13.渾身の一撃
ベッドや布団もなく、石の床に座り込んでいると、段々と日が登ってきた。
牢の中には脱出が出来そうなものは、全く置いていない。
手足の拘束は固く結んであって、解けずにいる。
(やっぱり、牢が開いた隙を見計らって、相手を倒すしかない……?)
軍人のイーサンを倒す未来を上手く描けず、絶望的だ。
仮に倒せたとしても、手足の拘束があって、充分に走ることは出来ないだろう。
時間が経つごとに焦りがどんどん膨らんでいく。
いくら動かしても後ろ手にくくられた縄は解けない。足首の縄も少しも緩まない。
必死に拘束を解こうとしているから、手首と足首はきっとあざになってる。いくら痛みを覚えても、抵抗せずにはいられなかった。
太陽の日差しがじりじりと窓越しに照りつけ始めた頃。
そろそろお昼ごろになるかと思った時、コツン、コツンと足音がこちらに向かってきた。
嫌な汗が背中を伝うと、わたくしの身体が、身震いしてきた。
(どうしよう、怖い……)
わたくしは必死に今まで習っていた護身術を思い返す。ジャックさま以外の男の性奴隷になるだなんて耐えられない。
だから反撃をしなくては。一撃必殺、あれだけ練習してきたもの。やるしかないわ。
「よう、ヴィクトリア。きちんと震えて待ってたか?」
ニタリといやらしい笑みを浮かべて、イーサンが檻の前に立った。
粘着質な目線は、わたくしの身体をうつしている。身震いを必死に耐えて、柔らかな笑みを浮かべた。
「イーサン殿下、お待ちしておりました」
「な、なんだ? 気色悪いな」
いきなり態度を変えたわたくしに戸惑いを隠せないイーサン。けれど、必死に演じ切らなくてはならない。
「わたくし、一晩イーサン殿下の事を考えましたの。それで、本来結ばれるはずだった貴方様の性奴隷になれるならば本望だと思いまして……」
「は?」
壁にもたれかかって立ち上がる。一歩、また一歩と鉄格子の方へと、壁を伝い向かう。手足を拘束されているけど、バランスをとって懸命に。
呆気に取られたイーサンの元へ辿り着くと、流し目で見つめる。
「どうか、優しくしてくださいませ」
色っぽく、見えるだろうか。ジャックさまのお顔を思い出しながら、甘えた声を出すのは耐え難い屈辱。けれどこれは貞操を守るため……。
「ほう。逃げるのを諦めたか。そうだな、お前みたいなプライドの高い女が従順になるのも気分がいいかもしれないな。はははっ」
下衆な笑い声が檻に響く。腰から鍵を取り出し、ガチャリと鉄格子の扉が開いた。
わたくしの前に立つと、顎を捕まれ、一瞬息を呑む。
「憎いお前だが、性処理に使うには肉つきも良くていい奴隷だ。寛大な俺様に感謝するんだな」
「はい。早速ですが、ご奉仕して差し上げたいので、拘束を解いていただいても……?」
顎を掴まれていた手が外れると、イーサンは短剣を取り出した。刃物にどきりとするが、必死に心臓を落ち着かせる。
「……そうだな。足だけは外すか」
しゃがみこんだイーサンは、両足首の中央にある縄を短剣の刃で切り取った。足首に縄が残ってしまっているが、自由に動かせるようになった。
(これで逃げられる……っ!)
イーサンが立ちあがろうとするその瞬間、わたくしは思い切り膝を曲げる。そしてイーサンの顎を目掛けて、思い切り飛び跳ねた。
「あがぁっ!?」
見事、イーサンの顎にわたくしの渾身の一撃が効いたようで、顎の衝撃のまま床に倒れた。
脳震盪しているようで、驚いた表情のまま動かない。
その隙に、急いで鉄格子の扉から出て、通路を走る。
手首は拘束されたままだし、まだ安心できないけど、張り詰めていた恐怖心が僅かに和らぐ。
(よかった、抜け出せたわ!)
階段を見つけ、息を潜めて降る。他に人がいるかもしれないから、物音を立てないように。
三階分降りたところで、誰かが登ってくる足音がする。慌てて階段からそれて、物陰に隠れ様子を伺う。すると、よく見知った姿が目に入る。
「ジャックさま!? えっ、ルナも!?」
ばっと振り返ったのは、汗をかいたジャックさまと、人間みたいに驚いているルナだった。
「ヴィー!!」
ジャックさまはわたくしの名前を呼んで、ぎゅっと包み込むように抱きしめてくれた。
そして後ろ手に拘束されている縄を切ってくださって、絞り出したような声で、言葉を紡いだ。
「怖い目に合わせてすまない……」
そう言うジャックさまの身体は、僅かに震えていた。
暖かな体温に、ジャックさまの匂い。わたくしの居場所はここだと、自由になった腕で、ジャックさまを抱きしめた。
「ジャックさま。助けに来てくださって、ありがとうございます」
足元には、ルナがすり寄ってくれて、無事で良かったと安堵する。
きっとジャックさまが助け出してくださったんだわ。本当にお優しい方。
一息ついたところで、階段からドタドタと何者かが降りてくる。
「ヴィクトリア゛ァァァァ!!!!」
地を這うような怒声が響き渡る。この声はイーサンだ。激情が階下まで伝わってきて、わたくしの身体は再び震えた。




