第32話 初めての理解者
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
第32話 初めての理解者
生徒会選挙から数日後。
生徒会室では、新たに補助役員となった少女の紹介が行われることになっていた。
あの事件以来、私は少女のことが気になっていた。
コンコン
「失礼しますわ。」
私に気づいたライナーさんが優しく微笑んでくれた。
「セレナ嬢、おはようございます」
「よう!」
私の後ろから、キリル王子も勢いよく現れた。
「あら。」
「あなた、落選しましたわよね。」
クララは、皮肉を言う。
「いーじゃねーか!オレは暇なんだ!」
少し離れたところで、イーゴリは静かに溜息をつく。
「威張って言うことではありません。」
思わず吹き出す。
「ふふっ。」
「相変わらずですわね。」
生徒会室が笑いに包まれた、その時。
アルベルト様が静かに立ち上がる。
「紹介しよう。」
「本日より、生徒会補助役員として働いてもらう。」
一人の少女が緊張した様子で前へ出た。
明るいオレンジ色のセミショート。
毛先はくるんと内側へ丸まり、小柄な体も相まって、まるで子リスのような愛らしい少女だった。
「アイリス・グレイです。」
「一年Fクラスです。」
「よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げる。
「それでは、さっそく仕事を頼む。」
アルベルト様が書類の束を、アイリスに手渡した。
「この書類を各クラスへ配ってくれ。」
「はい!」
アイリスは両手で書類を受け取る。
「それから、こちらの資料を整理しておいてほしい。」
「わかりました!」
「精一杯、頑張ります!」
アイリスは嬉しそうにうなずいた。
「お手伝いしますわ!」
私が立ち上がろうとした時、
「にゃ!」
黒猫の魔獣・にゃるが、机の上から軽やかに飛び降りた。
一直線に向かった先は――。
「…にゃる?」
私の膝だった。
当然のように丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。
「もう……甘えん坊さんですわね。」
優しく頭を撫でる。
ふわふわした毛はとても触り心地がよくて、癖になる。
「にゃ~。」
「……なぜ、お前が生徒会室にいるんだ!」
キリル王子が羨ましそうな目をして叫ぶ。
「にゃ!」
クララが肩をすくめた。
「もう、生徒会の一員みたいなものね。」
生徒会室には小さな笑いが広がった。
アイリスもその光景を見て、思わず頬を緩める。
「セレナ先輩って……本当にお優しい方なんですね。」
「え?」
「にゃるも安心しているみたいです。」
私は照れくさそうに笑った。
「困っている子は放っておけませんもの。」
アイリスは何度もうなずく。
「私もそういうところ、素敵だと思います。」
セレナは少し驚いた。
貴族たちはいつも、
「変わった人ね。」
そう笑って終わる。
だが、アイリスの言葉には、そんな空気がまったくなかった。
アイリスは迷いながらも、私をちらりと見る。
「あの……。」
おずおずと口を開いた。
「セレナ先輩も、アルバイトをされているんですよね?」
セレナの瞳がぱっと輝く。
「ええ!」
「アイリスさんも?」
「はい!」
「喫茶店で働いています!」
「アイリスで大丈夫です!」
「時給もとても良くて、お店の皆さんも優しい方ばかりです!」
「まぁ!」
セレナは思わず身を乗り出した。
「お給料は、おいくらですの!?」
アイリスも勢いよく身を乗り出す。
「1時間1600リルです!」
「まぁぁぁ!」
「お高いですわ!」
「まかないも出るんですよ!」
「なんですって!?」
私は目を輝かせた。
「羨ましいですわ!」
アイリスは少し照れくさそうに笑った。
「もしよろしければ……。」
「私の働いている喫茶店、人手が足りないみたいなんです。」
「セレナ先輩も一緒に働きませんか?」
「よろしいんですの!」
思いがけない嬉しい申し出に、私は思わず立ち上がる。
「はい!」
「店長も優しい方ですし、セレナ先輩ならきっと歓迎してくださると思います!」
