57話
「お嬢様……」
深夜になるとこっそり顔を出すのはメイドのミシェ。
初めの頃はただ黙々と仕事をする日々だった。毎日執事に息子に会いたいと訴えるも返事はなく、泣き続ける日々の中、夜中に扉を叩く音に「誰?」と聞くと「私です、ミシェです」と答えた。
私に同情してくれていた使用人達がお母様の遺品を捨てられないように隠してくれていた。記憶を失っていた時にここにきた。帰る時私に母の遺品を持たせてくれた使用人の一人で、ここで暮らしていた頃、何かとお世話をしてくれたミシェ。
「ミシェ?」
「はい、なかなか顔を出せなくてすみません」
申し訳なさそうに何度も頭を下げるミシェに苦笑した。
「ううん、こんな所だけど中に入ってちょうだい」
机と椅子だけはきちんとしたものを用意されていた。あとは不要になったベッドや家具がたくさん置かれた物置部屋、不要になったベッドの上に毛布を被って眠っている。
そんな場所だけど、ミシェからすれば仕事上来たことがある場所なのだろう。埃も掃除をしていない汚い物置部屋なのに嫌な顔もせず入ってきた。
「失礼致します」
「この前はありがとう。みんなにもよろしく伝えてね」
この部屋にいては誰にも会うことはないので、ミシェにお願いした。みんなのおかげで捨てられるはずだったお母様の思い出の品を持ち帰れた。ゆっくりお礼も言えずにいたので気になっていた。
「………古くから働いていた者達はクビになったり違う場所に追いやられたりして、ルシナ様のそばに近寄ることができなくなりました」
ミシェは辛そうな顔をした。
「辞めさせられたの?私のせいで?」
その言葉に横に首を振ったミシェ。
「じゃあ何故?」
「………奥様とカトリーヌ様が昔からいる使用人達が気に入らないと辞めさせたんです。少しでも反抗的な態度を取った者たちは紹介状も渡されず追い出されました」
「父は?止めなかったの?昔からの使用人はこの侯爵家にとっても重要だわ。屋敷での仕事はもちろん、大切なお客様の一つ一つの好みから人間関係を把握していて臨機応変に対応できるし、侯爵家の多岐にわたる仕事だって彼らがいるからこそこなせるんだもの」
「………そう言っていただけると嬉しい限りです。ですが、他の方達はそうは思っていないようで、少しでも仕事のことで口を挟んだり間違っていることを伝えれば嫌な顔をされます。使用人の言葉など聞くに耐えないのだと思います」
「そう……今の私では何の力にもなれないのが悔しい。せめてここから出られれば……」
「お助けできなくてすみません」
「ううん、ミシェが私のせいで職を失うことになっては困るわ」
「申し訳ございません」
何度も何度も謝って、私の方が気の毒になってしまう。
「ミシェ、お願いがあるの。もし夜中でもいいから時間があったら顔を出して欲しいの。そして今のここの屋敷の状況をわかるだけでいいから教えて欲しい」
「毎日来るのは難しいですが、様子を見てまたここにきます。ただ……新しい使用人たちが増えて私達は動きにくい状態にありますので、約束は難しいです」
「無理はしないでね?出来ればで、いいから。私もしばらくはここで真面目に執務をして過ごすわ。そうすれば父も油断して私が逃げ出す機会もできるかもしれないから」
「リュシアン坊ちゃん、大きくなられたでしょうね?生まれたばかりの頃お会いしただけなので………少しでも早くリュシアン坊ちゃんの元へ帰れたらいいですね。私達もほんの少しでも協力させてください」
「ありがとう……ところで父は今何をしているのかしら?」
ここに無理やり連れてきたくせに一度も私を訪ねない。ただ、仕事をふってくるだけ。
「旦那様は執務室に入室なさるとあまり部屋から出てきません。ここのお屋敷は借金のカタにとられてしまうとか噂されています」
「借金?そこまで悪化しているの?
侯爵家はそこまで追い詰められているの?」
「ジョンソン様が投資に失敗されて……」
「義兄?あの人ならやりかねないわね」
義兄は父に認められたくて、早く成果が出せる上手い話に乗ってしまったらしい。
「だから帳面は仕事で回ってこないのね。わかっわ、色々と心配させたわね」
こうしてなんとか日々を過ごした。私が監禁されてひと月を過ぎてしまっていた。




