
……いましたわ。
グランベルカード所持者。
キリル王子の姿を上から下まで追う。
(歩くグランベルカードが……)
(しゃべっていますわ。)
その時。
キリル王子の視線が、私のところでぴたりと止まった。
「……おい。」
「そこの女。」
「え?」
キリル王子が、私を指差す。
「オレをそんな目で見るな。」
「……?」
私は首をかしげた。
(そんな目?)
私は自分がどんな目をしているのか分からない。
ただ。
目の前にいる歩くグランベルカードから、目が離せなかった。
◇
その頃。
生徒会専用席。
アルベルトは、静かに客席を見下ろしていた。
その隣にはライナーが控えている。
「閣下。」
「キリル王子、随分と挑発的ですね。」
「……そんなことはどうでもいい。」
アルベルトが見つめていたのは、ステージではない。
最前列で目を輝かせているセレナだった。
「ライナー。」
「はっ。」
「エヴァンス嬢の目が……。」
「…………」
ライナーはまたかという顔になった。
「閣下を見る時のいつもの目ですね。」
「…………」
アルベルトは静かに拳を握り締める。
「あのロストフ王子……。」
「エヴァンス嬢に目を付けられたか。」
しばしの沈黙。
そして、小さく息を吐いた。
「…私だけの特権が崩れた。」
「エヴァンス嬢が、私以外の男を見ている。」
「このままでは、彼女が私のもとへ来なくなってしまうのではないか……。」
(私を赤面させたあの熱い視線が、別の男に注がれているなど、到底許容できない。)
ライナーは呆れたように肩をすくめる。
「閣下。」
「でしたら、ご自分から会いに行かれてはいかがです?」
ライナーが周囲を見回す。
「それと、先ほどから周囲の空気が冷え始めています。」
「後ろの女子生徒たちが寒そうですので、殺気をお収めください。」
アルベルトは答えない。
ただ、黄金色の瞳だけが静かにキリル王子を見据えていた。
ステージ上では。
キリル王子はセレナから視線を逸らせずにいた。
(な、何なんだあの令嬢は……!)
(オレに一目惚れしたのか!?)
(あんなに真っすぐ見つめられたのは初めてだ。)
(し、しかも……可愛すぎるじゃないか……!)
オレ様な態度を保ちつつも、青い髪の隙間から覗く耳は、すでに真っ赤に染まっている。
その隣には、眼鏡を掛けた長身の側近、イーゴリが控えていた。
腰まで届く桜色の長いポニーテールが、背中で揺れている。
イーゴリは小さく手帳を開くと、さらさらと何かを書き込み始めた。
「王子、大変申し上げにくいのですが、あの令嬢の目は獲物を狙う猛獣そのものです。」
「貴方を歩くグランベルカードとしか見ておりません」
「なっ……!?」
「女子生徒と目が合って五秒で、耳まで真っ赤。記録しました。」
「留学初日に記録更新です。あいかわらず女子の免疫はないに等しい」
さらさらさら……。
「我が国の威信に関わりますので、今すぐその安上がりな耳を収めてください」
「だ、黙れイーゴリ! オレは赤くなどなっていない!」
「あと書くな! 声にも出すな!!」
キリル王子の叫びが、大講堂に大きく響いた。
もちろん、本人は誰にも聞こえていないと思っている。
二人のやり取りをよそに。
私は満面の笑みを浮かべていた。
ふふふ……。
今度こそ、必ず勝ちますわよ!
キリル王子は、
「自分に一目惚れした令嬢」
だと思い込み。
私は、
「歩くグランベルカード」
としてキリル王子を見つめる。
そしてアルベルトは、そんな二人を複雑な気持ちで見つめ続けていた。
隣国の第一王子を巻き込んだ、新たな決闘の幕開けだった。
【オレ様王子襲来(前編)・1】
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