62話
「ルシナ、仕事は捗っているかい?少しお茶でもして休憩しよう」
マシューは求婚してからというもの返事はゆっくりでもいいと言いつつ、何かと用事もないのに会いにくる。
リュシアンももちろんマシューには懐いているので「おじちゃま!あそぼっ!」とすぐに引っ付いて離れない。
商会の仕事に小公爵としての仕事、本当は寝る時間さえ取れないくらい忙しいはずなのに、私達のために時間を作ってくれる。
リュシアンに対しても悪いことをしたりわがままを言っても怒るわけではなく、わかるように諭してくれる。
もしこんな優しい人がリュシアンの父親なら……リュシアンも幸せになれる?
でもそれはマシューを利用しようとしているだけ、そんな狡いことを考えること自体なんて酷いことなんだろう。
マシューに対して失礼だわ。
でも結局すぐに答えは出なかった。
多分、マシューに対して恋愛的な感情なのかはわからないけど、とても尊敬しているし頼りにしているし、とても大切な人であることは変わらない。
だからこそ失いたくない。
私を助けにきてくれたネージュ様とはあれから会っていない。
助けてもらったことに感謝はしているし何かしらお礼をしたいとは思っているのだけどなかなか会うことは難しい。
一度離縁した私たちが会うことは醜聞になるし、今は特に色々と問題ばかり起こしてしまっている私は社交界でも噂が尽きない。
評判が悪いというより、私への同情的な面が多いけど、離縁したネージュ様が私を庇って刺されたり、今回も助けにこられたりと十分な話題を提供してしまっているので、今は静かに過ごしたい。
伯父様たちが話を聞きたくてうずうずしている貴族たちを上手く躱してくれているけど、表立って会うことも出来ないし、公爵家に招くのは居候の身としてもあまり良くないし、マシューが求婚してくれていることもあり会うのは難しい。
一応お礼状は書いて送ったのでこのまま時が過ぎてしまうのかもしれない。
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やっと生活も落ち着いて今は仕事と子育てにと忙しい日々を過ごしていた。
「ルシナ、今度新しくオープンしたカフェに行かないか?うちが出資してオープンした店なんだ。君が提案してくれたハーブティーやそれに合うお菓子も出しているし、他国から仕入れたコーヒーも出す予定なんだ」
「コーヒー?この国では紅茶がメインだから受け入れられるかしら?」
「俺は外国へ行くことも多いからコーヒーは飲む機会が多いんだ。コーヒーの生豆を輸入して売り出すつもりだ。焙煎する焙煎士も数人他国から雇ったんだ。これから何店舗も展開するつもりさ」
「嬉しい。コーヒーが飲めるなんて!」
仕事で街に出店している自分の店へ出かけることはあってものんびりと街を出歩くことはなかった。
今回のお出かけは公爵家の護衛騎士数名とメイドが付き添う大掛かりなお出掛けになってしまうので今回はリュシアンにはお留守番をしてもらう事になった。その代わり、大好きなクッキーをたくさん買ってくる約束になっている。
一人減っても護衛は見えないところにたくさん配置されていた。マシューと馬車を降り二人で街を散策して回った。
この世界に生まれてきてからの私は侯爵家に縛られ、伯爵家を女の腕一つで支えるため自由な時間なんてあまり取れなかった。
同じ場所に自分のお店があるのにこんなに街のことを知らないとは自分でも思っていなかった。
賑わい活気のある商店は平民たちがたくさん行き交う。そこから少し離れた場所には高級な店構えの一等地があり大きな馬車が乗り入れられるように道の真ん中に馬車用の道があり両脇に人が歩ける煉瓦造りの歩道がある。
街灯の一つ一つも手が混んでいて美しい街並みに思わずため息が溢れる。
優雅に歩く貴婦人や澄まし顔で歩く子どもたちもこの街にあっていて、まるで映画の世界に入り込んでいる感覚に陥る。
私のお店はこの全く違う二つの店たちの間にある、平民も貴族も立ち寄る場所の一角にある。
マシューが出店したカフェは富裕層の貴族たちをターゲットにした、高級なカフェで、店構えもお店の中もとても手が混んでいて洗練されたお店になっていた。
予約制でマシューの顔を見た店員は慌てることなく優雅に個室の席に案内してくれた。
広めの個室からバルコニーに出ることも出来てバルコニーから続く庭には色とりどりの綺麗な花たちが咲き、目を楽しませてくれた。
コーヒー豆の焙煎をする人はもちろんコーヒーを淹れる職人も雇っていて、前世で飲んでいた安価なコーヒーとは全く違い驚くほど美味しい。
コーヒーに合わせたケーキや菓子も他国から職人を招き入れこだわっていた。
「マシュー、このお店の空間は異国のようね?」
「気に入ってくれた?」
「ええ。とっても。ここのコーヒーはクセになりそう。毎日飲みたくなるわ」
「屋敷に帰っても飲めるように、豆は量り売りしているんだ。コーヒーを淹れるための器具も販売しているんだ」
「あら?このコーヒーは素人が淹れるには難しいんじゃないかしら?」
「コーヒーを淹れるのは屋敷の使用人だから、それなりに出来るんじゃない?」
「ねえ、仕事としてコーヒー器具を買った人に淹れ方の教室を開いては?」
「教室?」
眉根を寄せて意味がわからないという顔をしたマシュー。
「ここで飲んだコーヒーに近い味のコーヒーを淹れられれば使用人たちも主人たちに叱られないし喜ばれるわ。
コーヒーの淹れ方を教えてある程度の知識と技術を得た人に資格証を渡せば、その資格を得た人は仕事として屋敷で働かせてもらえるし、コーヒーが美味しければ売れ行きも良くなる。教室を開けば授業料ももらえるし、悪くないと思うわ」
「うーん、確かに素人がコーヒーを淹れても美味しくはないか……少し考えてみるよ」
「ふふっ。絶対上手くいくわ。こんな美味しいコーヒーなら毎日飲みたいと思ってしまうもの」
カフェで過ごす時間はゆったりとしていたはずなのに、二人でつい話すのは商売の話になって、「ルシナといると甘い時間にならないな」と苦笑された。
だけど私はマシューとこんな時間を過ごすのもとても楽しくて。
店を出て私の出店している通りを歩いている時に、ソフィアに会わなければ楽しい時間で終わっていただろう。
「………ソフィア?」
マシューと二人並んで歩いていた時、まだ小さなソフィアはどこかの婦人に泣きじゃくっているのに無理やり引っ張られながら歩いていた。




