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その日、少女はまた夢を見た。
目を開けるといつか見た真っ白な部屋に立っていた。
前に来た時と同様に驚くほど殺風景で、何もない。
少女は直感的に何かに呼ばれている気がして、そちらに向かって足を進める。
やはり歩くと波紋が広がった。
どれだけ足を動かしても景色に変化はない。永遠にただ真っ白い空間が広がっているだけだ。それでもひたひたと少女は進み続ける。
少女はこの先にいる人物に心当たりがあった。それは今の少女に意味を与えた、少女にとって唯一無二の存在である。
少女が進んだ先にはやはり幼い少女、巫珀がそこにいた。
「こんにちは」
以前とは違い、声はすんなりと出た。なるべく威圧感を与えないため、声を和らげて挨拶をする。
珀はぴくっと肩を揺らすと顔を上げた。黄金色に輝く瞳と目が合う。
「――……だれ? どこに、いるの……?」
しかし、それはすぐに逸らされてしまった。珀は不安そうに周りを見回す。
「……もしかして、わたしのこと見えてないの?」
少女がそう問いかけると、珀は小さく頷いた。不思議に思い自分の体を見下ろすと、そこには何もない。
足も、腕も、体も……少女を人間と証明できるようなものは何一つ見えてはいなかった。
しかし、足を動かすと波紋は広がるため無いわけでないだろうと当たりを付ける。
「ごめんなさい、わたし……」
だんだんと涙目になっていく珀に少女は慌てて歩み寄る。
「謝らないで。どちらかというと謝るべきはわたしね」
優しい声で、穏やかに少女は珀に話しかける。
少女は幼い子供を慰める気持ちで珀の頭に手を伸ばした。
頭に触れると珀が一瞬ビクッと肩を揺らしたが、優しく撫でているとゆっくり肩から力が抜けていく。実態は見えないが、触れることは出来るらしい。
「あなたの名前を教えてくれる?」
「……わたし、は……はく。巫珀……あなたは?」
目の前の少女は珀と目を合わせる。
実際目が合っていると思っているのが自身だけでも、少女にとってはとても心地の良い邂逅であった。
「初めまして、珀。私は――……」
少女には過去がない。だからこそ少女は適当な名前を名乗る気でいた。
しかし、そうはならなかった。その時、少女の脳内に一つの名前がパッと浮かび上がったのだ。
「――……私はアイ」
「あい……?」
咄嗟に出てきた名前に少女自身戸惑いながらも取り繕うように珀の手を取った。
「……そう! 気軽にアイさんとでも呼んでほしいな!」
◇
競売のおこなわれる日。
珀はその日、ローブを被り仮面を持ち夕刻ごろにこっそりと家を出た。
巫家の邸宅は少し街から離れた場所にあるため、街まで行くのにも時間が掛かる。昨日見た地図を頭に浮かべ印のついていた建物を目指す。
ローブはワードローブの隅に置いてあり仮面も同様だ。
おそらくは珀のお忍びセット、この仮面を付けていると存在があやふやになるらしく年も性別もよくわからないそういうものとして認識されるらしい。
数回ほど仮面を付けて街へ行ったが巫珀として見られたことは無い。
目的地に着くと珀は思わず足を止め建物を見上げた。
それは堂々と街の中心にそびえ立っていた。目を見張るほど大きくそれは美術品のように趣向を凝らされたあまりにも立派な歌劇場。
その裏口では珀のように仮面を付け、きらびやかなドレスやタキシードなどを身に纏った貴族たちが次々と中へ吸い込まれていた。
珀はこっそりと裏口へ近づき様子を伺う。少女も珀もこのようなところへ来るのは初めての為勝手が分からないのだ。
「今夜の特別なパーティに招待されていますの!」
「ではこちらへどうぞ、お客様」
高い声で堂々と宣言する貴婦人と張り付けたような怪しい笑顔で恭しく頭を下げる入り口の男。
女性は案内されるがまま建物の中へ消えて行った。
そしてすぐ男は戻ってくる。しばらく観察していたが男の行動は一定だ。
珀はゆっくりと深呼吸をローブを目深にかぶりし一歩踏み出した。
「……今夜開催される特別なパーティに招待されているのだけど」
「――お待ちしておりましたお客様」
珀が話しかけると男はにこやかに珀を向いた。
何度もやっているのだろうと思わせるような慣れた……あまりにも慣れすぎた動作に珀は瞳を光らせる。
こいつは何度、競売場の入り口に立っているのだろう。
「それでは招待状の確認をさせていただきます。招待状をご提示ください」
その一言で珀の動きがピタッと止まった。
流石に招待状をくすねてきてはいない。そんな珀の様子に男の瞳は不審そうな色が灯る。
「おや、お客様もしや招待状をお持ちではないのですか? 申し訳ございませんが招待状をお持ちでないのなら中へは入っていただくことは出来ません」
「申し訳ございません」と頭を下げる男。
