11.にゃ〜ん
ジャック視点です
今日はヴィーが登城するというのに、妙な足止めを喰らい、静かに苛立っていた。
近衛兵舎でボヤ騒ぎ。皇太子として父帝と共に近衛を管理しているため、事態報告を受けない訳にもいかない。耳を傾けると、昼間にも関わらず、何故か蝋燭を倒してしまったというお粗末な内容を伝えられた。人にも物にも被害は出ていない。床と壁が焦げただけだ。
そんなことしていたら、ヴィーを迎えに行こうと思っていた時間を過ぎてしまった。俺にだけ表情をコロコロと変えるあの少女は、初めて欲しいと思った唯一。
今までは、自由以外何でも与えられる環境にいたからか、物欲を感じることはなかった。 その反動か、ヴィーへの執着は、我ながら狂っている。少しでも油断をすると、無理矢理にでも鎖で繋いで、閉じ込めてしまいたくなってしまうほど。
他の誰にもその愛らしい表情を見せたくはない。独り占めしたいからだ。
しかしそんなことをしては、折角俺に向いている良い感情が、台無しになる。そう思うのに、直ぐ煽ってくるから、度々理性を失いそうになるが、せっかく婚姻出来る状況になるまで働いたんだ。我慢も時には必要と心に決めている。
ようやく、ヴィーの元に向かえると一息着くと、今度は側近のヨルダンが執務室に現れる。
「皇太子殿下、至急ご報告があります」
「今度は何事だ」
ヨルダンは、常に冷静で優秀な部下であるが、今まで見たことがない程、青ざめている。嫌な胸騒ぎがする。冷や汗をたらした、ヨルダンの口が開く。
「それが――、ヴィクトリア公爵令嬢に付けていた近衛騎士が何者かにやられました」
「……ヴィーの所在はどうなっている」
「城から連れ出されたようで、分かっていません」
「なんだと……?」
今まで感じたことないほどの激情が、脳内を暴れ回る。同じ城内で連れ去られるとは不覚。この世で一番大切な我が妃が誘拐されるなど、怒りのあまり狂ってしまいそうだ。
「影の情報によると、ハーゲン皇弟殿下がヴィクトリア公爵令嬢と接触し、行方不明になった模様です」
「――皇弟を拘束しろ」
きな臭い皇弟がとうとう正体を現したらしい。大方イーサンの復讐であろう。ヨルダンは息をのんで、声を絞り出す。
「よろしいのですか……?」
「ああ」
俺もヴィーを探しに行かなくてはならない。やはり俺だけしか入れない檻に、ヴィーを閉じ込めておくべきだった。
立ち上がろうとすると、扉の向こうから、何者かの気配が肌を刺す。
すると、途端にカリカリと引っ掻くような音がする。ヨルダンは、警戒をして剣の柄を持ち、扉をダンっと開ける。
「誰だ!」
そこには誰もいない。ヨルダンは軽く息を吐き、扉を閉めようとする。しかし俺には見えていた。視線が合うと、目を細めて鳴いた。
「にゃ〜ん」
「…………」
張り詰めていた空気が、和らぐ。この猫、どこかで……。
「お前、ヴィーの所の……?」
「うにゃーん!」
……どうやらその通りのようだ。
「ヨルダン、先に行って仕事をしてくれ」
「はっ」
駆け足でヨルダンが去っていくのを横目に、猫を持ち上げる。こいつは確かルナだったか……?
どこかで見たことがあるような黒い毛に、黄金の瞳。
「ジャック皇太子殿下。このような姿で失礼します」
「……お前が喋ったのか……?」
――猫が喋った。
どうやら大事な話があるらしい。




