第36話 アルベルト、ついに動く(アルベルト視点)
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第36話 アルベルト、ついに動く(アルベルト視点)
私の名前はアルベルト・フォン・グラナート。
私の朝は、生徒会室から始まる。
今日は私の人生で最も記憶に残る一戦となるだろう。
「閣下、本日の予定です。」
私の従者、ライナー・アッシュフォードが手帳を開く。
「九時より生徒会会議。」
「十時より新入生との面談。」
「午後は――」
「ライナー。」
「はい?」
手帳から顔を上げたライナーが、私を見る。
私は静かに息を吸った。
「実は……。」
「これからエヴァンス嬢をここへ呼んである。」
ライナーは目を丸くした。
「どうされたのですか!? まさか閣下、ついに告白を――!」
「……そのつもりだ」
ライナーは、一瞬耳を疑う。
「もう一度、よろしいですか?」
「 ………… 」
聞き返したい気持ちもわかる。
それほど、いつもの私は……頼りない。
恋愛に関してだけは。
「ライナー」
「はい。」
「私は、今日エヴァンス嬢を食事に誘う。」
「二人きりで。」
「そして」
「できれば、告白までしたい」
ライナーは数秒固まった。
そして。
「本当ですか!」
ライナーの顔がパァァァッと太陽のように輝いた。
「ようやくその気になられたのですね!」
私は小さくうなずいた。
「では善は急げです!」
ライナーは手元の書類を手早く片付ける。
「もう間もなく邪魔者たちがやって来ます!」
「役員でもないのに毎日やってくるキリル王子!」
「副会長の職権を濫用して居座るクララ様!」
「そして、その他大勢の生徒会役員!」
「すでに手は打ってある。」
「……え?」
「ロストフは午前の実技試験の補佐へ。」
「クララには図書委員会から応援要請を出した。」
「他の者には午前中は立ち入り禁止と伝えてある。」
ライナーは感心したように息をのむ。
「……さすが閣下。」
「私の助言など最初から必要ありませんでした。」
私はライナーを見る。
「生徒会室の前を、頼む」
「誰も中へ入れるな」
「はっ!」
ライナーは姿勢を正した。
「誰であろうと一歩たりとも侵入を許しません!この命に代えても!」
右手の拳を胸元に強く叩きつけ、騎士のような敬礼を見せた。
思わず口元が緩む。
「頼む。」
ライナーはいつも少し大げさだ。
だが、その忠誠心には何度も助けられてきた。
うまくいったら、何か褒美をやろう。
その時だった。
コンコン。
「失礼します。」
私の心臓が跳ね上がる。
「 …………… 」
黙っている私にライナーが小さく咳込む。
「あの……閣下。」
「エヴァンス嬢がお見えになりました。」
い、いかん。
押し寄せる緊張で頭が一瞬真っ白になってしまった。
……落ち着け。
今日の目的は一つ。
食事に誘う。
それだけだ。
「入れ。」
「アルベルト様。」
「私をお呼びと伺ったのですが。」
エヴァンス嬢が笑顔で部屋へ入ってきた。
「にゃーー!」
その後ろから
突然飛び出してきた黒い影。
あの黒猫だ。
一直線に彼女へ飛びつこうとする。
「にゃる!」
エヴァンス嬢が嬉しそうに両手を広げた。
ピシ……
部屋の空気が一瞬で冷えた。
机の端に白い霜が降りる。
床へ薄く氷が広がっていく。
ライナーの表情が引きつる。
(まずい。このままでは閣下の計画が…)
次の瞬間。
ライナーが目にも止まらぬ速さで駆け出した。
「にゃ?」
にゃるもようやく異変に気付く。
「失礼いたします!」
ひょいっ。
「にゃーー!?」
にゃるを抱き上げる。
そのまま扉へ一直線。
「閣下。」
「ご武運を!」
バタン。
扉が閉まる。
部屋は元の温度へ戻りつつあった。
「 ………… 」
ライナー。
よくやった。
エヴァンス嬢は不思議そうに首をかしげる。
「あら?」
「にゃるはどうしたのでしょう?」
「……気にしなくていい。」
「そうですか?」
私は小さくうなずく。
「座ってくれ。」
「はい。」
エヴァンス嬢は素直に椅子へ腰掛けた。
「その後、エヴァンス家はどうだ。」
彼女は、嬉しそうに微笑む。
「はい!」
「おかげさまで、お母さまも少しずつ元気になってきました。」
「お父さまも以前より早く帰ってくるようになりまして。」
「家にも少しずつ笑顔が戻ってきました。」
「これも全部、アルベルト様のおかげです!」
「…そうか。」
自然と、肩の力が抜けた。
あの男爵のことだ。
まだ問題は山積みではあるが。
それでも――。
彼なりに、変わろうとしているのだろう。
しばらく沈黙が流れる。
会話が続かない。
目の前にエヴァンス嬢がいる、それだけで心臓が壊れそうだ。
断られたらどうすれば…。
いや。
ただ一言、誘うだけだ。
「エヴァ……。」
「あの……。」
声が重なった。
互いに顔を見合わせる。
「あ! すみません、アルベルト様からどうぞ!」
……レディファーストで譲るべきなのか。
いや、ここで引いたら次はない!
最低限、必要な言葉だけを告げるだけだ。
あまりの沈黙の長さに、
彼女が再び首をかしげる。
「あの……アルベルト様?」
息を吸い込む。
「エヴァンス嬢。」
「はい!」
「もし。」
「もし、都合が良ければ。」
「私と食事へ行ってもらえないだろうか。」
言ってしまった。
心臓がうるさいくらいに脈打っている。
たとえ、断られたとしても悔いはない。
「はい!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「喜んで!」
「え?」
思わず、素の声が出た。
「実は私も、この前のお礼にアルベルト様をお食事へお誘いしようと思っていたんです!」
「そ、そうか……。それは、何よりだ」
……受けてもらえた!
食事に一緒に行ってもらえる。
ただそれだけのことが。
こんなに胸を熱くさせるものだったとは…。
幸せとはこういうことなのか?
私が幸せの余韻に浸っていた、その時。
扉の向こうから。
「よっしゃあああああ!!!」
ライナーの絶叫が轟いた。
エヴァンス嬢は目をぱちくりさせる。
「……?」
「今、何か聞こえませんでした?」
彼女は本日何度目か分からない首をかしげ、不思議そうに扉を見つめていた。
私は何事もなかったように答えた。
「……気のせいだ。」
扉の向こうでは。
「しまった……。」
ライナーが小さくつぶやいた。
私は今日の一戦を忘れることはないだろう。
……もっとも。
本当の決戦は、これからなのだが。
【恋愛急接近編・1】




