第三十五話 『ブレイク・アウト』 10. 迷いを断ち切って
セパルの歌声は洋上を妖しげに揺らし続けていた。
艦隊に集う海兵が互いをつかみ、激しく憎しみ合う。
幸いにして死者はまだいないようだったが、多くのケガ人を出し始めていた。
「いたぞ、セパルだ」
礼也が指さすと、他の二人が眉に力を込めた。
「……てか、あんま裸の美少女には見えねえな」
「うん、見えない」礼也の呟きを受け、光輔が夕季の方を見やる。「なんか、ぐにゃぐにゃしてない?」
それに困惑するような顔を向け返す夕季。
「ぐにゃぐにゃしてる」
『みんながまた惑わされないように、ちょっと修正をしておきました』
ほがらかな雅の声に、礼也と光輔が残念そうに振り返った。
「余計なことしやがって……」
「裸の美少女が……」
『心配しないで』ドンと胸を叩く。『あれをやっつけると、下から裸の美少年が出てくるから。チャンスはこれからです』
「……出てこなくてもいいって」
「……嬉しいのはおまえと夕季だけだよね」
「……みやちゃんと一緒にしないで」
『ちょっと夕季! どういうこと!』
セパルの位置を見定め、エア・スーペリアが曲がりナイフを両腕から展開させる。
目を閉じ祈りを捧げるだけの無抵抗な少女の半身を、それで分断するつもりだった。
「!」
小さな衝撃を感知し夕季が振り返ると、点線のような軌跡が下から伸びて到達していた。
対空機銃の元をたどる先には、海軍の大艦隊が確認できた。
「おい……」
礼也が絶句する。
その予想は的中していた。
祈りを捧げるセパルを守るために、複合艦隊がガーディアンを駆逐しようとオペレーションを始めていたのである。
「切断したのは広域通信網だけだったから、あとは普通に使えるってことか。……しくった」
空母のカタパルトから飛び立つ十機以上のステルス戦闘機を見下ろし、礼也が顔をゆがめる。
「仕方がない。こんな状況になるなんて、誰も想像していなかったから」
口を真っ直ぐに結ぶ夕季。
「まずいぞ、こりゃ」
礼也の言わんとする意味を読み取り、夕季がキッと空母を睨みつけた。
反転急降下し、複数の新鋭戦闘機群とすれ違うエア・スーペリア。
目ざすは空母のカタパルトだった。
ドン、と甲板に降り立ち、わざと転がってみせたその衝撃は、十万トン近い排水量を誇る原子力空母を激しく揺らし、分厚い鋼鉄の甲板をそり上げるように折り曲げた。
「何やってんだよ、夕季!」
「光輔!」
夕季を止めようとした光輔を、礼也が制する。
その迫力に戸惑いつつも、光輔は自分の中の信念を押し通すべく迎え撃った。
「いや、だって、こんなことして船の中の人がケガしたらどうするんだよ。セパルさえ倒せば、この人達は正常に戻るんだろ。だったら先にセパルを……」
「それじゃ駄目だろうが!」
「……」礼也の言おうとする意味が理解できずに、ただ言葉をなくす光輔。
それを見て、複雑そうな表情で礼也は説明を始めた。
「今セパルの洗脳を解いたら、空に何十機も戦闘機がある状態を作り出すことになる。プログラムに対抗するためだって口実も成立する。いくらテロ役の上陸を未然に防いでも、空からの攻撃を許すチャンスを奴らに残すことになるんだぞ。そんなこともわかんねえのか」
「でも、だってさ、あの人達がメガルを攻撃するとは限らないだろ。テロさえ防げばさ」
「作戦がおじゃんになって、それで何もせずに手ぶらで奴らが帰るとでも思うのか。ここまでやっといて、それで黙って引き下がるようなら、最初から無茶通す意味もねえだろって。何やるかはわかんねえが、その余地を残しとくこと自体が危険なんだって。今ならセパルのせいにして、全部ごまかすことができるしな」
「……」
言葉もない光輔に、礼也はさらなる現実を突きつけなければならなかった。
「今度はおまえの番だ、光輔」
「え……」
「何回もエア・スーペリアが空から落ちてすっ転んでちゃ、不自然だろが。おまえがディープになって、残りの空母を使いものにならないようにするんだ」
