53話
妃殿下との面会の後、マシューと馬車に乗ってリュシアンのもとへ帰る。
馬車の中マシューはとても不機嫌で私と話そうとしなかった。
自分の命を簡単に捨てると言った私の発言にとても怒っていた。
目の前に座るマシューは窓へ視線を向けたまま私を見ようとしない。
「………」
「………」
私もすぐに声をかければいいのはわかっているけど、こんなに怒ったマシューは初めてで、どうしたらいいのかわからない。
せめて……文句なり何か言ってくれればいいのだけど。
チラチラとマシューを気にしつつ仕方なく俯いたまま静かに馬車の中座っていると、ガタッと馬車が揺れた。
「きゃっ!」
「ルシナ!」
床に倒れそうになった私を慌てて抱き止めてくれた。
マシューの胸の中に顔が思いっきり埋まった。マシューに抱きしめられた状態だったのでなんとか顔を動かした。
「……ご、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
なんだか恥ずかしい。
「……いや、俺こそごめん」
頭の上でマシューの声が聞こえてきて、ハッとして彼の腕の中から慌てて離れた。
うっ……なんだか気まずい。
座席に座りなおすとお互い「あ、あの……」「う、うん……」とそれからまた沈黙。
「………なぁ、ルシナ……ウォーレン伯爵がまだ意識が戻らないのは心配なことだとわかる。君たちを助けるために代わりに刺されてしまったんだから。
でも悪いのは妃殿下であって君じゃない。それに、妃殿下に死ねと言われて死ぬなんておかしいと思わないのか?たとえリュシアンが成人になった後に死ぬと言ってもリュシアンは君が死んでしまうことをとても悲しむはずだ」
「………うん」
「自分が何もかも悪いなんて思う必要はない。悪いことをしたのは本人だ、それを他人のせいにして自分の罪から少しでも逃れようとする方がおかしい」
「………うん、でも……」
「自己肯定感が低すぎるのも、なんでもすぐに『自分が』と思い込むのももう終わりにしないか?君は立派に生きている。いい母親だし、仕事だって貴族で女性でそこまで成功した人がどれだけいるだろう?もう胸を張って生きていけばいい。俺も父上も君のためならいくらでも力になる。これまで君を助けてあげられなかったんだ。甘えて欲しい」
「マシュー………ありがとう」
マシュー達は私を引き取り助けられなかったことをとても後悔して、今も私とリュシアンに対してなんとかしようといつも優しくしてくれている。
その優しさに甘えている自分が悔しい。
もっと強くならないと……リュシアンの母親として生きていかなければいけないのに。
自分の弱さが情けない。記憶を失っていたときは、あんなに強気でいられたのに。ルシナとして育った長年の自分の性格を壊せない。
妃殿下への想いがいっぱいになり簡単に死を受け入れようとした自分に後悔しかない。
死ぬなんて約束……してはいけなかった。
私はリュシアンの母親なんだから。
でも………私をあの頃、生きたいと思わせてくれた大切な人だった。
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屋敷に帰るとリュシアンが駆け寄って抱きついてきた。
「おかえりなさい!」
私の大切な息子。
私は無意識に強く抱きしめていたみたい。
「かあさま?くるしいよ」
「ごめんなさい、リュシアンの顔を見たら嬉しくて」
「ええっ?ぼくのおかお?ふふっ、ぼくもかあさまといっしょ、うれしいよ」
ソファで二人でくつろいでたくさん話した。
リュシアンはお留守番の間、メイド達とかくれんぼをして遊んだらしい。
そしてお絵描きしたり絵本を読んだり、たくさん楽しいことをして過ごしたと話してくれた。
コンコンッ。
「はい?」
「失礼致します」
困り顔の執事が部屋に入ってきて私のそばに来ると申し訳なさそうに言った。
「ルシナ様……あの……お客様が来られております」
「お客様?今日は誰も来る予定なかったはずだけど?」
「突然訪ねてこられました」
「誰かしら?」
「………ガレイラ侯爵様です……先触れもございませんでしたので帰っていただきましょうか?」
執事がそのように対応するのは仕事なので、もちろんそうお願いしてもいいのだけど。
「………あの方のことだから何を言い出すか……貴方に迷惑をかけてしまうわ……対応に困るでしょう?」
「旦那様は朝から陛下に呼ばれ王城へ行かれております。マティアス様も帰ってからすぐ商会の打ち合わせで出掛けられました。ですので私の仕事でございます」
お二人がいないことはもちろん知っていた。伯母様も今は静養で領地で過ごしているので不在だし……
侯爵様とは私一人で対応するしかない……気は重いけど屋敷の者達に迷惑はかけられない。
「客室にお通してちょうだい。すぐに支度をして会うわ」
「かあさま?」
「リュシアン、せっかく楽しくおしゃべりをしていたのだけど、ごめんなさい。お客様が来られたので会わないといけないの」
「おきゃくさま?」
「ええ、そうよ」
リュシアンのお祖父様でもあるのだけど、何度か会ったことはある。
赤ちゃんだったリュシアンにほとんど興味を示さなかったし、抱っこすらしなかった。
だからリュシアンには『お祖父様』であることは伝えないで部屋で待っていてもらうことにした。
客室へ行くと不機嫌そうにソファに座る侯爵様がいた。
「お待たせいたしました」
「遅い!」
相変わらずの怒鳴り声にやはり萎縮して体が硬直してしまう。




