63話
「………やぁっ」
腕を掴まれ痛がる小さな女の子。そんな女の子を心配するでもなく「早く歩きなさい!」と腕を掴み引き摺るように歩いている。
周囲も心配そうに気にして見てはいるけど誰も助けようとはしない。
婦人の服装はどこから見ても貴族夫人。平民では声をかけられそうもない。
「マシュー……」
私はマシューの服を掴んだ。
私の今の身分は……元伯爵夫人で元侯爵令嬢。今は、爵位もない、でも、平民でもない。
離縁した時にリュシアンは伯爵家の名を残し、いずれ爵位を継ぐこともできるようにした。そのため育ての母である私が平民になればリュシアンが困ったことになる。
でも侯爵家の名を名乗ることもしたくなかったし縁を切りたかった私は伯父様預かりの身分、後見人になってもらい貴族として名を残している。
国から身分証明書を受け取れば、公爵家預かりで、公爵家の名を名乗ることを許可されている。
そう、いつでも平民に突き落とされる身分ではあるけど、一応貴族の仲間に入れられている。だからと言って目の前の婦人にどこまで口を出せるのか……
躊躇しているとソフィアが転んでそのまま引き摺られた。
「やめて!ソフィア!」
マシューも私もソフィアに駆け寄った。
「大丈夫?」
掴まれていた婦人の手をソフィアから離した。
地面を引きずられ膝から血が出ていた。
「………あっ…………あっ、……う、うわあーーーんっ!!!」
私の顔を見るなりソフィアが地面に転んだまま泣き出した。その顔を見て胸が苦しくて思わず抱きしめた。
頭の上で「あなたは誰?勝手に他人の子供に何をしているの?警ら隊はいないの?この人を捕まえなさい!」と叫んでいた。
「あなたは子供に対して虐待に近いことをしていた。それを助けただけだ」
マシューは普段優しくて穏やかなのに、その声はとても怖かった。
「あなたは……エヴァリア小公爵…さま?」
驚いた声が聞こえてきた。
「ど、どうして私に声をかけるのかしら?私がこの子を引き取ったことはご存知でしょう?大人の言う事を聞かないこの子をただ連れて歩いていただけだわ」
動揺しながらも自分は何も悪くないと言う婦人。
「マシュー……」
ーーこの人はだれ?
「ルシナ、彼女はバーウェル子爵夫人で、ソフィアの後見人だよ」
「そう……」
私は二人が頭の上で話している間に持っていたハンカチでソフィアの膝の血を拭き、とりあえずハンカチで傷を塞ぐことにした。
ハンカチを包帯がわりに結んであげたけど血は滲んでいる。
「マシュー、うちのお店に行けば薬があるの。連れて行ってはダメ?」
マシューを見上げてお願いすると、マシューは少し困った顔をして「婦人、この子の傷の手当てをしてあげたいのですが?」と少しキツイ口調で聞いてくれた。
「…………し、仕方ないわね、ソフィアを誰か連れて行って!」
近くにいた護衛に声をかけたが、ソフィアがビクッとして震えていた。
「私が抱っこして連れて行きます。私のお店なので!」
護衛の人が悪いわけではない。でも今の状態のソフィアには大きな大人の人は怖く感じるだろう。
「ソフィア、抱っこしてもいいかしら?」
優しく声をかけると「かあさま」と小さな声で私に手を差し出した。
「な、なに?なんでこんな素直に抱っこされるの?いつも泣いてばかりで体に触れるのを嫌がるのにっ!」
「ソフィアは人懐っこい子供です。でも環境が変わってしまって戸惑っているのだと思います。まだ幼い子供です、少し時間をかけて向き合ってはいただけませんか?」
「わたくしのことをよく知りもしないでお説教などしないでちょうだい!」
「申し訳ございません。ただ、ソフィアのことを知っている者として余計なことを言ってしまいました」
私はソフィアのもう面倒を見てあげられる立場ではない。
ソフィアの本当の父であるルベルト伯は自国に連行されてその後裁判のもと処刑された。
レベッカ様ももうすぐ処刑されるらしい。
レベッカ様のお父様の辺境伯は、財産を没収され領民と共に復興をさせるため自らも体を動かし働いているそうだ。
そして罪人になった二人の子供であるソフィアを、辺境伯が引き取ることは許可されなかった。
ネージュ様も離縁して独身のためソフィアを育てることは難しい。
まぁ、彼に子育ての能力は皆無だと思うけど。あの頃だって私に押し付けていたし。
バーウェル子爵がなぜソフィアを引き取ったのか?疑問を持ちながらもここで聞くことはできなかった。
自分自身、いろいろとあり過ぎてソフィアのことにまで気は回らなかった。
ソフィアはどこかで優しい家族のもと暮らしているのだろうなんて思っていた。
お店で手当てをしてソフィアはバーウェル子爵婦人と帰って行った。
大泣きして泣き疲れたソフィアは抵抗することも嫌がることもなかった。
目覚めたらソフィアはあの婦人のもとでどんなふうに過ごすのだろう。
そう考えると胸を締め付けられる。
私にはソフィアを助ける力もないのに……
だけど………
「マシュー、王太子殿下が仰ったの。
『妻のせいで事件に巻き込んですまなかった。君に何かあった時は僕ができることだけど、一度だけ願いを聞いてあげよう』と」
「殿下へのお願いは、ソフィアのことだね?」
「うん。ソフィアを引き取りたいの」
「………苦労するよ?ソフィアは犯罪者の娘なんだ。守ることはできるのかい?」
「マシュー、私一人の力では限界があるわ。お願いします、助けてはもらえないかしら?育てるのはもちろん私一人で頑張る。ただ、ソフィアへの風当たりが強い時、助けて欲しい。こんなずるいお願いは本当はしてはいけないことはわかってる。だけど、あのままソフィアが不幸になるのを放ってはおけないの」