一瞬で蒼白になる光輔。それがすぐに泣きそうな顔に変わった。
「……できないよ、俺」
「はあ!」
「人が死ぬかもしれないんだろ。そんなのやだよ、俺」
「バカ野郎! こっちだって殺されるかもしれねえんだぞ。それを防ぐためにゃ、こっちだってある程度は無茶しなきゃなんねえだろが!」
「嫌だよ、そんなの。俺はできない」
「てめえもちっとは覚悟しろってんだ!」
「嫌だ!」
「てめえ!」
「あたしがやる」
夕季の声に二人の言葉が途切れる。
夕季は光輔の顔を真っ直ぐ見つめ、少しだけ微笑んでみせた。
「そのかわり、セパルは光輔が倒して」
「……」
機銃の雨あられと、折り返してきたステルス戦闘機の攻撃を受け止めつつ、エア・スーペリアが甲板から飛び立つ。
残りの二隻の空母から発艦しつつある艦上機の様子を確認し、夕季がそれに狙いを定めた。
リニアカタパルトから機体が飛び立つのを待ってから、戦闘機に追われる形でエア・スーペリアが低空飛行を開始した。
リリィ・オブ・ザ・バレイで甲板を抉り、翼が巻き起こす衝撃波で艦上の機体をすべて海へと放り投げていく。
人の気配がする機体だけを拾い上げ、もう一隻の空母上に転がすことによって、残りの機体は発艦できなくなった。
仕上げにエレベーターを踏み台がわりに蹴りつけて破壊する。
あとは飛行中の機体を二機のみ残して総撃墜するだけだった。
際限なく撃ち向けられる矢のような対空ミサイルの追撃を苦もなくかわし、高速飛行中に体勢を縦横無尽に変化させ、ローズ・ピアスと呼ばれるレーザー砲で機体のエンジンのみを破壊する。
ベイルアウトに成功した機体の数をカウントし、間に合わなかった一機の機首を切断してイージス艦の甲板に突き立てた。
二機だけ残したのには理由があった。
誘導し、追われる形で、遠海に待機する海兵隊の揚陸艦のもとへと向かうためである。
「いたぞ」礼也が複数の揚陸艦を発見して声をあげた。「まだ出てないようだな」
揚陸艦は後部ハッチを展開し、ウェルドックからいつでも揚陸艇を発進できる体勢にあった。
「やる」
後方の戦闘機をちらと確認し、他の二人に目配せする夕季。
それに二人も頷いた。
海軍機の撃ち放った対空ミサイルにわざと被弾してから、エア・スーペリアが飛行中に姿勢を崩して失速してみせる。
きりもみしながら向かう先は、揚陸艦の後部ハッチ付近だった。
艦の後部を砕くように不自然な体当たりをかますエア・スーペリア。
直撃しなかったうちの二隻は、後部ハッチから大量の海水が流れ込み、結果的に格納部がほぼ全壊することとなった。
体勢を立て直した後、エア・スーペリアは瞬く間に二機のステルス機を撃墜していった。
「!」
揚陸艦の一隻が沈没しかけたのに気づき、夕季が海へのダイブを敢行する。
数万トンもの船を持ち上げ、メガルから遠く離れた浅瀬へと横倒しに転がした。
可能な限り驚異を蹴散らして、改めてセパルへと挑み直すガーディアン。
そこに思わぬ敵が立ち塞がった。
数隻のイージス、駆逐艦や巡洋艦がガーディアンに狙いを定め、ミサイルを全弾発射したのである。
「ふざけんなって!」いきり立つ礼也。「おい、全部叩き落とすぞ」
「駄目」
「はあ!」
夕季のこめかみを汗が伝う。
「本来あってはならないけれど、あの中に核弾頭が含まれている可能性も否定しきれない。それにもし資料にあった新型のパルスミサイルだったら、それこそ一発で日本が壊滅しかねない」
「じゃ、どうすんだって! 狙いもくそもねえだろ。ただの撃ちっ放しだ。あれじゃメガルに向かわなくたって、どのみちどっかの街で爆発してえれえことになんぞ」
「爆発させないで落とす」口を真一文字に結び、それから雅へと顔を向けた。「みやちゃん」
『わかってる』
滞空状態でミサイルの群れをやり過ごしてから、追いかけるポジションのエア・スーペリアがダンディライアンですべてをホールドする。
その電子部品だけを狙って、極少の力でボールサム・クラッカーを撃ち放った。