どれほど不信感を抱いてもずっとにこやかなあたり筋金入りの営業マンだ。
少女は頭をフル回転させ、招待状の代わりとなる物を考える。
「……これでは入れないかしら?」
考えた結果珀はポケットから懐中時計を取り出した。
なぜ懐中時計かというと、これは珀の持っていた唯一の母の形見で公爵からのプレゼントらしい。これの蓋には大きく家紋が彫られている。巫家の家紋を見ると男は瞳の色を変えた。
「おやおや、こちらの家紋は……失礼をいたしました、それでは中へご案内いたします」
中を指し示す男に珀は肩の力を抜き案内されるままに中に入った。
通されたのはパーティ会場のような空間。円形のテーブルに老若男女問わず様々な人が座り穏やかに談笑している。珀は会場の壁に背中を預けて聞き耳を立てた。
「そちらのマダムは前の会場にもお見えになられませんでしたか?」
「あらやだ、あなたは前若い子どもを買って行ったミスターではなくて?」
「今日は良い商品が入荷したと聞いてね」
「本日は魔力保持者が出ると聞いて張り切って来てしまいましたな!」
珀がしばらくジッと待っていると軽快な楽器の演奏が始まった。
会場の光は全て消されステージが輝いていると勘違いするほどの光に包まれ客からの歓声が上がる。どうやら始まるらしい。
マシになった舞台照明のなか、いかにも道化師のような見た目の男がステージ上に登場した。
『みなさま、お集まりいただき誠にありがとうございます。本日も世界各地から集めた選りすぐりの奴隷をみなさまのお手元にお届けできたらなと思っております~!』
先ほどの歓声の比ではない程の大きな歓声があがる。部屋の隅に立っていても感じることのできる熱気が部屋中を包んでいた。
そんな中、珀はこっそりと競売場の部屋を抜け出る。
商品として扱われている人たちの居場所はさすがに知らない。珀は警備などにバレないようにこそこそと会場の探索をはじめた。
通路に出たからと言ってとても静かというわけではなく、会場内の演奏の音や歓声が微かに耳に届く。
そして誰かの泣き声に笑い声などその他の様々な音も通路に響きわたり反響していた。
様々な音が珀の鼓膜を揺らす中、ひときわ大きな破裂音のような音が聞こえ始めた。
その音は一定のテンポで鳴り続ける。珀の足は自然と音のする方へと歩みを進めた。
言ってしまえばただの予感だ。
それは少女の正義感を刺激する予感かもしれないし、ただこの先にあるなにかが気になっただけかもしれない。
少女は直感的ななにかに導かれるように音の出どころへ向かった。
「……なにをしているの?」
少女は思わず声をかけずにはいられなかった。
進んだ先にあったのは奴隷であろう少年が繋がっている鎖を引っ張られ無抵抗に殴られている光景だった。
珀に声をかけられた入り口の男と同じ格好をした男は暴行の手を止めると少年から珀へ視線を移す。
上がった顔は無表情だったが珀を視界にとらえた途端ニッコリと笑う姿に少女は背筋にうすら寒さを感じた。
「おやおや、お客様。困りますねえ。このような場所にいてもらっては。お早く会場に戻っていただきたいのですが……」
「ねえ、なにをしてるの?」
男はニコニコの笑顔でこちらに話しかけつつ鎖を引っ張る手が再開する。
鎖のジャラジャラという音と少年の苦しそうなうめき声が空間に響くなか少女は努めて冷静な声で淡々と男に問いかけた。
「躾けですよ、お客様。こういう奴は今のうちに躾けておかないと」
再度振り上げられた手に少女は思わず待ったをかけた。
男は煩わしそうに目を細めながらもにこやかな笑みを崩さず珀を見る。
「――その子、私が買うから」
咄嗟に口から出たのはそんな言葉。男は不気味な笑みをさらに深め、少年の瞳が見開かれる。
お金の持ち合わせなどないが一度言ってしまったことは撤回できない。
どうせこの競売はこの後取り締まられるのだ、バレたところで何も問題はない。大事なのは今この場でバレない事だ。
「だから、それ以上傷つけないように頼めるかしら」
「お買い上げありがとうございます~、お客様。しかし、この商品は正規の手順で購入していただく必要がございます。一度会場へ戻っていただき、この商品の順番をお待ちください」
男は恭しく頭を下げると鎖を持ってない方の手でパチンと指を鳴らす。
すると男と同じ格好をした男が二人現れた。
「その方を会場までお連れして差し上げなさい」
男は怪しい笑みを浮かべつつも淡々告げる。
二人の男はその言葉に反応するように珀の方へ一歩踏み出した。伸びてくる手に珀は身構える。
「丁重に、案内しなさい」
男のやけに優しい声が廊下に響く。それと同時に聞こえてきた鎖の音がやたらと大きく感じた。
「その方はこれを買ってくれるそうだ」
男の期待に熟れた声と少年の喘ぐようなか細い声が珀の耳に届く。
男二人の手が重力に従うように下に降りた。
「今晩は期待できそうだ」




