66話
数日後、私は父の前に。
檻の中に入った父はかなり髭が伸びていて髪はボサボサで、あんなにいつも身綺麗にしていた立派な姿だったはずの父の姿はどこにもなかった。
「笑いに来たのか?」
最初の一言を訊いて『ああやはりこの人は変わらないのね』と苦笑した。
「いいえ、訊きたかったのです……どうしてそこまで私と母を嫌うのか」
「…………どうして?」
私の質問に戸惑うというよりもなぜそんなことを訊くんだと言う顔をした父。
「愛してもいない女と結婚させられたんだ。それも金のために。その時の惨めな気持ちがお前に分かるか?」
侯爵家は金銭的に困っていた時期があった。不作が続き収入が減り、税を国に納めるのも困った時期があったらしい。
そこで母の実家の公爵家が融資するにあたり母との縁談が持ち上がった。
父はプライドの塊だったのだろう。両親に無理やり結婚を強要され、妻の家族に施しを受けることは腑が煮えくり返る思いだったらしいと最近になって伯父様が教えてくれた。
施しではなく協力だったのだが、受け止め方は人それぞれだ。
そのうえ、母はとても賢い人で、領地経営や財産運用、新しく始めた鉱山の発掘作業と売り込みなど善かれと思い色々と口出ししていたらしい。
母の行動は父のプライドを傷つけ過ぎた。
私が生まれ子育てに追われ父との確執は広がり修復不可能になっていた。もう二人の関係は破綻していた。
母が亡くなったら、今度は母に似た私が目障りになったらしい。
しかしそれでもそばに置き、私が母を求めて寂しそうにしている顔を見ていることが、母への復讐だった。
父の歪んだ感情は全て母への劣等感だった。
継母が私に対して取っていた態度、家族の私への仕打ちは、全て父が黙認していたのも、死んだ母への復讐。
私は血のつながった父に侯爵家の屋敷に捨てられたような感じだった。
「そんなに母を嫌いならどうして離縁しなかったのですか?」
「…………お前に何が分かる?」
「わからないから訊いているのです」
「俺より優秀で俺より財力があり、俺を……愛してなどいなかった女に、俺が出来るのは……嫌うことだけだ……そうするしかあいつは俺をみようともしなかった。俺は……あいつを………」
父はそれ以上話すのを拒否した。
何度か違う話を振っても無言だった。
「………帰ります。もう二度と貴方にお会いすることはないでしょう」
さよならは言わなかった。
背を向けて立ち去ろうとした時……
「お前は母親によく似ているんだ」
そう呟いた。
私はもう振り返らなかった。
あの人は母を愛していたのかもしれない。
だけど、優秀過ぎた母への劣等感から歪んでいき、亡くなってしまって行き場のない気持ちを今度は私にぶつけた……
うーん……いい迷惑だわ。
おかげで私も自己肯定感が低くなってしまってなかなか抜け出せないでいる。
前世の記憶が戻ってからは少し前向きになってはきたけど、やはり侯爵家から受けた日々の心の傷はなかなか治ることができない。
マシューが待っていてくれた。
「お疲れ様」
マシューは私の顔をじっと見つめ、ふっと笑うとまた髪をくしゃっとしてきた。
「もう!髪型が崩れちゃうわ!」
「帰ろう?リュシアンが待ってる」
「ええ、ついて来てくれてありがとう。お土産にあのカフェでお菓子を買って帰りたいのだけど?」
「もちろん!俺は何を買ってもらおうかな?」
「いくつでもお好きなだけ選んでね?」
「ルシナに奢ってもらえるなんてなかなかないからね、たくさん買っちゃおうかな」
軽口を言って私の気持ちを軽くしてくれるマシューに感謝した。
何も聞かないでくれる。
何も言わずにすむ。
多分父のことを少しでも質問されたら、私の涙腺は崩壊してしまう。
父は最後まで私を見てはくれなかった。あの人は母に囚われ母にだけ固執して、亡くなった今も母への歪んだ愛に生きていた。
そのために私を蔑ろにしようとどうでもいいのだ。
なのに数日後、一枚の手紙が届いた。
『息子を大切に』
そう一言だけ添えられた父からの手紙だった。私への謝罪も何もなく。
あのひとがリュシアンのことを気にした。
その日の夜はリュシアンを抱きしめながら眠りについた。
なぜか手紙を捨てられず、枕元に置いた。
涙が溢れて止まらなかった。