陸へと到達することなく、次々と海中に落下していく危険な爆発物。それがいくつもの国を焦土に変えるだけの火力を持つしろものであるがゆえ、その後始末が大変だということに夕季らは辟易するのだった。
どさくさにまぎれた形ではあったが、ほんの数分間のうちにガーディアンは大国の誇る無敵艦隊をほぼ壊滅させてしまっていた。
疲れきったまなざしを向け、夕季が最後の役目を果たそうとする。
海面をなめるような低空飛行から、一撃でセパルの胴体を分断。
当然それで終わるなどとは誰も考えてはいなかった。
全裸の美少女が海の藻屑と成り果てたと同時に、息つく暇もなく醜悪な海獣が姿を現したのである。
「あれがあられもない美少年かって……」悪魔の異形に礼也の顔が引くつく。「あられもねえってところは当たってるが……」
『がっかり!』
雅の憤激も耳に届かず、身も心も疲れ果てた夕季がシートに身体を埋めて光輔を見やった。
「……光輔、タッチ」
「任せろ!」
少女のシルエットを断ったことによって異質の反応が消えうせ、万全な状態でガーディアン、タイプ2、ディープ・サプレッサーがセパルに挑みかかる。
その半漁人のような姿形は見る者の背筋を凍りつかせたが、今の光輔にとって何ら恐れるに足らぬものだった。
「一気に決めてやる。大攻剣!」
光輔の咆哮とともに、ディープ・サプレッサーが身体と同じほどの巨大な剣を差し上げる。
陸竜王への依存度が高い時に使用できる、必殺の大剣だった。
セパルの脳天目がけて剣を一気に振り下ろす光輔。
が、セパルはそれをいち早く察知し、跳ね上がるように空高く飛び上がったのだった。
「くそ!」
セパルは、醜悪で逞しい上半身に比べて、腰から下が蛇のように細く長かった。
尻尾の先が切れてなくなっており、先までそこに祈りを捧げる少女の姿がセットされていたようだった。
朝陽を背にしてセパルが海上に降り立つ。
が、その長い尻尾が海面を叩くと、今度は方向を九十度変え、ガーディアンへと向かってきたのだった。
「避けろ、光輔!」
「くはあっ!」
体をかわしきれずに、胸から肩にかけて深く抉られるディープ・サプレッサー。
通り過ぎた先で先と同様尻尾を海面に打ち込み、強引に反転したセパルが鋭いカギ爪を凶悪に晒した。
「気をつけて、光輔」夕季が生唾を飲み込む。「……こいつ、強い」
それに溜飲しながら礼也が受けた。
「現象にごまかされるとこだったが、こいつは実態獣だ。それも最強クラスのな」
前を見据えたまま光輔が頷く。
体勢を低く保ち海面を滑るように猛突進するセパルを迎え撃つべく、大剣を納め、ガーディアンが右腕の下腕装甲を拳側に裏返させた。
鋭く伸びたつぼみのような形となったそれは、肩の付け根から先にかけてまるで槍のような直線を形作った。
「パイル・ストライカー!」
敵の突進に合わせて、ガーディアンも低く構えて右腕を突き出す。
それはランスとなって、セパルの胸から腹にかけて突き刺さっていった。
苦しみ悶え、絶叫を撒き散らすセパル。
ディープ・サプレッサーの両肩に爪をめり込ませ、握り潰すようにそこから自分の身体を力任せに引き剥がした。
両者が満身創痍の状態で対峙する四合目の立ち合い。
捨て身のセパルがガーディアンの右腕をもぎ取った直後に、決着はついた。
テンションを失い、海面に叩きつけられるセパル。
振り返ったその正面に、ガーディアンは必殺技をお見舞いしたのである。
「バスター・ソニック!」
残った左腕を腰にためてかまえ踏ん張るように立つディープ・サプレッサーが、弾けるような爆発音を伴って胸部の鋼板から衝撃波を撃ち放つ。
それを正面からまともに受けたセパルは、悲鳴をあげる間もなく、粉々に砕けてなくなった。
ふう、と礼也が顎下の汗を手の甲で拭う。
「腕がちぎれなかったら……」
それを夕季が受けた。
「こっちがやられていたかも……」
光輔はただ一人、揺るぎのないまなざしを、セパルの消滅した後も差し向け続けていた。




