59話
「…………ル…シナ」
遠くから声が聞こえる。
「だれ?お願い、ここから出してください!!助けて!!」
何度も椅子を扉にぶつけた。
ここにいるんだと。
居場所を知って欲しくて。
どれくらい叩き続けたのだろう。
手が痛い。もう力が入らなくて肩で息をしてハァハァ言って声も掠れた。
生きてきてこんなに大きな声を出したことも力いっぱい何かを叩いたこともない。
いつも他人の目を気にしていつも他人のご機嫌を窺って心を殺して生きてきた。
記憶をなくしていた時のわたしですらここまで大きな声は出していない。
リュシアンに会いたい。
「た、助け…てください………」
「…………お……こ……」
声が聞こえた。
「ここですっ!」
椅子を持つ力すら使い果たして、扉を力なく手で叩いた。
「扉から離れて!」
ああ、助かった。
「は、はい」
急いで扉から離れた。
ガタッ。バンッ。ガチャガチャッ。
扉が壊されていく。
支配から解放されていく。
私は壊されていく扉をただじっと見つめた。そこに希望を……わずかだけど感じながら………
今度こそこの屋敷からの支配から逃れられる……
もうビクビクした人生から逃れられる……
「ルシナっ!」
一番最初に入ってきたのは信じられない人だった。
ーーえっ?どうして?
目の前に現れたのは私のせいで大怪我をして意識が戻らずベッドでぐったりとしていたはずのネージュ様……
「ネージュ……様?」
「大丈夫か?」
「………はい、貴方こそ……」
「とにかく早くここから出よう」
「あっ……はい」
そう、ここから一刻も早く出たかった。
私は彼の差し出された手に手を伸ばした。
物置部屋から出ると、マシューがいた。
マシューはどこか話しかけにくい感じで遠巻きに私を見ていた。
私は……「マシュー」と呟いた。
マシューはその声に気がついて私を逸らさず見つめてきた。
ネージュ様の手をいつの間にか離して、マシューのもとへと歩を進めた。
「マシュー、マシュー」
「ルシナ、すまなかった。助け出すのに時間がかかって」
すまなそうに唇を噛み締めた。
「ううん。ありがとう……ミシェに侯爵家の情報を集めてもらっていて、あの人たちが皆夜会に出席する時に逃げ出そうかと考えていたの。ただ、私が逃げ出して残された使用人たちが酷い目に遭うかもしれないと思うとどうしようか悩んでしまって……リュシアンに会いたくて、何があってもここから逃げるんだと思い続けていたの」
「侯爵たちは捕らえたよ。これから事情聴取が始まる。君を連れ去り監禁したことはもちろん資金繰りに困った侯爵は人身売買に手を出していたんだ。その証拠や証言を確実なものにするためこの屋敷に家宅捜査に入ったんだ。時間がかかってしまってごめんな。リュシアンは君が帰ってくるのをずっと待ってる」
「ねぇ?どうしてネージュ様が……」
「ああ、君が居なくなってからしばらくして目覚めて今は動けるまでになったんだ。君が攫われたと知って今回の家宅捜査についてくると聞かなくてね。まだ完治はしていないのに、必死で……」
「必死で動けるようになったんだ」
背後からなんとも言えない顔をしたネージュ様が話に入ってきた。
「のんびりとベッドに横になってるわけにはいかないだろう?君を助けたつもりが君はまた攫われて」
「助かってよかったです」
「ああ、心配かけてすまなかった。ルシナ、君も思ったよりも元気そうで安心した」
私は自分の足で階段を下りて日差しが入る部屋を通り、屋敷を出た。
見知らぬ新しく入った使用人たちは私の姿に冷たい視線を送ってきたけど、ミシェたち昔からの使用人たちは涙を浮かべて優しい目で見送ってくれた。
私は屋敷の玄関を出る時、昔からの使用人が集まっている場所へ顔を向けた。
「ありがとう、みんな。何か困ったことがあったら相談に来てくださいね」
侯爵家がこれからどうなるかわからない。だけどここで働いた使用人たちが他所で働くのは難しいかもしれない。侯爵家からの紹介状は信用を失っているのであまり意味を持たないし、当主たちが捕まりまず書くことすらできないで解雇されるだろう。
それなら一時的にでも私が始めた仕事を手伝ってもらうこともできるし、公爵家の屋敷の人手不足の場所で働いてもらうこともできる。
私に対して冷遇してきた使用人に対しては何も言うことはない。
「わ、わたしたちは……」
「我々はどうしたらいいのですか?」
私をあそこに閉じ込めて何度も懇願したのに無視し、一言すら発しなかった人たちが、助け出されたばかりの私に何を言ってるのだろう。
私はそこまで優しくない。
聞こえなかったふりをしてそのまま無視して私はマシューの手を取り屋敷を出た。
「リュシアンはずっと我儘も言わず我慢してお利口にしていたよ」
「早くリュシアンを抱きしめてあげたい」
「たくさん抱きしめてあげて」
「うん、そうする」
ネージュ様は少し離れてついてきた。
私とマシューを守るように。
「なんでわたしが連れて行かれなければいけないのよ!」
「おい、離せ!」
「触らないでちょうだいな!わたくしは侯爵夫人よ!」
三人は騎士達に腕を掴まれて無理やり馬車に乗せられていた。
何故こんなことになっているのか納得がいかないのだろう。喚き散らし、悪態をついていた。
今まで贅沢をして傲慢に生きてきた三人。侯爵家が破綻したらこの人たちはいったいどうなるのかしら?
でも、私の知ったことではない。だって私はここの侯爵家の家族ではなかったのだもの。
マシューは優しく私の肩を抱いて「帰ろう」と言ってくれた。




