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第三十五話 『ブレイク・アウト』 9. 醜い争い

 


 その頃、最強艦隊の陣中では予想だにせぬ異変が起き始めていた。

 艦を任された誇り高き軍人達が、血相を変え、互いの首を絞め合っていたのだ。

「この野郎!」

「なんだと、この野郎!」

「前からおまえの肌の色が気に入らなかった!」

「俺だって、おまえの性癖が許せなかった!」

「おまえの母親はとんでもないビッチだ!」

「おまえのワイフこそクソビッチだ!」

「自分の母親のことをよくそこまで悪く言えるな!」

「おまえこそ自分のワイフのことを……」

 そんな常日頃心に秘めながらも隠し続けた、醜い部分を露呈させながら。

 そしてここでも。

「前からおまえが大嫌いだった!」

「黙れ、この腰ぎんちゃくが!」

 旗艦の作戦室では、艦隊司令とその側近の醜い言い争いが繰り広げられていた。

 お互いを罵りながら、相手の首を絞める手に力を込める。

「とっとと引退しろ! 貴様の身勝手な傲慢さのせいでこれ以上海軍に恥をかかせるな!」

「貴様こそ、クビにしてやる! 海軍の恥さらしが!」

「やれるものならやってみろ。何がプレジデントだ。そんな器もないくせに!」

「貴様こそ、コネだけで上がってきた能無しのくせに!」

 二人が互いの拳を思い切り相手の頬へとめり込ませた。

 そういった光景が艦隊中の至る所で見受けられた。

 ナイフや拳銃を手に相手を牽制し出す者まで現れ、最悪の事態に発展する危険性も充分考えられた。

 そしてその危険なエリアに、今光輔達は近づいてしまっていたのである。


『なんとかならないか、みっちゃん』

 桔平の声に、御神体ガイアーの中で雅が顔をゆがめる。

「三人とも正常じゃない。呼びかけてはみるけど、セパルの歌声を遮断しない限りは元に戻らないかも」

『遮断するのは難しいのか』

「そんなに難しいことじゃない。でもさっきと同様、夕季達の方から遮断しなければいけない」

『仲違いしてる状態じゃ難しいな……。何とか刺激しないように呼びかけてみてくれ』

「はい」それから決意のまなざしで正面へと向き直った。「みんな、聞いて……」


「前からおまえの目つきが気に入らなかったんだ! 見下してんだろ、てめえ!」

 夕季を睨みつけ、礼也が今にもつかみかからんばかりの形相で咆え立てる。

 それを受け、夕季も一歩も引かずに睨み返した。

「いったい何様のつもりなの。面倒なこと全部押しつけて、偉そうに指図してるくせに」

「はあ! 全部てめえが勝手にやってんだろうが! 俺らいつも置いてきぼりでよ、バカに説明しても仕方ねえってツラしてやがって!」

「説明しようとしてもわからないからいいって言うくせに。勝手なのはどっちなの!」

 言い争う二人の横では、光輔が苦悩に満ちた様相で頭を抱えていた。

「やめろよ、二人とも。いい加減にしろよ、いつもくだらないことばかりで言い争って」

「なんだと、てめえ! てめえこそ、いつも自分だけは関係ねえってツラして、知らんぷりしてやがるくせによ! こんな時だけ偉そうに説教たれてんじゃねえぞ!」

「何言ってんだよ、おまえ達がそんなふうだから、いつも俺だけが我慢してるんじゃないか」

「はあ! 我慢してるだと! どの口が言いやがる!」

「いつだってそうだ。俺はおまえ達に振り回されて、これ以上悪くならないように気を遣ってばかりだ。いい加減にしろよ」

「んだあ!」

「振り回してるのはどっちなの」

 横入りする夕季の声に、光輔が不快そうな顔を向ける。

 それをまじまじと見つめながら、夕季はそれまで言わなかった心の内を暴露し始めた。

「人の了解もとらないで勝手なことばかりして。迷惑しているのがわからないの」

「何だよ、それ。俺はおまえのことを思って……」

「それが迷惑なの!」

「……」

「どうして相手の気持ちとか考えられないの。おせっかいだってわかってるくせに。自分ではよかれと思ってるのかもしれないけれど、本当に相手がそれを望んでるのかどうかわかってない。光輔はいつだってそうだ。いつもあたしを振り回す。勝手に決めて、勝手に放り出して。気持ちの整理だってついてないのに、ついていくのが精一杯だよ。あたしがどんな気持ちでそうしてるのかなんて、考えたこともないくせに……」

