第28話 君を探していた
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第28話 君を探していた
ダンスパーティーも、やがて大詰めを迎えようとしていた。
◇(アルベルト視点)
私は、まだ休む暇なく会場を駆け回っていた。
「会長、来賓席へご案内を。」
「会長、照明魔法の調整が終わりました。」
「会長、厨房より確認事項です。」
「……分かった。」
短く答えながら、次々と仕事を片付けていく。
生徒会長として、この夜を成功させる。
それが自分の役目だった。
だが。
私は、何度も会場を見渡してしまう。
白いドレス。
ライラック色のリボン。
――彼女を。
綺麗だった。
その姿を見た瞬間から、胸の奥が落ち着かなかった。
今夜だけは。
どうしても一曲、踊りたい。
ただ、それだけなのに。
「会長!」
また呼ばれる。
私は静かに踵を返した。
◇
「セレナさん! 次は私と!」
「その次は僕が!」
「ぜひ一曲!」
「えっ、あの……。」
次々と差し出される手。
断る間もなく、次の曲が始まる。
「人気者ですわね。」
軽やかな足取りで、クララがこちらへ歩み寄ってくる。
「クララ!」
美しい夜空を思わせる、深いネイビーのドレス。
その姿は、普段よりもずっと大人びて見えた。
胸元には銀糸の刺繍が輝き、ゆるやかにまとめた金色の髪が、魔導灯の光を受けてきらめいている。
思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
「クララ、とてもお綺麗です!」
「ありがとう。」
クララは優しく微笑む。
「でも、今夜の主役はあなたでしょう?」
「え?」
クララはくるりと男子生徒たちへ向き直る。
「皆様。」
優雅にスカートの裾をつまみ、一礼する。
「ここからは、わたくしがお相手いたしますわ。」
「「「ぜひ!」」」
男子生徒たちの目の色が変わる。
「さあ。」
クララは私へ小さくウインクした。
「少し休憩していらっしゃい。」
「クララ……。」
そのままクララは男子生徒たちを引き連れ、華やかにダンスフロアへ消えていった。
クララのおかげで、ようやく周囲が静かになった。
「助かりました……。」
私は胸に手を当て、小さく息をつく。
今夜は予想以上だった。
ダンスを申し込まれ続け、休む暇もない。
嬉しい反面、さすがに少し疲れてしまった。
「少しだけ休憩しましょう。」
そう呟き、一歩踏み出した、その時だった。
パキッ。
「え……?」
足元から乾いた音が響く。
恐る恐る視線を落とすと、右足のヒールがぽっきりと折れていた。
「まあ……。」
しゃがみ込み、靴を手に取る。
何度も踊ったせいだろうか。
お気に入りの靴だっただけに、少しだけ胸が痛んだ。
「これでは、もう踊れませんわね……。」
このままここにいたら、きっと周りに気を遣わせてしまう。
それに、こんな姿を見られるのも少し恥ずかしい。
私はそっと会場を抜け、
人気のない庭園へ向かおうとした。
その時、会場の隅で忙しそうに歩き回る銀髪の青年の姿が目に入る。
――アルベルト様……。
次から次へと声をかけられ、休む暇もないようだった。
◇(アルベルト視点)
ようやく全てを終え、会場を見渡す。
先ほどまで、多くの男子生徒に囲まれていた彼女の姿。
――ない。
「……?」
黄金色の瞳が静かに揺れる。
会場をゆっくり見回す。
どこにもいない。
その時だった。
庭園へ続く扉が、わずかに開いているのが目に入る。
(まさか……。)
アルベルトは静かに歩き出した。
「閣下。」
背後に、ライナーが静かに立っていた。
「こちらは、お任せください。」
穏やかな笑みを浮かべたまま、ライナーは真っ直ぐアルベルトを見つめた。
「たとえこの命尽きようとも、ここは必ず死守してみせます!」
一瞬だけ見つめ返し、アルベルトは小さく頷いた。
「……頼む。」
その一言だけ残し、庭園へ向かった。
「ご武運を。」
ライナーはその背中を見送り、小さく微笑む。
そして、くるりと振り返った。
「皆さん!」
その声に、生徒会役員たちが一斉に顔を上げる。
「会長は現在、非常に重要な任務の最中です!」
「ですが!」
ライナーは胸に手を当て、高らかに宣言する。
「どんなご用件も、このライナー・アッシュフォードが承ります!」
「さあ、こちらへ!」
(今夜は絶対に、邪魔はさせません……!)
