58話
いつものように机に向かい執務に集中していた。お父様に褒めてもらいたくて頑張ってきた仕事の手伝いは結婚してからも伯爵家でも活かされた。
リュシアンに会いたい。早くここから逃げ出したい。
だけど、この屋敷は護衛たちがしっかり門の出入り口に立っていて私を簡単に外には出してはくれないだろう。
ここで暮らしていた日々、この屋敷からの外出は自由にさせてもらえなかったことを思い出す。
何度か外に出たくて裏門から抜け出そうとした。でも護衛たちに見つかり、継母は嬉しそうに父に言いつけ、私は折檻された。
腕を、太腿を鞭で打たれ食事を抜かされ、この物置部屋に連れてこられ、数日を過ごす。
そして今と同じ、侯爵家の執務をさせられた。
たくさんの書類に目を通し、精査して、大切な書類を抜き出し書き写しまとめ、父に渡せるようにする。
忙しい父の手間を少しでも減らすのが私の役目。
それは今も同じ。
振り向いて欲しくて、愛して欲しくて。
今は……もうあの人の愛なんていらない。
だから私を解放して欲しい。
仕事は真面目にするから。侯爵家を立て直せるように頑張るから。
侯爵様にそう伝えて欲しいと執事に何度か伝言を頼んだ。でも彼は表情を変える事なく返事もしてくれない。
「はああぁ」
ペンを机に置き、両手で頭を抱えてため息をつく。
いい加減になんとかこの屋敷から抜け出さないと。
そう思いながら物置部屋をぐるりと眺めていると「へぇ、こんなところで暮らしていたのね?」と忘れていたけど、忘れられない異母妹の声が聞こえてきた。
扉を開けて私の姿を見つけるとクスリと笑った異母妹は、屋敷の中だと言うのにとても派手なドレスを着てしっかりメイクをしてとても華やかだった。
このドレス、私が提案したものを誰かが真似て、派手にギラギラと飾りをつけレースもお構いなしに縫いつけて……せっかくの綺麗なAラインのドレスがなんだか派手なだけで品がなくなっていた。
「お姉様、こんなところに押し込められてお父様のお仕事を手伝っているんですって?一生飼い殺しにされてこんな場所で生きていくのね?お似合いだわ」
クスクスと楽しそうに笑う。
汚い物置部屋の中に入ってこようとしない。内心こんなところだけどここの部屋に居てよかったと思った。
この子は、気にいらないと私を平気で罵ったり叩いてきたりする。
「私はここを出て行きます。もう縁は切れているはずです。伯父様が侯爵家から私の籍を抜いたと聞いています。侯爵様も了承していたはずです。なのでここにいること自体不当なことです」
知らなかったようだ。顔を真っ赤にして怒っていた。
「お父様は自分の娘を連れ帰っただけだと仰っているわ!」
苛立ちからか語気が荒くなった。
今まで私のことなんて気にもしていなかったはず。だってひと月以上誰も接してこなかったんだもの。
「あんたは、ここに、自分の意思できたの!わかった?お父様が大変な時だからあんたは心配してきたの!しっかり頭に入れておいてちょうだい!」
少しヒステリック気味に声が大きい。
どうしたの?何かあった?
扉は開けたままで、遠くから何だか喚いているうるさいたくさんの声がかすかに耳に聞こえてきた。
異母妹にも聞こえてきているのだろう。
「いい?あんたはここで静かにしていなさい!」
バタンっと扉を閉めたと思ったら鍵をかけている音が聞こえた。
今まではトイレや入浴のため、鍵は閉められていなかった。
ただ、下の階へ行くための階段の扉の鍵は閉められていたので、逃げ出すことはできなかった。
はあ……ここを閉めたら私トイレどうするの?一番頭の痛いところだ。まだ今は行かなくてもいいけど……
この騒がしさは、もしかしたらマシューたちが動いてくれているのかもしれない。
そんな期待を持ったのは、ミシェからの情報だった。
侯爵が慌ただしく屋敷を出入りしていると言っていた。
門番や護衛の数も増やして、外からの人の出入りも厳しくチェックしていた。
それに義兄のジョンソンがいつもなら仕事もせずに遊び歩いてたまに父の気を引くために、遊び仲間から聞いた情報をもとに投資をして失敗したり、事業を起こしては赤字で潰れたりしていたあの義兄が、父の執務室で父と共に仕事をしているらしい。
なんの仕事をしていたのか……面倒な仕分けなどの細かい作業は今ここで私がしている。あとは侯爵が目を通して決裁を行えばいい。
義兄が後を継ぐために勉強がてら仕事をしている?そんなわけがない。
あの人は努力など大っ嫌いな人。
私がいることで仕事は楽になっているのに、そんな真面目に仕事をする人ではないもの。楽をして生きてきた人なんだから。
この物置部屋は、屋敷の中からここの場所を探すのはとても難しい。
だって扉は父の寝室からしか開けられない。扉を開けて階段を上りさらに扉を開けると、物置部屋がある。
でも実際は、物置部屋ではなく、隠し部屋なのだ。だから、トイレやお風呂も作られていた。
まるで私を監禁するための部屋のようだ。
遠くから聞こえた声は今は閉められているからなのか聞こえない。やはりここを探し当てるのは難しいのか……
それでも自分が今できること……
椅子を持ち上げ、扉に向かって何度も叩きつけた。
誰かここにいることに気がついて!!
ドン!ドン!
大きな音を立て続けた。




