69話
「かあさま!みてください!」
木剣から子供用の剣に変わったのはネージュ様が「そろそろいいだろう、新しい剣を贈ろう」と言ってくれたから。
ネージュ様の指導によりリュシアンは屋敷から帰ってきてもしっかり基礎練習に励んでいる。
5歳になったリュシアンは背も伸びてまだまだ子供とはいえ顔つきがお兄ちゃんになっていった。
毎週伯爵家に通いリュシアンは剣の指導をしてもらいつつ、祖母にも会って一日過ごしている。
いずれ伯爵家を継ぐリュシアンは父の血を受け継いだのか剣もなかなかの腕前になるだろうとネージュ様が言っていたらしい。
そう、なぜ、らしい……と言うのか。それは私自身はネージュ様とこの一年間会ってやり取りをしていないから。
ほとんどリュシアンからの話と毎週伯爵家の屋敷に送り迎えするマシューから話しを聞いているだけなのだ。
そしてたまにするネージュ様との手紙のやり取りが情報源なのだ。
『あんな酷いことをされた彼と会ってほしくはない』
マシューが眉根を寄せて不快感を露わにした。
『だから、リュシアンは俺が送迎するよ。必要な言伝もきちんと話してくるから安心して』
あまりにも勢いよく言われ、マシューの言葉に思わず『そ、そうかな……じゃあお願いしてもいいかしら?』と頷いてしまった。
離縁した私が伯爵家を出入りするのは醜聞になるし、色々と問題の渦中にいた私は社交界でも注目され噂されていたため、もともとリュシアンは公爵家の使用人の誰かに送迎はお願いするつもりだった。
リュシアンはマシューにとても懐いているし、私自身も信頼しているので彼にお願いすることにした。
ネージュ様とリュシアンの関係も親子というより師弟のような関係で初めはぎこちなかったけど今はリュシアンも懐いて、毎週通うのが楽しそうだ。
もちろん祖母のことはなんとなく覚えていたようで、二人はすぐに仲良しになって楽しくゲームをしたり本を読んでもらったりして過ごしているらしい。
屋敷に戻るとリュシアンがその日あったことを話してくれる。
『おばあちゃまとえほんをよんだよ』
『にわにさいていた、おはなのなまえをおぼえたの!』
『とうさまが、ぶらんこつくってくれたの!いっぱいのったよ!』
『わるいひといたら、ぼくがやっつけてやる!』
マシューはリュシアンの話を『へぇ』『ほぉ』と相槌をうちながら聞いてくれる。
どんなに忙しくてもマシューはリュシアンとの時間を作ってくれる。本当の親子のように寄り添ってくれる。
それがなぜか嬉しく感じた。
「ルシナ、あまり無理しないで」
心配するマシュー。
フラフラしながら毎晩ベッドに崩れるように倒れ込み眠りにつく。
最近立ち上げたプロジェクトは平民の子供達が通う学校作りについて。
王太子殿下から声がかかりマシュー達と意見を出し合い、貧しい子供達がほんの数時間でも週に一回でも通えるように、どうするのがいいのか話し合い、場所を探し、どんなふうに教えるのかなど、考えることはたくさんある。
自分自身のお店の新商品を考えなければならないし、他国へも売り出しているので書類だけでもこなすのは大変。
だけど貴族平民分け隔てなく少しでも教育の場を与える機会ができるなら、私も協力させて欲しいと参加させてもらった。
あまりにものめり込んでしまい寝食を忘れフラフラになっている私にマシューはいつも心配しつつ諭してくれる。
「君が倒れたら元も子もない。自分を大切にしてくれ」
「ごめんなさい、でもあと少しで形が見えてくるから」
「わかってる。この国の識字率は平民だとまだ低い。簡単な算術すらできない者もいる。でも焦るな、これからまだ長い道のりなんだ、結果が出るのは数年後になる。体を壊しては元も子もない」
「……うん」
またつい先走ってしまった。
前世では当たり前だった教育。この世界では貧しくて勉強できない子や親に捨てられて家がないなか暮らす子供もいる。
王太子殿下が政策として少しでも生活水準を上げるために教育をと、私たちは命を受け始めたプロジェクト。
少しでも早く子供達にと焦ってしまった。
マシュー達も仕事の合間に動いてくれている。
なのについ焦って……
「ふっー」と深呼吸してマシューの顔を見た。
「焦ってはダメよね。長い目で見なくっちゃ、マシューありがとう」
「お願いだよ、君が倒れたらリュシアンも心配するし、俺だって心配でたまらない」
マシューはそっと私の肩に顔を置いた。
ち、近い。マシューから求婚されてまだ返事はしていない。
急がなくていい。君の気持ちが俺に行くまで待つから、断りの返事はいらないと言われていた。
久しぶりに再会した時、マシューのことを意識したことはなかった。だって彼もいい歳だしそれなりに恋愛はしてきていたはず。
私が結婚している時、彼に恋人がいたことも知っているし、従兄だし、彼に対して恋愛的な目で見たことはなかった。
だけど、求婚されてから『俺のこともちゃんと考えて欲しい』と言われて、なんとなく意識するようになった。
私なんかより大人でしっかりしていて、そしてすぐに暴走してしまう私を諭して寄り添ってくれる。
なのに少しだけやきもちを妬いて、自分が送迎すると言ってネージュ様と会わせないようにする子供みたいなところもあって、そんなマシューに少しずつ惹かれていった。
もうネージュ様のことはなんとも思っていないのに。リュシアンの父として割り切ってはいても、恋愛的な感情はない。
結婚してすぐは好きになれる、いい関係を築けると思ったのにすぐに戦争へと向かいその後の関係性は悪い方へと向かい再会はあまりにも酷いもので、恋愛感情を抱くことはできなかった。
でもただ一つ。大切なリュシアンを授かることができたことは唯一彼に出会えて良かったと思う。
「マシュー、いつもありがとう。マシューには心配や迷惑ばかりかけてごめんなさい。でも……これからも貴方にだけはずっとそばにいて欲しいの」
マシューの息が肩にかかる。
「えっ?」
私の肩に顔を埋めていたマシューが顔を上げた。
「マシュー……遅くなってごめんなさい。私……マシューのそばにいたい。貴方のことをいつの間にか愛してしまったの……今更だけど……好きよ」
「ルシナ……愛してる」




