第三十五話 『ブレイク・アウト』 8. セパルの祈り
セパルの姿を見てからというもの、光輔と礼也の口数が目に見えて減ったことを夕季は不思議に思っていた。
「!」
ふいに襲われた倦怠感に、夕季が弾かれたように反応する。
『どうしたの、夕季』
雅に問われ、夕季が少しだけ己を持ち直した。
「何かおかしい。セパルの姿を見た途端に、光輔も礼也も様子がおかしくなった。あたしも、なんだかだるい感じがする」
『しっかりして、夕季』
急上昇し、セパルを視界の外へと追いやる。
すると光輔と礼也の意識がはっきりしだしたようだった。
「今のは……」
「何だったんだ、ったく」
二人の反応を見極めてから、再び雅とのコンタクトを試みる夕季。
「みやちゃんはどうだったの。何かかわったことはなかった」
『どうって言われてもよくわからないけれど、みんなの様子がおかしくなった時、あたしにも妙な気持ち悪さはあった』
「気持ち悪さ」
『うん、不快な感じ。うまく言えないんだけど、コンパとかでなんでこんな子が人気あるんだろうっていうような嫌な感じ。計算だってわかってるくせに、男の子ってバカだなあって。そんな感じの不愉快さ』
「……」
『この子何言ってるのって顔?』
「違う……。今思うと、あたしもそんな感じがしてたのかもしれない」
『あらまあ』雅、びっくり顔。『夕季もコンパとかしたことあるの』
「ないけど……」
気を取り直し礼也らに問いかける夕季だったが、帰ってきた二人の答えは、よくわからない、といったものだった。
ただセパルを見てからの記憶はほとんどないようだった。
「これは、どういうことなの……」夕季が悩み始める。「桔平さん達は」
『セパルの映像を見ていないからわからないみたい』
「みやちゃんは、いつもどうやってこっちのことを見てるの。ガーディアンは集束体だから、カメラもないはずなのに」
夕季の疑問に雅が答える。
『集束する前は竜王の積載カメラを通して、みんなと同じ映像を見ている。桔平さん達も同じ。あと衛星からの映像とかも。集束してからは夕季達の見たものの映像がそのまま流れ込んでくるの』
「直接」
『イメージの方が近いかもしれない。だから同じものでも違って見えることがある』
「どういうこと」
『たぶんだけど、礼也君がメインの時だといろいろなものの輪郭が尖ってるのに、光ちゃんの視点だと丸く見えたりする時があるから。しいて言うと、夕季が一番正確なのかもしれない。くっきりはっきりって言うか』
「オセの時は」
『あの時はカメラで直接見てたから』
「ちょっと待って」
目を閉じて思念を送る夕季。
「これだとどう。どう見える」
『なんとなくわかるって感じかな。ガーディアン自体にも識別するための何かがあるのかも知れないけど、みんなの記憶の中のイメージが残っているような気もする。カレー?』
「ハンバーグ……」
『あ、ハンバーグになった。……ハンバーグカレー?』
「カレーって言われたから、混ざったかも……」
『あ、福神漬けが現れた!』
気を取り直して、改めて夕季が思念を送った。
「これだと、セパルの形はどう映ってる」
『ぼんやりとした輪郭だけかな。さっきのに似てるけど、ちょっとずつ何かが違う気がする』
「じゃあ、これだとどう」
『あ、ちょっとだけはっきりした』
「おい、何やってんだって……」
置いてきぼりの礼也と光輔に、夕季が説明をする。
「温度と動きで形を識別するイメージを作ってみた。完全にはわからないかもしれないけど、おぼろげな形と動きはわかるはず。位置も。私達からは目で直接識別できていないから、タイムラグが発生する可能性もある。細かいズレは、みやちゃんが修正して、逆に私達に伝達してほしい。面倒でごめん」
『わかった』
「赤外線探知のようなものかって」
「そんな感じ。目の見えない武芸者が、空気の流れや温度で相手の姿や動きを識別するようなものだと思ってくれればいい」
「てこた、醜い外見は見えないのに、美しい心だけが見えるってことだな」
「ちょっと違うけど、まあそれでもいい……」
「じゃあ俺達は目をつむっていればいいんだね」
「よし、せーのでつむるぞ、光輔」
「せーの!」
「目は開けててもいい……」
「それにしても、なんで俺らだけおかしくなったんだって」
ガーディアンの中、腑に落ちないように礼也が呟く。
それに雅があっけらかんと答えた。
『セパルが裸の美少女だったからじゃないの?』
「……言われてみりゃ、確かにだって」
「裸の美少年じゃ男はあまり喜ばないからね……」
光輔のぼやきに雅がコンマ数秒で反応する。
『それだとあたしと夕季がムラムラしちゃうじゃない!』
「……しない」
「いや、すんだろ!」
「しない!」