「夢みたいですわ……。」
私は胸の前で両手をぎゅっと握る。
「こんなに条件のいいアルバイトがあるなんて……!」
アイリスも嬉しそうに笑った。
「明日の放課後、一緒に行きましょう!」
「ええ!」
「ぜひお願いしますわ!」
そのやり取りを見ていたクララが苦笑する。
「二人は、お金の話になると目が輝きますのね。」
「当然ですわ!」
「「生活がかかっていますもの!」」
二人の声がぴったり重なった。
「「あっ。」」
思わず顔を見合わせ、同時に笑い出す。
「ふふっ。」
私は笑いながら思った。
こんなに話の合う人に出会ったのは、初めてですわ。
クララとキリル王子は顔を見合わせる。
「……私にはわからない世界だわ。」
「オレにもさっぱり分からん。」
ライナーは二人を見ながら、そっと口元を緩めた。
(セレナ嬢が、こんなに楽しそうに笑うのは珍しい。アイリスとは、気の合う友人になれたようですね。)
私は、幸運を一気に使い切ってしまったのではないかと思うほど嬉しかった。
「こんなに条件の良いアルバイトを紹介していただけるなんて、ありがとうございます!」
「こちらこそです!」
「セレナ先輩なら、きっとすぐに人気者になります!」
アルベルト様から渡された書類を配るため、私たちは生徒会室を出た。
「……あっ。」
私は少しだけ表情を曇らせた。
「そういえば!」
大事なことを思い出した。
「次の赤面決闘のお相手を、まだ決めておりませんでしたわ。」
アイリスは小さく首をかしげる。
「候補はいらっしゃるんですか?」
「クララは対策が立てにくいですし……。」
「キリル王子は、また何か無茶を言い出しそうで心配だわ……。」
「とはいえ、アルベルト様に勝てる気もいたしません。」
私は腕を組む。
「せっかくつかんだ赤面決闘の参加権ですもの。」
「無駄にはできませんわ。」
アイリスも真剣な表情でうなずいた。
「セレナ先輩、それは悩みどころですね。」
「グランベルカードは必ず手に入れなくてはいけません。」
「セレナ先輩なら、きっとできます!」
「学費免除の機会をみすみす逃さないように、しっかり対策を立てましょう!」
「私も協力します!」
「アイリス……。」
「本当ですの!?」
「もちろんです!」
私は自然と笑みがこぼれた。
「頼もしいですわ。」
ライナーは書類を差し出すふりをして、小さく声を潜めた。
「閣下。」
「何だ。」
「アイリス嬢を補助役員になさったこと、少しだけ後悔されておりませんか?」
「 ………… 」
「お前は私を何だと思っている。」
「エヴァンス嬢に理解者ができた。」
「それ以上に喜ばしいことはない。」
(……今、一瞬、お考えになりましたね。)
アルベルトの視線はセレナとアイリスへ向いていた。
(…閣下。)
(そのようなお顔をなさるから、私に見抜かれるのですよ。)
その日の放課後。
エヴァンス男爵家。
玄関を開けると、温かな香りが鼻をくすぐる。
「おかえりなさい、セレナ。」
お母さまが大きな鍋を火から下ろし、優しく微笑んだ。
「今日は野菜たっぷりのスープよ。」
「まぁ、とても美味しそう!」
食卓には、質素ながらも温かな夕食が並んでいた。
辺りを見回す。
「お父さまは?」
「まだ帰っていないわ。」
「今日もお仕事が長引いているみたい。」
私は小さくうなずく。
スープを口に運びながら、私はお母さまへ笑いかける。
「お母さま。」
「明日から新しいアルバイトをすることになりましたわ。」
お母さまは少し驚いたように目を丸くした。
「そうなの?」
「でも、あまり無理はしないでね。」
「大丈夫ですわ。」
私は笑顔で答える。
「私が働けば、少しでも家計の助けになりますもの。」
執事は一人いるが、それだけでは到底足りない。
お母さまは男爵家の食事の支度、洗濯、掃除、来客の応対まで、そのほとんどを一人で切り盛りしていた。
その姿を見るたびに、私は胸が痛んだ。
お母さまには、これ以上無理をしてほしくありません。
だからこそ。
明日から始まる新しいアルバイトを、私は絶対に頑張ろうと心に決めた。
【エヴァンス家・1】




