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いずれ破棄する婚約関係 ー1ー


 次の日、ほどよい眠気と共に目を覚ました。


 ぼんやりとする頭で記憶を手繰り寄せる。 


 ――昨日、リアン・シェフラを連れて帰って来たんだっけ……?


 首に手を触れるとそこには包帯の感触があり、この包帯が昨日のことを鮮明に思い出させる。


 ……リアンに、会いに行こう。


 服を着替えて廊下にでる。


 この家は無駄に広く、尚且つ空き部屋が沢山あった。

 そのためリアンの部屋は比較的私の部屋のすぐそばにすることが出来たのだ。

 

「私だけど、入るよ」


 ノックをして声をかけ返事を待たずに扉を開ける。


「昨晩は大変だったけど気分はどう?」

「……昨晩は助けていただきありがとうございました」


 私を見るとリアンはすぐに立ち上がり頭を下げる。


「別にあなたの為ではないから。気にしないで」


 そう告げるとリアンは顔を上げた。


 柔らかそうな紫がかった青い髪に、柔らかい赤紫の瞳。


 昨夜は暗くてよく見えなかったが明るい所で見ると正しく美少年だ。


「昨日の話、覚えてる?」


 問いかけると、リアンは重々しく首を縦に振った。


「私はあなたを飼うっていったけど、あいにく人間をペットにする趣味は持ち合わせていないの」


 そう告げるとリアンは顔を上げる。

 その表情にはありありと困惑が浮かんでいた。


「でも、何もしない子を庇い続けてあげるほど私は寛容じゃない……だから、あなたに仕事をあげる」


 仕事、という言葉でリアンの背筋が伸びるのが見えた。

 

「私からあなたに与える仕事は一つ。私の付き人になること、そうすればあなたはこの家に使用人として住み続けられる」


 まあ使用人になったら部屋は使用人の寮に移動だろうけど。


 私の言葉に彼は不思議そうに首を傾げた。


「……お言葉ですが、公爵家のご令嬢ですよね? 専属のメイドなんかは……」

「いないからあなたに頼んでいるのよ」


 そう言うとリアンは気まずそうな表情をしたがその変化に気づかないふりをして話を続ける。


「まあそういうことだからあなたにこの国での名前をあげる。戸籍がないと色々と大変でしょう?」


 話を無理やりつなげるとリアンはさらに不思議そうな表情をした。


「名前ですか? ……僕にはすでにリアン・シェフラという名前が……」

「――いいの? リアン・シェフラのまま膝を折って」


 そう言うとリアンは一瞬固まるとグッと耐えるような表情をして黙ってしまった。


 頑張って考えて導き出した私がリアンにできる最大限の配慮。

 リアン・シェフラの名を傷つけるつもりはないという意思の表明。


 ……それにもしもの時の為になるべく摩擦は少なく抑えたいし。


「――つるぎ。今からこの国では(つるぎ)と名乗りなさい」


 名づけということでちょっとした願掛けのつもりだ。

 もしもの時、私の剣になってくれたらどれほど良いか……まあだいぶ低い可能性の話ではあるけど。


「苗字は、そうねー……夜透(やとう)なんてどう? 夜に透けるで夜透。今日からこの国で貴方は夜透剱として私に仕えるの」

「……夜透、剱。」


 何度も口の中で反芻する姿をみて、嫌ではなさそうで安心する。


「文句がないならこれで戸籍は作っておく。流石に爵位はあげられないから平民だけど……他に何か欲しいものはある?」


 剱は少し考えるような仕草をしすぐ顔を上げると遠慮気味に口を開いた。


「……剣術を習いたいです」




 ◇


 


 普段は絶対に自分からは訪れないが頼みたいことが出来たためしかなく執務室の扉を叩いた。


「身体の調子はもういいのか?」

「ご心配痛み入ります」


 中に入ると公爵が書類から顔を上げ話しかけてくる。


「それより昨日はなぜ、あんな時間にあんな所にいた? あんな所まで出向かなくとも……」


 ――なるほど、公爵は問いただしたいわけだ。……この話題はめんどくさいな。

 

 私は目的があってここに来た。こんな面倒な話をしに来たわけではない。

 

「私にとって必要な外出だったからです。それよりも剱に剣術を習わせたいので教師を手配していただきたいのですが可能ですか?」


 さっさと話題の路線を変えてしまおう。と、自分のしたい話を提示する。


「……剱とは誰だ?」

「昨晩連れ帰って来た子の名前です。この国の戸籍をあげようと思って」


 そう告げると公爵は頭を押さえた。

 困ったことを言っている自覚はあるが、譲れないし譲る気は毛頭ない。


「……なぜ、そこまであの者を気にする」


 公爵が絞り出すように出した質問を小馬鹿にするように小さく笑う。


「私にはメイドもお付きもいないので自分で用意しようと思ったまでの話です」

「珀、私は……」


 苦しげに何かを言おうとした公爵の言葉を遮る。


「それに、かわいいペットの要望をなるべく叶えてあげたいと思うのは飼い主の性だと思いますが……おかしなことですか?」


 貴方が頷かないのなら何度でも言おうじゃないか。

 私は昨日、奴隷を拾ったのではなくペットを拾ったのだと。


 意思が曲がることは無いと感じたのか、公爵は苦虫を嚙み潰したような表情をして一つ頷いた。


「……わかった、教師を手配しておこう」

「ありがとうございます。あと、出来れば私も魔法を習いたいのですが」

「それも手配しておく……だが! あの者はこの家でお前の専属の付き人として雇う」


 それは……つまり家の財産から剱のお給料などを出すという事だ。

 全然自分の手持ちから出す気でいたためありがたい限りだが、どういう風の吹き回しだ?


