三十歳のOLは、もう完璧でいるのをやめた
ブラック企業では、
誰もが「完璧」を求められる。
完璧な社員。
完璧なOL。
完璧な大人。
でも、
疲れてしまった人間は、
どこで休めばいいのだろう。
第七話、開幕です。
森の中。
焚き火の上で、
巨大な猪がじゅうじゅうと焼けていた。
香ばしい匂いが漂う。
「はい、そこ脂多いから気をつけて」
手際よく肉を切り分けているのは里香だった。
三十歳。
元OL。
そして、
料理が異様に上手い。
「うぅ〜……お腹空いたぁ……」
紗弥香がよだれを垂らしそうな顔で肉を見つめる。
今回の猪狩りは、
彼女と里香の担当だった。
だが。
狩りはともかく、
料理になると紗弥香は少し危なっかしい。
「紗弥香、それ焦げる」
「あっ!!」
慌てて肉をひっくり返す。
その様子に、
優花が笑った。
「紗弥香さんって食べるの好きなのに、料理はポンコツですよね」
「うるさい♡」
そんな賑やかな空気の中。
紗弥香はふと、
里香の顔を見た。
「……ねぇ、里香さん」
「ん?」
「最近、メイク減りましたよね?」
里香の手が止まる。
確かに。
革命へ加わった頃に比べて、
彼女はどんどん薄化粧になっていた。
以前は完璧だった髪も、
今は自然に下ろしていることが多い。
それでも。
彼女は美しかった。
むしろ、
今の方が柔らかい。
里香は少し笑った。
「……私、アフロディーテ像みたいだったから」
「え?」
「ずっと完璧でいようとしてたの」
焚き火の火が揺れる。
「完璧なOL。
完璧な女。
完璧な大人」
里香は肉を裏返しながら続ける。
「でもね。
疲れちゃった」
その声は、
どこか静かだった。
「ずっと綺麗でいるのって、
結構しんどいのよ」
誰も笑わなかった。
◇
数十分後。
全員で猪肉を食べる。
「うまぁぁぁぁ!!」
優花が叫ぶ。
「里香さん天才!!」
「でしょう?」
里香が少し誇らしそうに笑う。
ユウトも肉を口へ運ぶ。
「……美味い」
その瞬間。
里香が少しだけ嬉しそうな顔をした。
森の朝。
焚き火。
仲間たち。
会社には無かった時間だった。
◇
夜。
ユウトと里香は、
CropGatherer Inc.の地図を見ていた。
「ここが倉庫」
「こっちが管理棟か」
農業機械を扱う巨大企業。
異世界中の農地を支配し、
大量の農作物を日本へ輸出している。
特に。
葡萄。
それが、
この会社の主力商品だった。
「……ねぇ、ユウト君」
突然、
里香が静かに言った。
「ん?」
「私って……綺麗?」
「ぶっ!?」
ユウトが盛大にむせた。
「な、なんだよ急に!?」
里香は苦笑する。
「昔ね。
会社では毎日、
完璧にメイクしてたの」
彼女は夜空を見る。
「大人の女らしく。
綺麗に。
上品に」
「…………」
「でも、
疲れちゃったのよ」
里香は自分の手を見る。
「ブラック企業に人生を吸われて、
気づけば三十歳」
少しだけ笑う。
「もう、
私の一番綺麗な時期は終わったのかなって」
ユウトは黙った。
そして。
即答した。
「そんなわけないだろ!!」
「え?」
「里香さん、めちゃくちゃ綺麗だよ!!」
「っ……」
「化粧してなくても綺麗だし、
今の方がずっと魅力的だ!!」
里香の目が見開かれる。
「自然体の里香さん、
俺は今の方が好きだ」
数秒、
沈黙。
そして。
里香は少し赤くなりながら笑った。
「……そっか」
安心したような笑顔だった。
「それなら、よかった」
◇
翌日。
CropGatherer Inc.襲撃。
巨大な工場。
農業機械。
コンベア。
そして。
ユウトたちが突入した瞬間。
空気が歪む。
『ああ、また君たちか』
その声。
ユウトは即座に剣を抜く。
「……和」
黒い糸。
巨大な腕。
オフィス中へ張り巡らされた呪い。
『私はどこにでもいる』
「なら――」
ユウトが駆ける。
「今度こそ、
徹底的にぶった斬る!!」
魔力が炸裂する。
ユウトの剣が、
“和”の腕を次々と切断していく。
優花たちも続く。
轟音。
破壊。
悲鳴。
そして。
数十分後。
CropGatherer Inc.は陥落した。
『……ふふ』
消えながら、
“和”が笑う。
『また会おう』
「逃がすか!!」
ユウトが剣を振るう。
だが。
“和”は霧のように消えていった。
◇
静かな倉庫。
そこには大量の葡萄が積まれていた。
日本へ輸出される予定だった葡萄。
「すごい量……」
優花が呟く。
ユウトは葡萄を一粒取る。
甘そうだった。
みずみずしい。
その時。
ふと、
ユウトは里香を見る。
薄化粧。
柔らかな表情。
焚き火の前で笑っていた姿。
「…………」
そして思う。
(里香さんも、
すごく甘い人だな)
葡萄を見つめながら、
ユウトは少しだけ笑った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ブラック企業から解放されても、
人はすぐには自由になれません。
でも、
少しずつ。
少しずつ、
自分らしくなっていけるのかもしれません。
次回、
ユウトたちは“和”の正体へさらに近づいていきます。
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