その瞬間。
「ライナーさん! 来賓席でトラブルです!」
「副会長! 確認をお願いします!」
「こちらにも至急!」
「書類にも目を通してください!」
「 …………… 」
ライナーの笑顔が、ほんの一瞬だけ引きつる。
(本当に命が尽きるかもしれませんね……。)
それでも営業スマイルは崩さない。
「ええ、お任せください。」
その頃、アルベルトは静かに庭園へ足を踏み入れていた。
◇
夜風が頬を優しく撫でる。
庭園の奥に置かれた白いベンチへ腰掛け、私は折れたヒールをそっと見つめた。
「困りましたわ……。」
これでは会場へ戻れない。
せっかくのダンスパーティーだったのに。
クララが助けてくれたおかげで少し休めたというのに、最後はこんなことになるなんて。
小さく息をつく。
「アルベルト様……。」
自然と、その名前が零れた。
「一度くらい、ご一緒したかったですわ。」
忙しそうにされていた。
きっと今も誰かに呼ばれているのだろう。
そう思うと、少しだけ胸が締め付けられる。
「……エヴァンス嬢?」
聞き慣れた低い声が静かな庭園に響いた。
「え……?」
振り返る。
月明かりの中に立っていたのは、静かな表情とは裏腹に、わずかに息を乱した銀髪の青年だった。
「アルベルト様……!」
思わず立ち上がろうとして――
「あっ。」
折れたヒールに足を取られ、身体が傾く。
アルベルト様はすぐに歩み寄り、その腕をそっと支えた。
「大丈夫か。」
「も、申し訳ありません……。」
「怪我は。」
「いえ。怪我はありません。」
アルベルト様は視線を足元へ落とす。
折れたヒール。
すぐに事情を察したらしい。
「会場にいるのが恥ずかしくて、こちらへ来ました。」
「……そうだったのか。」
一瞬の沈黙。
夜風だけが二人の間を通り抜ける。
やがてアルベルト様は静かに口を開いた。
「探していた。」
「え……?」
「君を。」
たった二文字。
それだけなのに、心臓が大きく跳ねる。
(私を探して……くださっていた?)
アルベルト様は珍しく少しだけ視線を逸らす。
「どうしても君に一曲お願いしたかった。」
その一言に、セレナは目を見開いた。
胸が熱くなる。
言葉が出ない。
「アルベルト様……。」
「私も……ご一緒したいと思っておりました。」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
嬉しい。
けれど。
「申し訳ありません。」
セレナは壊れたヒールを見る。
「もう踊れませんわ。」
アルベルト様は小さく微笑んだ。
「……それなら、問題ない。」
「え?」
その言葉の意味を理解するより早く、アルベルト様がそっと手を差し出した。
「エヴァンス嬢。」
「私と踊っていただけるだろうか。」
私は驚きながら、その手を見つめる。
壊れたヒールなのに。
どうやって踊るのだろう。
そんな疑問を抱きながらも、
その大きな手を見つめ、そっと自分の手を重ねた。
アルベルト様は優しく微笑み、その手を包み込む。
「今宵は私とともに。」
一瞬だけ視線が重なる。
「うたかたの夢を。」
次の瞬間。
ふわり。
二人の身体が、月明かりの中へ、ふわりと浮かび上がった。
私は驚きに目を見開く。
「きゃっ……!」
思わずアルベルト様の腕へしがみつく。
夜風が髪を揺らし、庭園がゆっくり遠ざかっていく。
「アルベルト様!? わ、私……飛んでます!」
「ああ。」
アルベルト様は穏やかに頷いた。
それから視線を落とし、
「靴は、そのままで。」
すると靴だけが音もなく地面へ降りる。
「誰も来ない場所なら、邪魔も入らない。」