『するよね。あと、しぃちゃんも。……え、しないの? でも、エルバラとかでそういうシーンに、めちゃめちゃ食いついてたよね』
「誰と話してんの……」
『しぃちゃん。夕季といっしょにしないでって』
「お姉ちゃん!」
『桔平さんが爆笑してる。夕季のこと、俺はむっつりだって前から思ってたって』
「後でぶっ殺すから!」
「カッコつけてんなって、てめえ!」
「うるさい! もう黙ってて!」
「んだと! てめえの好きなオンドレが裸で現れてもそう言えんのか!」
「どうしてそんなことを知ってるの!」
『そうだったの夕季!』
「いや、俺ゃ、おまえから聞いたんだけどな……」
『ええ、確かに言いました』
「みやちゃん!」
『そうだったの夕季、って、しぃちゃんがドン引きしてるって伝えたかったの』
「お姉ちゃん、違う!」
『オンドレって誰だ、って桔平さんが言って、しぃちゃんがそれを説明して、司令が爆笑してる』
「お姉ちゃん、ストップ!」
『え? 私は違いますよ~……。あははは。しぃちゃん、夕季一人を悪者にして、自分だけいい子になろうとしてるな。ずっる~い』
「もうやめて! みやちゃん」
『え、何が』
「カカカ! ざまみろ」
「みやちゃんのせいだからね!」
『なんで怒ってるの?』
「いや、だからおまえのせいなんだけど……」
不思議そうに首を傾げる雅。
『あ、あのあられもない姿の美少女の下に、あられもない姿の美少年がいるかもしれない! そういうことかな? んふっ!』
「何興奮してんの……。でもなんで、男にだけガッツリ効くような姿なんだろ。そりゃ夕季や雅にも少しは伝わったかもしれないけど、男だけがパニくって女の人が正常なままなら、片手落ちだよね」
『桔平さんの意見だけど、戦場に出る男女比率考えたら妥当だろ、ですって。現に下の戦艦達も静かになっちゃってるし。全体の半分以上が混乱している状況なら、女性兵士だけが正常であってもどのみちパニックをおさえることは不可能だろうって』
「なる……」
「そりゃそうだね……」礼也に続いて、光輔も納得して頷く。「カメラが使えなくて、幸いだったかもしれないな。特に桔平さんには」
『どういう意味だ! 光輔! ってエロ副司令さんが怒ってます』
「ははは……」
『そりゃないぜ、みっちゃん……。あ、これは言わなくていいのか』
「でも、もう視界を封じたから大丈夫だよね」
その直後だった。
セパルの歌声が三人の耳に届いたのは。
それは透き通るように鮮明で、甘美で、そして邪悪な調べだった。
突然、礼也と夕季が睨み合いを始める。
『何、今の声……』そう呟き、異変に気づいた雅が二人の顔を見比べた。『どうしたの、二人とも』
「……今こいつがどうしても許せなくなった」
「……あたしも」
顔をそむけることもなく、ただ睨み合いを続ける礼也と夕季。
険悪な雰囲気は今にも取っ組み合いのケンカに発展しそうだった。
先までのふざけた様子は一切見られず、あくまでも真剣な二人の表情に、不安になって光輔に目を向ける雅。
すると光輔は、うずくまったままぶるぶると震えていた。
『光ちゃん、どうしたの……』
「うるさいな! 黙ってろよ、おまえは!」
『光ちゃん……』
司令室特設スペースは異様な雰囲気に包まれていた。
映像の類は一切なく、雅を通じてガーディアンから伝わってくる音声だけが情報のすべてだったのだが、それも途切れようとしていたからだ。
それはコンタクターの意識の混乱を意味していた。
「何があった、みっちゃん」
携帯無線機を介し、直接雅に問いかける桔平。
雅への連絡だけは、この機材を通じて行っていたのだ。
『わからない』雅の不安そうな声が聞こえる。『セパルに近づいたら、急にみんなの様子がおかしくなった』
「直接姿も見ていないのにか」
『ええ。でもかすかにセパルの声が聞こえた気がする。よく聞き取れなかったけれど、綺麗な歌みたいな、祈りみたいな』
「歌……」桔平が眉間に皺を寄せる。
それに一早く反応したのは、腕組みのあさみだった。
「うかつだったわね」
振り返る桔平に、あさみが爪を噛みながら続ける。
「セパルの干渉は目からだけじゃなかった。耳からも。どうして気づけなかったのかしら。復旧を遅らせたのは失策だった」
その理由をあさみが噛みしめる。
情報網の切断によって、艦隊からの状況が伝わらなくなったのもその一旦だった。
本来ならばストップさせていた回線をすぐに復旧させる予定だったが、艦隊からの疑念を避けるためと、またセパルの視覚攻撃に気を取られ、わざと遅らせていたからだ。
「仕方がない」桔平が真剣な表情で振り返った。「どのみち予定どおりやってたら、俺達もその歌とやらにやられてたはずだ。この結果を幸いだったととらえるしかない」
「そうね」あさみが考え直す。すぐさま不安げに眉を寄せた。「大丈夫かしらね、あの人達……」