「……もう一つ、お前に大事な話がある」


 そんな気持ちを知ってか知らずか公爵は急に真剣な顔つきになり私に向き直ると一言告げた。


「急で申し訳ないが、お前に婚約の話が来ている」





 ◇

 



「お初にお目にかかります。(サザン)よりまいりました、褐神家次男、褐神(かがみ)(きょう)と申します」


 目の前で万人が好むような完璧な笑みを浮かべ佇む美少年に笑みを返す気にもなれない。


「お初にお目にかかります。(イースタン)、巫家長女の巫珀と申します」


 しかし、挨拶はしっかり返し少年を再度しっかりと見る。 


 臙脂えんじ色の髪にローズグレイの優しい瞳。


 記憶が間違っていなければこの少年はゲームの攻略対象の内の一人、珀の二歳年上で好きな人の為に何でもこなすタイプの仕事人。そして南領次期当主。


 私が覚えている中では恐らく一番の危険人物だ。


 ……まず、どうして褐神家は巫家と婚約を結んだのかだな。


 この婚約をどうにかするにあたって気になったのはそこだ。


 南の公爵家の次男と東の公爵家の一人娘の婚約。

 しかも急に決まったとなればきな臭くない訳がない。


 客室でお茶を入れてくれている響を眺めながら考える。


 ……なんで、彼がお茶を入れいているんだ? 使用人は……。


 ぼんやりと思考しているとふと思い出した。

 この婚約は褐神側が申し込んだ婚約だったはずだ。


 南の国は財政難に陥っていて、その財政難を立て直すまでの間色々な形で助けてほしいがために、なりふり構わず他の地位の高い家に婚約を申し込んだ。


 紅茶を入れ終わったのか目の前のティーカップが置かれる。


 なるほど……婚約を切られるとまずいから、彼は今悪魔と名高い少女に必死になって奉仕しているわけだ。


 入れられた紅茶を手に取り一口飲む。

 目の前でにこやかな表情を浮かべる少年に対して浮かんだのはほんの少しの同情だった。


 可哀想にね、私の婚約者になるのは本当は長男だったんでしょう?


 この婚約は決して彼の望んだものではない。




 ▽


 


 財政難に陥っていた褐神家は様々な家と婚約を結び、その家々の手助けもあり何とか持っているような状態だった。


 そんな家を何とか建て直したい響だったが次男の為、長男より出過ぎた発言は出来ないといつも後ろの方で大人しくしていた。


 しかし、響には家を建て直すための考えがあった。


 だが、言えない。自分は長男ではないのだから図々しく提案なんて出来るわけがなかった。


 そんな中、彼に声をかけたのが主人公の少女だった。


 少女に話を聞いてもらい、少女に勇気を貰い背中を押してもらった次男は才能を発揮しその手腕で見事家は立て直される。


 少年はとても感謝した。


 自分の、褐神響としての思いを初めてしっかりと聞き、それを家族へ伝える勇気をくれたのはあなただと。


 そして少年ははっきりと理解していた。


 目の前の少女への恋慕を。


 しかしそれは許されない。 


 彼女は平民、自身は公爵家の息子。地位が違いすぎる。 


 今こうして会話ができるのは学園が平等を謳っているからだ。


「何か、お礼をさせてください。あなたの為に私は何が出来ますか?」


 だからこそ、学園にいるうちにこの少女になにかしてあげたい。

 少しでも、この少女との関わりが欲しい。


 少女は少々恥じらいながら、しかし確固たる意志を瞳に宿しながら少年に告げる。


「もし、可能であればなのですが……あなたたちと肩を並べられる地位が欲しいのです。そうすればずぅっと一緒にいられますから……」


 ねぇ、だから――手伝っていただけませんか?


 そんな悪魔の囁きに対してその瞳に確かな恋情を宿した彼は告げるのだ。


 ――あなたが望むのなら(わたくし)は何でもやってのけましょう。と。


 これは恋に狂う一人目の少年の話。

 長年一緒にいた婚約者に大した情も抱かず、一人の少女の為にすべてを捧げた少年のお話。



 △


 

「また会いに来ます。いつ頃が――」

「今、南は大変らしいですね」


 にこやかだった響の表情が一瞬で困惑に変化したの確かに感じ取った。

 持っているティーカップを置き、響に背を向けドアノブに手をかける。


「あなたの家が立て直すまで婚約は続けてさしあげます。しかし、会いに来て頂く必要はありません」


 互いに望んでいない婚約がもたらすものは悲劇だ。

 近い将来この少年の手回しのせいで珀は地位まで奪われることになる。


 いつも通りあまり珀には良い印象を抱いてなさそうだしちょうどいい。

 さっさと壁を作って撤収しよう。


「私はあなたと婚約を長く続ける気は毛頭ございませんので。では、ご機嫌よう」


 この婚約を続けるのはあまりにも危険すぎる。

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