その一言に、私は思わず笑ってしまう。
「ふふっ。」
「生徒会長は、大変ですものね。」
「……そうだな。」
珍しく少し困ったように笑うアルベルト様。
その表情を見ていると、私まで嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。
やがて二人は、月が最も美しく見える高さで静かに止まった。
眼下には、ダンスパーティーの明かりが宝石のように輝いている。
「綺麗……。」
「こんな景色……初めてです。」
思わず息を呑む。
アルベルト様は私を見つめた。
「君に見せたかった。」
「え……。」
「今日、一番綺麗な景色を。」
頬が熱くなる。
胸が苦しい。
こんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
アルベルト様はゆっくりと私の腰へ手を添える。
「一曲。」
「お願いできるだろうか。」
「……はい。」
私は微笑みながら答えた。
二人は月明かりの中でゆっくりと踊り始める。
二人がゆっくり回るたび、
ドレスの裾が月明かりを受けて花びらのように広がる。
夜風は優しく頬を撫で、
銀色の髪と栗色の髪がふわりと揺れる。
眼下では噴水が宝石のように輝き、
遠くには学院の時計塔。
色とりどりの魔導灯が星空と溶け合い、
まるで二人だけが空に浮かぶ舞踏会だった。
音楽は聞こえない。
けれど。
下の会場から流れてくる演奏が、夜風に乗って微かに届いていた。
まるで二人だけのために奏でられているように。
一歩。
そして、ターン。
アルベルト様のリードは優しく、自然と身体を預けることができた。
「お上手ですね。」
初めて踊る相手とは思えないほど、
息はぴたりと合い、身体が導かれるまま軽やかに動いた。
夜空には満月。
銀色の光が二人を包み込んでいた。
どれくらい踊っただろう。
演奏が終わる頃、二人はゆっくりと庭園へ降り立った。
「ありがとうございました。」
私はスカートを摘み、丁寧に一礼する。
「こちらこそ。」
アルベルト様は穏やかに微笑んだ。
そして壊れたヒールを見る。
「送ろう。」
「え?」
「そのままでは歩きにくい。」
アルベルト様は馬車まで私をエスコートする。
馬車の前で扉を開けると、私は振り返った。
「今日は、本当にありがとうございました。」
アルベルト様は少しだけ照れたように目を細める。
「私の方こそ。」
「忘れられない一曲になった。」
その言葉に、私の頬は真っ赤に染まる。
「わ、私もです……!」
馬車がゆっくりと動き出す。
窓から見えるアルベルト様は、姿が見えなくなるまで静かに見送ってくれていた。
(今日は、本当に夢のような一日でしたわ……。)
その時。
ふと、あの言葉が脳裏によみがえる。
『今宵は私とともに。』
『うたかたの夢を。』
「 …………… 」
「……うたかたの、夢?」
私は目をぱちくりと瞬かせた。
「私とアルベルト様があんな素敵な夜を過ごすなんて……」
「もしかして。」
「夢でしたのーーーー!?」
その頃。
「 …………… 」
奇跡的に生き延びたライナーは、風魔法越しにその叫びを聞いていた。
静かに天を仰ぐ。
(閣下。)
(夢にして、どうするんですか。)
その瞬間。
「ライナーさん!」
「こちらにもお願いします!」
「副会長!」
「会長はどちらですか!?」
「 …………… 」
ライナーは静かに目を閉じた。
(もう……限界です。)
ライナー・アッシュフォード。
享年十七歳。
――なお、生きている。
【聖女、現る(後編)・完】




