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『異世界ブラック企業から逃げた俺、OLたちと焚き火をしながら社長を討伐する』  作者: アラベ幻灯


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8/12

『ぽっちゃりOLは、まだ会社を完全には憎めなかった』

ブラック企業から逃げても、

心まではすぐ自由になれない。


人は、

慣れた鎖を愛してしまうことがある。


第八話、開幕です。

夜。


 森の中。


 焚き火の火が静かに揺れていた。


 じゅうじゅうと肉の焼ける音。


 虫の鳴き声。


 遠くの川の音。


 ブラック企業のオフィスでは、

 絶対に聞こえなかった音だった。


「ユウト〜」


 紗弥香が当然みたいにユウトの隣へ座る。


「食べさせて♡」


「またかよ……」


「だって好きなんだもん」


「何が?」


「ユウトに甘やかされるの」


 即答だった。


 綾香が呆れた顔をする。


「最近ずっとそれじゃん」


「いいでしょ〜」


 紗弥香は完全にユウトへ身体を預けていた。


 柔らかい。


 近い。


 温かい。


 ユウトは少し困った顔をしながら、

 焼いた肉を差し出す。


「ほら」


「あーん♡」


 紗弥香が幸せそうに食べる。


 その顔を見て、

 優花が笑った。


「紗弥香さん、最近ほんと甘えん坊ですよね」


「うるさい♡」


 だが。


 ユウトは気づいていた。


 紗弥香がこうなったのは、

 最初の敗北のあとからだ。


 “和”との戦い。


 倒れた彼女を、

 ユウトはずっと看病していた。


 それ以来。


 紗弥香は、

 妙にユウトへ甘えるようになった。


   ◇


 しばらくして。


 全員が少し眠そうになっていた。


 焚き火の熱。


 夜風。


 虫の声。


 それらが、

 ゆっくり意識を溶かしていく。


 紗弥香は、

 ユウトの肩へ頭を預けていた。


「……ねぇ、ユウト」


「ん?」


 彼女の声は少し眠そうだった。


「私ね……

 会社員だった頃、

 ずっと食べてたんだ」


「食べてた?」


「うん」


 紗弥香は焚き火を見る。


「ストレス食い」


 炎が揺れる。


「仕事で疲れて、

 怒鳴られて、

 終電で帰って」


「…………」


「そのあと、

 コンビニでいっぱい買うの」


 紗弥香は少し笑う。


「ポテチとか。

 カップ麺とか。

 甘いものとか」


 その笑いは、

 少し寂しかった。


「食べるとね、

 少しだけ楽になるんだよ」


 ユウトは黙って聞いていた。


「また働けるって思えるの」


 虫の声が響く。


「だから私……

 ブラック企業の気持ち、

 ちょっと分かるの」


「…………」


「頑張った社員に、

 安い快楽を与える」


 紗弥香は自分の胸を押さえる。


「ご飯。

 お酒。

 ソシャゲ。

 コンビニスイーツ」


 彼女は俯いた。


「そうやって、

 人間を壊れない程度に麻痺させる」


 その声は震えていた。


「それって、

 すごく合理的なんだよ」


 沈黙。


「私、

 そんな風に思っちゃうの」


 紗弥香の目から涙が落ちる。


「ユウトの仲間なのに」


「ブラック企業を倒したいのに」


「なのに私、

 会社の論理を理解できちゃう」


 涙が止まらない。


「それが嫌なの」


 彼女は震えていた。


「私……

 偽物なんじゃないかって」


   ◇


 ユウトは静かに口を開いた。


「別に、

 おかしくないだろ」


「……え?」


「だって紗弥香は、

 ずっとその世界で生きてきたんだから」


 焚き火が揺れる。


「会社しか知らなかった」


「それが普通だと思ってた」


「なら、

 そこに意味や合理性を感じるのは当然だ」


 紗弥香は涙目のままユウトを見る。


「大事なのは、

 何を知ってるかじゃない」


 ユウトは言う。


「今、

 どこにいるかだ」


「…………」


「紗弥香は今、

 俺たちといる」


「自由になろうとしてる」


「それで十分だろ」


 紗弥香の唇が震える。


「ユウト……」


「無理に全部否定しなくていい」


 ユウトは少し笑った。


「人間ってそんな簡単じゃないだろ」


 その瞬間。


 紗弥香の涙がまた溢れた。


 だが。


 今度の涙は、

 少しだけ温かかった。


   ◇


 月明かり。


 虫の声。


 静かな森。


 紗弥香はそっと、

 ユウトへ抱きついた。


「……ありがとう」


 柔らかな身体。


 温かい体温。


 ユウトは少し驚く。


 だが。


 振り払わなかった。


 紗弥香は目を閉じる。


 会社では、

 こんな風に誰かへ甘えたことなんて無かった。


 誰かに、

 受け止めてもらったことなんて無かった。


 だから今だけは。


 この温もりへ、

 少しだけ甘えていたかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


ブラック企業は、

人を苦しめます。


でも同時に、

人へ“安らぎ”も与えてしまう。


だからこそ、

そこから逃げるのは難しいのかもしれません。


次回、

ユウトたちは新たな企業へ向かいます。


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