「なんだよ、それ……。そんなふうに思ってたのかよ。ガッカリだよ、俺」光輔が悲しそうな顔になった。「もう、やめようかな……」

「!」

「おう、やめちまえ!」争いの火をさらに焚きつけ、礼也が強引に終了をもたらそうとした。「もうやめだ、こんなの。こんな奴らと一緒にやってられるか、バカ野郎どもが!」

「そんなの、こっちだって同じだよ!」

「んだ、てめえ!」

『みんな、聞いて』

 雅の声に振り返る三人。

 いきり立つ礼也と光輔に比べ、夕季のそれは少し淋しそうだった。

『落ち着いて、みんな。今みんなが口にしているのは本音じゃないから。本当のこととは違うことをセパルに言わされているだけだからね。信じちゃ駄目。惑わされないで』

 それにまず礼也が反応した。

「本音も本音だ! 俺は前からこいつらが大嫌いだったんだ」

「俺だってだよ!」礼也に噛みつく光輔。「こんな乱暴な奴らと、なんで俺が一緒にいなくちゃならないんだよ。一生懸命一人で気を遣ってさ、我慢して、それでも俺のことなんてちっとも認めてないだろ、おまえら」

「たりまえだ! てめえなんざ、認めるわけあるか!」

「ああ、そうかよ。だったらこっちだって!」

『落ち着いて、光ちゃん』雅が光輔に笑いかけた。それは母親のように深く大きな笑みだった。『礼也君も。私は二人のこと、認めてるから。すごい人達だって、ちゃんとわかってるから。だからもうケンカしないで』

「てめえに何がわかんだ!」

 目を剥いて食いつき始める礼也。

 それすらも柔らかく見つめ、雅は普段からは想像もできないほどの笑顔でその尖った視線を包み込んだ。

『わかってる。私だけいつも遠くの安全な場所にいて、危険な目にあってるみんなのことを言う資格なんてないって。でも遠くにいるからこそわかる。みんなが本当にお互いのことを信頼して、認め合ってることが。口に出せなくて、もどかしく思ってることも。私はみんなが羨ましいっていつも思ってた。みんなで一緒に戦って、喜んで、つらい思いもして。でも私だけはいつも違ってたから。みんなと一緒に戦うこともできない。何もできていない。だから、プログラムに勝ったって、素直に喜べなかったんだ。でもみんなは違うでしょ。仲間なんだから。本当はわかってるよね。みんなお互いのことが大好きだって。認め合ってるって』

