第31話 閣下、お疲れ様でした(ライナー視点)
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第31話 閣下、お疲れ様でした(ライナー視点)
本日は、生徒会選挙の投票日。
昨日、閣下の命により、投票箱には防御魔法を施した。
何者かが近づけば、大きな音が鳴るはずだ。
私は念のために投票箱を、セレナ嬢と共に見張っていた。
「もし、魔獣が近づいたらどうなるんですか?」
「魔獣は、防御魔法によって、弾かれます」
私は周囲へ目を配る。
セレナ嬢は退屈そうに伸びをした。
「投票が終わりましたら、アルバイトへ向かいますわ。」
(………)
彼女は、本当に閣下にふさわしいお方なのでしょうか。
「アルバイトも大事ですが、学生の本分は勉学ですよ」
つい、きつい言い方になってしまった。
「ライナーさん、お金がなければ、おちおち勉強もしていられませんのよ。」
「実行委員にお給料が出ないことを、まずなんとかしていただきたいですわ。」
言い返されて、思わず苦笑する。
今後、セレナ嬢にお金の話をするのはやめよう……。
その時だった。
ガサッ。
植え込みの奥で何かが動く。
私は振り向いた。
「……!」
黒い影。
昨日、風魔法で見たものと同じだった。
「来ました!」
小さな黒猫のような魔獣が、一目散に投票箱へ飛びつく。
次の瞬間――。
バチッ!!
淡い光が走った。
ビーーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーーーッ!!
けたたましい警報音が、講堂中に鳴り響く。
「にゃあああっ!」
魔獣は小さく悲鳴を上げ、その場へ転がる。
防御魔法が発動したのだ。
「大丈夫ですの!?」
セレナ嬢は犯人であるはずの魔獣へ真っ先に駆け寄った。
ライナーははっとする。
「セレナ嬢!危険です!」
彼女は、私の制止もきかず両手でそっと魔獣を抱き上げる。
「痛かったでしょう?」
「あとでクララに回復魔法をかけてもらいましょう。」
優しく頭を撫でてあげた。
魔獣は驚いたようにセレナ嬢を見つめた。
私はその光景から目を離せなかった。
危険な魔獣かもしれないというのに。
それでも、まず救おうとなさるのですか。
……少なくとも一つ、分かりました。
セレナ嬢は、誰にでも手を差し伸べられる優しいお方なのですね。
そこへ。
「ライナー。」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、閣下がこちらへ歩いて来られた。
「閣下。」
閣下は魔獣には目もくれず、真っ先に尋ねる。
「エヴァンス嬢に怪我は?」
「 …………… 」
私は小さく笑って答えた。
「ございません。」
「そうか。」
それを聞いて初めて、閣下は魔獣へ視線を向けた。
「言語翻訳魔法を。」
閣下の後ろからついてきたクララ様が前へ出る。
「任せなさい!」
両手を魔獣へかざす。
魔獣の首元が淡く光った。
「これで話せるわ。」
閣下は静かに問いかける。
「なぜ選挙を妨害した。」
黒猫の魔獣はぷるぷる震える。
「 …………… 」
「話さなくても構わん。」
閣下は右手をゆっくりと前へかざす。
黄金色の魔法陣が静かに広がり始めた。
「他にも方法はある。」
「にゃっ!」
魔獣は全身の毛を逆立てた。
「しゃ、しゃべる!」
「しゃべるから痛い魔法はやめてにゃーー!」
私は思わず吹き出しそうになる。
セレナ嬢は優しく魔獣の背中をなでた。
「大丈夫ですわ。」
「ゆっくり話してください。」
黒猫の魔獣は小さくうなずいた。
「ぼく……毎日ご飯をくれる女の子がいるにゃ。」
「その子、生徒会に入りたいって言ってたにゃ。」
「でも……貴族じゃないから無理だって……。」
「だから……。」
「選挙がなくなれば、みんな生徒会なんてやめちゃうと思ったにゃ……。」
閣下の指示を受けた生徒会役員たちが、黒猫魔獣の言っていた少女を探し始める。
しばらくして。
一人の少女が息を切らしながら駆け込んできた。
少女は黒猫魔獣を抱きしめる。
「にゃる……! よかった……!」
だが、すぐに閣下の姿を見つけ、顔色を変えた。
「ご、ごめんなさい!」
「にゃるがこんなことをしたのは、全部私のせいです!」
「私が……生徒会に入りたいって話したから……。」
「私が悪いんです!」
深く頭を下げる。
閣下は静かに口を開いた。
「今回の件は、責任を取ってもらう。」
