【応仁の乱編】第三段 上京の戦い
【応仁の乱編】第三段 上京の戦い
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ついに、京の町そのものが戦場となった。夜明け前の奇襲から始まったこの一戦、勝元の狙いはただ一つ、将軍その人を我が手に収めることだった。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
応仁元年五月二十六日、夜も明けぬうちに、東軍の兵、室町第の西隣にある一色義直の屋敷近くの寺々を占拠し、続いて義直の屋敷そのものを急襲いたし~~~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
応仁元年(1467年)5月26日、夜が明けないうちに、東軍の兵が室町第の西隣にある一色義直の屋敷の近くの寺を占拠し、続いて義直の屋敷そのものを急襲しました。義直はなす術もなく屋敷を捨てて逃げ、屋敷は焼き払われました。
この一戦の狙いは、屋敷の奪い合いそのものではなく、将軍・義政その人を確保することでした。この襲撃によって、勝元は「戦火から将軍をお守りする」という名目のもとで室町第を押さえ、義政を自分の手中に収めてしまいました。
戦を仕掛けた側が、あろうことか「将軍をお守りする」という顔をして事を進める。これが政治というものの恐ろしさなのかと、見ていて思い知らされました。将軍その人が、もはや自分の意思では動けない「駒」になり果てている様子は、本当に哀れな事態だと思いました。
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「守る」という言葉を使いながら、実際にやっていることは「囲い込む」ことに他ならない。言葉の使い方一つで、同じ行いが善にも悪にも見えてしまう。我は生前、言葉の乱れを嘆いてばかりいたが、こういう言葉の「使われ方」の恐ろしさには、まだまだ目が行き届いていなかったのかもしれない。