「てめえ、何勝手に……」礼也が口ごもる。

『わかってるはずだよ、礼也君達なら』

「みやちゃんはいつだってそうだ」夕季がキッと振り返った。「いつもそんなことばかり言って、思ってもないことばかり言って……」

『夕季、聞いて』

「俺は騙されない!」光輔が血走った目を雅に向けた。「いつも一人だけ遠くにいるくせに! 嘘言うなよ! そうやって、おまえは……」

『あたしは、光ちゃん達のことが、大好きだよ』

「……いつも、一人で苦しんでるくせに」

 三人の気持ちが抜け落ち、一瞬だけ結界が緩んだような気がした。

 雅がそれに気づく。

『夕季、外からの音を遮断して!』

 雅に言われ、夕季が外部からガーディアンへ入り込む音をすべてシャットアウトさせる。

 するとコクピットの中から不快な空気が消え去り、三人はへたり込むようにシートに身をゆだねることとなった。

「はあ……」

 一斉に深く息を漏らす三人。

 それに雅が真剣な顔を差し向けた。

『みんな、大丈夫!』

「何があったんだ……」

 礼也が光輔と顔を向け合う。

「さあ、よくわかんないけど、すごく不愉快な気持ちになってたのは覚えてる。おまえが憎くて仕方なかったみたいな」

「俺もだって。急におまえと夕季をぶち殺したい衝動にかられた」

「……あたしも」

 困惑の顔を向ける夕季を、礼也が無表情に見つめ返した。

「こいつが嫌いなのは前からだったが」

「あたしも!」

『よかった。もとに戻ったんだね』

 雅の声に目を向ける三人。

 雅は安堵の表情を浮かべ、嬉しそうに三人を見つめていた。

『みんな、セパルの歌に惑わされてたんだよ。それで思ってもないことを言わされてたんだよ』

「いや、違う」ぶすっと礼也がそれを否定した。「俺が口にしたことは全部本当のことだ。本当にそう思ってた。ほとんどはやっかみだってこともわかってる。たぶん自分にイラついてたんだろうな。認めたくはねえが、結局は自分を正当化するための言い訳だ。おまえが恥ずかしいこと口走ってる時も、自己嫌悪しか湧いてこなかった。……これからはちっとだけ、こいつらにも気を遣うようにする」

「あ、俺も。なんか自分本位なこと言ってたなって反省してる。二人が俺よりすごいことはわかってるからさ。おまえに恥ずかしいこと言われて、なんか目が醒めた感じがした。……なんか、言っててへこんできた」

 その苦々しい顔を、困惑したように見上げる夕季。

「あたしも、自分では気づかないうちに、二人のことを見下してたのかもしれない。自分にできることとできないこと、他の二人にしかできないことがあるってこともわかってたはずなのに。みやちゃんのことも。みやちゃんに恥ずかしいことを言われてようやく気がついたのかもしれない。……ごめん、礼也」

「……いや、それはちょっと、やめてくれ」

「光輔も、ごめん」

「……うん、ちょっとやめてほしい」光輔が苦笑いした。「なんか余計にへこむから」

「ごめん、みやちゃん」

『え? 何恥ずかしいこと言ってんの、夕季?』

「あ……」

 真っ赤に照れあがる夕季を眺め、雅が楽しそうに笑った。その目尻に少しだけ涙を滲ませながら。

『あたしは何も言われてないよ。みんながちゃんとあたしのこと考えててくれたんだって思って嬉しかった。ありがとう、みんな』

「……うん、みやちゃん」

「……ちょっとな」

「……恥ずかしいからほんとにやめてほしい」

『ということで、桔平さんからの伝令です!』

 若干涙をちょちょぎらせた後、突然事務モードに戻った雅に、三人が気持ちを入れ替えた。

『海の上では何万人もの人間がまだ混乱した状態にあるから、気をつけてことにあたれって』

「なろー!」礼也が拳を手のひらにぶち当てる。「許せねえ、セパルの野郎。俺に恥かかせやがって!」

 激高する礼也を横目に、夕季がエアスーペリアをセパル目がけて回頭させた。

「光輔」

 小声で夕季に呼ばれ、光輔が顔を向ける。

 すると夕季は顔を前に向けたままで、やや口ごもりながら話し始めた。

「……さっき言ったの、本当じゃないから」

「?」何だったかと考え、先の混乱時のたわごとを示していることに光輔がいきつく。「ああ、別に気にしてないから。おまえが素直じゃないのも知ってるし」

「……」むぐっと口を結んだ。「本当は誘ってくれた時、嬉しかった。一応、……感謝は、してるつもり……」

「……」ははっと光輔が笑った。「やめてくれる。なんか、すごく恥ずかしいから」

「……あたしも」

「ははっ……」

「このやり場のない気持ちは、セパルにぶつけるしかない」

「俺もそう思ってた」

「くそっ! セパルめ! 八つ裂きだ!」

 決着の時は迫りつつあった。







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