67話
「え?」
マシューから突然話があった。
ネージュ様の母、お義母様からお手紙がきて会いたいと連絡があったと。
「どうする?」
「…………会うわ。ネージュ様が帰ってくることがわかって領地へ行ってしまわれてもう一年近くお会いしていないの。離縁したことだけはお手紙を書いたけどそれっきり。リュシアンももう4歳になるし、成長した姿を見せてあげたい」
「わかった、じゃあ、屋敷に招くことにするよ」
「いいの?伯父様達に許可は?」
「大丈夫だよ。それに母上とウォーレン前伯爵夫人はわりと親しい間柄だったらしい。母上が久しぶりに会えると実は喜んでいるんだ」
「そうなの……」
お義母様の交友関係までは知らなかった。
伯爵家の領地の運営や事業の立て直しなどやることが山積み、さらに自分も慣れない社交とこなさなければいけなくて、周りをゆっくり見る余裕なんてなかった。
あの頃の忙しかった日々を思い出すと懐かしい気持ちが込み上げてくる。充実した日々だった。
レベッカ様に邪魔されなければ……ネージュ様ともっと上手くやっていけていたのかもしれない。
そんなことをふと思ったけど、壊れてしまった関係はもう元には戻れない。
お互い新しい環境で前を向いて生活を始めている。日々はもう進んでいる。
義母と一緒に暮らした日々は大変だったけど楽しかったし幸せだった。
初めて家庭の温かさを教えてもらったし、もし母が生きていたらこんな関係だったのだろうと思った。
一緒にドレスを選んだりお茶をしたり、リュシアンの子育ての悩みを聞いてもらったり、本当の母のように頼った。
ネージュ様と義母の関係はあまり良くなかったので義母はネージュ様が帰ってくるとわかって領地へ行ってしまった。
お二人の関係はどうなったのかしら?
私が心配することではないのはわかっているけど、お会いしたらそれとなく聞いてみよう。
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「リュシアン!ルシナ!久しぶりね?」
お義母様はたくさんのお土産を持って屋敷に現れた。
「お久しぶりです。お元気そうで安心いたしました」
「ええ、まだまだ元気よ?リュシアンは大きくなったわね?」
「ばあちゃま?」
一年近くお会いしていなかったのに、リュシアンはお義母様のことを覚えていた。
「そうよ。リュシアン、さあ、抱っこさせてちょうだい」
大きく手を広げて床に膝をつきリュシアンが近やって来てくれるのを待った。
「ばあちゃま!!」
リュシアンは躊躇いもせずお義母様に抱きついた。
「あのね、ぼくもう4歳なんだ」
「そう、お兄ちゃんになったのね?」
「うん!だからかあさまのいうこと、ちゃんときいてるよ?やくそく、だったよね?」
「約束覚えていたのね?」
「約束って?」
二人の会話についていけなくて戸惑っているとお義母様がふふっと笑った。
「私が領地へ向かう日に、リュシアンと約束したの。お母様の言うことをちゃんと訊くこと。そしてお母様を守ることを、ねっ?」
リュシアンは「うん!まもったよ」と誇らしげに言った。
「おじちゃんが、いじわるさんだから、ダメっておこったんだ」
「おじちゃん?誰のこと?」
不思議そうにリュシアンに聞き返した。
「えっとね、ばあちゃまといっしょだったところにきた、おじちゃん。ふぃあをつれてきて、ぼく、おにいちゃんになったの。だけどおじちゃん、かあさまにいじわるするからきらいなの!」
や、やめて!お義母様はネージュ様の母なのよ!
そう叫びたくなったけど無理やり口を塞ぐわけにもいかず、引き攣った笑顔で「ははっ」と笑うしかなかった。
子供を侮ってはいけない。言ってはいけないこと、言ってほしくないことを、こんな簡単にサラッと言うなんて!!
「ほほほほほっ。そうね、おじちゃんは……選択を間違えてしまったのよ」
「いじわるじゃなくて?」
言葉の意味がわからなくて首を横にこてんとするあどけないリュシアン。
「いじわるさんと言うより、頑固なの。それにあまり話をしないし、笑わないから怖く見えるかもしれないわね」
仲違いしているのにそんなこと言っちゃったらまた喧嘩になるのでは?
ネージュ様がこの場に居なくてホッとした。
「こわくはないよ。ただちょっと……かあさまにいじわるなだけなの」
「素直じゃないからあの子」
「あの子?おじちゃんは あの子じゃないよ?」
「ばあちゃまからすれば、おじちゃんも母様も、まだ子供なの。リュシアンと同じよ」
立ち話もとりあえず終わらせてお茶の用意をしている中庭のガゼホへと向かった。
そこならリュシアンも退屈しても外なので駆け回りやすいし、私としても安心できる。
お義母様の隣にリュシアンは座り、いろんな話を二人で楽しそうにしていた。
離れて暮らしていたのに、そんなこと忘れてしまうくらい二人は仲良しだった。
「リュシアンったらこの屋敷のばあちゃまのこと忘れてしまったのかしら?」
態とシクシク泣いて見せると「ばあちゃま、ばあちゃまもだいすきだよ!」と焦っているリュシアン。
私は静かにお茶を頂きながらこんな光景を微笑ましく見つめて幸せを噛み締めていた。
もうこんな風にみんなで会うことはできないかもしれない。
いつかリュシアンが大きくなってネージュ様の伯爵の地位を引き継ぐ時まで、こうしてお会いすることは難しいだろう。
もちろん個々で会うことはあっても。
醜聞が大好きな貴族の人たち。離縁した伯爵家の人と私が会っていればまた勝手に話を作り、どんな噂話ができてしまうのかわからない。
だから今回は公爵家の屋敷でお会いすることになった。
伯母様のお客様としてご招待させてもらった。
楽しい話をずっとしていたいけど時間はあっという間に過ぎてお義母様の帰る時間になってしまった。
帰り際。
「ルシナ、貴女には申し訳ないことをしてしまったわ。息子が嫌な思いをさせてごめんなさいね。私がそばにいてあげられたらもう少しマシだったのかもしれないのに」
後悔しているみたいだけど、お義母様とネージュ様の関係が悪化してしまうだけだったと予想される。そのことには触れず
「お母様のおかげで家庭の温かさを知ることができました。ネージュ様とは上手くいきませんでしたが、リュシアンを伯爵家の跡取りとしてみくださるのであれば私はリュシアンを伯爵家の当主として相応しい人間になれるように育てるつもりです」
「ネージュとも話し合ったの。もしリュシアンが大きくなってそのつもりがあれば譲るつもりよ」
「ネージュ様とお話ししたのですか?」
驚く私に苦笑いしたお義母様。
「ルシナを不幸にして離縁したんだもの。許せなくて、領地から急いで出て来て、ネージュと一線交えたの。お互い言いたいこと言って大喧嘩になったら、なぜかそれから今までまともに会話もしてこなかったのに言いたいことが話せるようになったの」
「よかったですね」
私とはまた違う親子関係でうまくいかなかった二人。
仲良くなったかはわからないけど会話ができるようになったと聞いて安心した。
「またリュシアンとも会いたいわ」
「はい」
人目のつかない場所で。
お互い目を合わせてなんとなく頷いてみせた。




