54話
「申し訳ございません、侯爵様」
部屋に入って早々に怒鳴られた。記憶がなかった頃の私は、この人に強気な態度を取ることができた。
でも記憶が戻ればやはり苦手だしどうしても萎縮してしまう。
「は?どうした?この前の太々しい態度と一変しているが?」
「………記憶が戻りました」
「あれだけの態度をとっておいてよくもそんな態度が取れるな?跪いて許しを乞おうとは思わないのか?」
跪いて?態度は確かにいいとは言えなかった。でも……
私は首を横に振った。
「私では言えなかったことを、あの時のわたしが言ったのです。許しは……要りません。本日は先触れもなく来られたのはどうしてか伺いたくてお会いすることにしました」
それにこの人を使用人では追い返すことはできないし。
「生意気な!お前に先触れ?お前は私の指示に従い生きていけばいいんだ。それなのに勝手に離縁して商売を始め、今では流行の最先端としてたくさんのものを生み出して名を馳せている?さらには王太子殿下にまで名を知られ、注目を浴びた」
吐き捨てるように「お前自身になんの価値もないくせに!」と睨みつけられた。
「価値はひとがつけるのです。私は、今自分ができることを必死で頑張っているだけです。もう貴方に認めてもらいたいという思いは捨てました。自分のために……リュシアンの良き母でいるために、頑張っているのです」
「良き母?はっ?笑わせるな。
兄や妹と違い不真面目で愛想もなく家族から愛されることもなかったお前が立派な母親になれると思っているのか?」
「貴方達からの愛を欲しいと確かに願っていた時もありました」
(ずっと……だけど……もう要らない)
「でも、私は……この公爵家で家族ができて幸せなんです。もう貴方達と関わることはありません。どうぞお引き取りください」
「血のつながった私と関わらない?お前は侯爵家のために働いてもらう。そのために迎えにきたんだ」
伯父様達がいれば……でも態々誰もいないのを狙ってここに?どこで知ったの?
この屋敷に侯爵家の息のかかった者がいる?
父の後ろに控えていた侯爵家の護衛騎士が突然私の後ろに回りハンカチらしき物を口に当てて、「やっ」抵抗した。
公爵家の屋敷だからと安心して護衛を一人もつけていなかったが、父は四人の護衛をそばに置いていたのを見て何かするかも?と一瞬考えたが、『まさか』と思ったし、今更慌てて護衛を増やすのもおかしいと思ってしまった。
判断ミスだ。
でもこの公爵家で私を連れ去ることができる?
でも……侯爵家の内通者がいるようだ。もしかしてその人が手助けしてしまったら……
「お前がわたしに逆らうなど絶対許さない。お前の母親もわたしに逆らってお前を守ろうとして何度傷を負ったか……馬鹿な女だ」
わたしは口を塞がれそのまま意識を手放した。
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「早く連れていけ」
表情を変えず頭を下げて護衛騎士達はルシナを担ぎ、公爵家の使用人のメイド二人が持ってきた洗濯物を入れる押し車に意識を失ったルシナを隠した。
そしてメイド二人は堂々と屋敷の外にルシナを連れ出し外の裏門で待っていた侯爵家の男の使用人に引き渡した。
「手間をかけさせおって」
そして「見送りはいらない。ルシナはわたしからの提案を一人で考えたいと部屋に残っている。しばらく一人にさせてやってくれ」と言い残し部屋を出た。
「お前は?」
廊下でたまたま出会った小さな子供に侯爵は眉根を寄せた。
嫁ぎ先だった伯爵にどことなく顔が似ていた。そしてルシナにも。
「ぼく、リュシアンです」
「………そうか」
「おじちゃんは?」
「わたしか?わたしは……ただの客だ」
「ふうん、かあさまの おきゃくさま?」
「ああ、そうだ」
「また、くる?」
「いや、こないだろう」
「ええっ?なんで?かあさまが 『だいじなおきゃくさま』って!いってた。だから、たからもの?だよね?おじちゃん!」