その一言で、その場の空気が凍りつく。
クララ様も。
セレナ嬢までもが少女を心配そうに見つめた。
少女は震えながら声を絞り出す。
「退学だけは……。」
「この学院へ入るために、両親がお金を工面してくれたんです。」
「何でもします。」
「どうか退学だけは……。」
「退学?」
「誰がそんなことを言った。」
「……え?」
少女は顔を上げた。
閣下は静かに続ける。
「今日から、お前には生徒会補助役員として働いてもらう。」
一同は目を丸くした。
「ほ、補助役員……ですか?」
「ああ。」
「正式な生徒会役員にはなれなくとも、学院のために働きたい者へ機会を与える制度だ。」
「もちろん、学院長の承認済みだ。」
私は思わず胸が熱くなった。
閣下……。
ここ数日奔走されていたのは、この制度のためだったのですね。
少女の目から涙がこぼれる。
「わ、私でも……。」
「学院の役に立てるんですか?」
「身分ではなく、努力を見せてくれ。」
「期待している。」
「……はい!」
少女は涙をぬぐい、大きくうなずいた。
あの日、廊下で語られた理想。
閣下は本当に実現なさった。
この方は口先だけではない。
……やはり閣下には敵いません。
隣で見ていたセレナ嬢が、小さくつぶやく。
「アルベルト様って……。」
「本当に、みんなのことを考えていらっしゃるのですね。」
えぇ、えぇ、そうなのです。
閣下はすごいのですよ、セレナ嬢。
ようやく、その魅力に気付いていただけましたか。
その言葉に。
普段なら無表情の閣下の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
午後。
すべての投票が終了した。
講堂には再び生徒たちが集まる。
マックス先生が結果を読み上げた。
「生徒会長、続投!」
「アルベルト・フォン・グラナート。」
大きな拍手が響く。
「副会長。」
「クララ・ド・ベルモン。」
クララ様はスカートの裾をつまみ、優雅に一礼する。
「皆さんの期待に応えられるよう、一生懸命頑張りますわ!」
「くそー!」
キリル王子が悔しそうに拳を握った。
イーゴリさんは中指で眼鏡をくいっと押し上げた。
「王子、残念でしたね。」
「まずは生徒会とは何をする組織か学ぶところから始めましょう。」
「うるせぇ!」
会場に笑いが広がる。
「書記。」
「ライナー・アッシュフォード。」
私は静かに一礼した。
「その他の役職については、規定どおり得票順に決定する。」
◇
夕暮れの生徒会室。
アルベルトはソファーにもたれかかったまま、静かな寝息を立てていた。
机には、山積みの書類。
コンコン。
「失礼します。」
生徒会室へ入ってきたセレナは、眠るアルベルトを見て足を止めた。
「アルベルト様……。」
返事はない。
「寝ていらっしゃるのですね。」
セレナは向かいの椅子へ腰掛け、小さく微笑んだ。
「少しだけ待ちましょう。」
静かな時間が流れる。
やがて。
こくり。
セレナもまた、小さく舟をこぎ始めた。
ガチャ。
私は報告書を手に、生徒会室へ戻ってきた。
「閣下、ご報告が――」
思わず言葉を失う。
眠る閣下。
そして、その向かいで眠るセレナ嬢。
私は静かに口元を緩めた。
「……ここは私にお任せください。」
生徒会室の扉の前に立ち、そっと息を吐く。
「たまに忘れるときがありますが……。」
「閣下も、私と同じ十七歳なんですよね。」
この数日、本当に働き詰めだった。
少しくらい休んでも、誰も文句は言わないだろう。
私は扉の前で小さく笑う。
「今回も、ここは私が必ず死守してみせます。」
「ですから、どうか安心してお休みください。」
二人の穏やかな寝顔を思い浮かべながら、私はもう一つだけ小さく願った。
「……そして、今度こそ少しは進展してください。」
しばらくして。
閣下がゆっくりと目を開けた。
「……寝てしまったのか。」
目の前には、椅子にもたれたまま眠るセレナ。
「 ………… 」
「…私を待っていてくれたのか。」
閣下の口元が、わずかにほころんだ。
その時。
ガチャ。
私がそっと扉を開けた。
「閣下、ご報告が――」
言葉が止まる。
眠るセレナ。
その寝顔を見つめたまま動かない閣下。
私は二人を交互に見つめた。
「起こされないのですか?」
「……起こせない。」
即答だった。
「寝顔を見ていたい。」
「 …………… 」
ああ…またポンコツ閣下がでましたね…。
私は外に出て静かに扉を閉めた。
「今日はもう、帰ります。」
【生徒会編・完】




